第16話 失敗は失敗のままだけど……

「俺にはもう家族を持つ資格なんてないんだ」



 絞り出すように――。


 懺悔するように――。


 告白するように輝臣は言った。


 そう、これが輝臣の呪い。


 そして、シャノンとは一緒に暮らせない理由だった。


「………………」


 輝臣は俯いたまま、彼女に顔を上げることができなかった。


(幻滅、されたよな……)


 輝臣が自嘲して鼻で笑う。


 ――「すきなものはテルくんです!」


 ――「わたしもです!」


 以前のシャノンと環の会話が輝臣の脳裏に過る。


(俺がシャノンに好かれるところなんて何もない)


 ぽつ――。


 伏せた視線の先、畳に滴が落ちた。


「は?」


 輝臣は思わず顔を上げ、息を呑む。


「う……うぅ……っ」


 シャノンの瞳から涙がぽろぽろと零れ落ちていた。



「うえぇ、うええぇ……」



 否、ボロ泣きだった。


 いきなりのことで唖然としてしまう輝臣。


「………………は?」


 我に返ったものの何をしてもいいのかわからなかった。


 躊躇いながらもシャノンの肩へと手を乗せる。


 華奢な肩が小さく震えていた。


「ちょ、ちょっと待て。なに泣いてるんだよ」


「だって――だって、悲しくて」


「悲しい……?」


「輝臣くんの気持ち考えたらすごく悲しくて、わたし、涙がとまらなくて――」


 彼女は今の話から過去の輝臣に自分を重ねていた。


 その上での涙だったのだ。


「悲しいって……俺にそんな資格ないって」


「わたし世間知らずだからよくわかりませんが、気持ちに資格なんているんでしょうか」


「だって施設が潰れる原因を作ったのは俺だ。俺がいなきゃあんなことにはならなかったのに悲しいなんてどの口が言うんだよ」


「それはそうかもしれませんが……」


 シャノンはしゅんと肩を落としてしまう。


「でも……」


 だが、すぐに瞳に涙を浮かべたまま見上げてくる。そしてぽつりぽつりとたどたどしくそれでも伝えようと言葉を紡いでいく。


「輝臣くんのやったことはよくなかったかもしれません。皆さんにいっぱい迷惑かけちゃったかもしれません。でも、結果はどうであっても、輝臣くんが輝臣くんの気持ちをなかったことにしていいってことにはならないと思うんです」


「な、なに言ってんだよ。そんな自分勝手なこと――」


(俺の気持ち……?)


 輝臣はあの時のことで施設のみんなに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


 取り返しのつかないことをしてしまったと今でも夢に見るくらい後悔している。


(それで――……)


 そのとき、輝臣は自分の頬に熱いものを感じる。


「輝臣くん……」


「あれ? 俺、なんで?」


 いつの間にか一筋の涙が伝っていた。


 初めてだったのだ。


 ――「私、輝臣は頑張ったと思うよ」


 と、花椿は輝臣に言った。


 ――「あんたね、いつまで昔のことでうじうじしてるのよ」


 と、巴は言った。


 ――「……ふんっ。クソガキのことなんて知ったことかい」


 と、文子は言った。


 シャノンだけだったのだ。


 慰めるでもなく、忘れさせるわけでもなく、あえて触れないわけでもなく、こうして泣いてくれたのは。


 輝臣は別に慰めてほしいわけでも、忘れたいわけでも、触れてほしくないわけでもなかった。


(ただ、あの時――)


 瞬間、施設の跡地を眺めていた時の記憶が鮮やかに蘇る。


(……俺は、泣いていたんだ)


 そう、あの時輝臣は涙で顔をくしゃくしゃにしていた。


 悲しむ資格なんて自分にはない、そう輝臣自身も気付かずにしまい込んでしまった感情。


 それをシャノンは見つけてくれたのだ。


「……なんなんだよ、お前は。くそっ。どうして俺、こんな涙止まらないんだよ……っ」


「だってわたしも、うえ、ええん」


 またしても泣き出すシャノン。


 輝臣ももう駄目だった。


 堰が切れたように瞳からも涙が溢れだしてくる。


「……俺、どうしたらよかったのかな?」


「わ~か~り~ま~せ~ん~~~~」


「だよなぁ。お前に聞いた俺が馬鹿だよなぁ……」


「うええええええええええええええええええええぇ」


 輝臣もシャノンも小さな子どものように泣きじゃくった。


 そしてふたりはいつしかそのまま眠りへと落ちていった。


 結局、この夜に変わったことなんてひとつもない。


 輝臣はトラウマを打ち明けただけ。


 失敗は失敗のまま。


 しかし、それでも輝臣は少しだけ気持ちが軽くなったような気がした。

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