第15話 輝臣~中学生編~
2年前――。
輝臣と環は今のアパートではない、別のところに住んでいた。
輝臣の祖父、義昭が経営していた住居兼児童養護施設だ。
輝臣と義昭は正真正銘の血縁関係にある。しかし、ふたりは施設で暮らし、義昭は他の子どもたちと同じように輝臣に接した。
輝臣に不満はなくむしろそれでいいと思っていた。
巴もこの施設に入っていた時期があり、輝臣たちの腐れ縁もそこから始まったものだ。
義昭が亡くなって間もなく、施設に見知らぬ顔の大人たちの出入りが多くなっていた。
大型ショッピングモールが出来るなど駅周辺の開発が進む中、大規模な住宅造成計画が持ち上がっており、輝臣たちの住む施設はその計画に重要な場所に位置していた。
最近出入りしているのはその計画を支持している連中だった。
「君が輝臣くんかい?」
中学校から帰ってきたとき、背後から話しかけられる。
輝臣が振り返るとそこには30代くらいの小ぎれいなスーツに身を包んだ男が立っていた。
彼はここ一週間くらいこうして帰宅した輝臣をつかまえては話しかけてきている。
笑顔を張り付けた胡散臭い男だ。
「またあんたか。しつけーな」
「義昭さんからここを任された人がね、立ち退きに応じてくれないんだ。実の孫の君からも言ってくれよ」
「それを俺に頼むか? あんた非常識過ぎるぜ。ここはじじぃが残してくれた俺たちのみんなの家だ」
「代わりの場所も用意するというのに何が不満なんだい? ここに住宅地が出来ると多くの人が幸せになれるんだよ。人が集まれば町が拓ける。そうしたら君たち子どもの遊ぶ場所ももっと増えて嬉しいでしょ」
「オトナが金儲けしたいだけだろ。あんたさ、自分ではわかってないと思うけど作り笑顔下手過ぎて引きつってるよ」
「……」
男はその笑顔のままだった。
「どうしても駄目かな?」
「俺たち家族の気持ちは変わらねーよ」
「そうか……それは残念だ」
男が踵を返しもう一度「残念だ」と呟きながら去っていく。
その後その男が施設を訪れることはなかった。
その代わり、翌日から施設への嫌がらせが始まった。
最初は同じ中学校の先輩連中だった。
「おい桐ケ谷。さっさとこの町から出てけや」
施設の正門前で待ち構え、輝臣に因縁をつけてくる。
「大体孤児院があるだけでも辛気臭くて迷惑して――ぶべっ」
話終わる前にリーダー格の少年の顔に輝臣の拳がめり込む。
少年は勢いよく吹き飛び電柱にぶつかって白目をむいて倒れた。
「うるせーよ」
一撃だった。
「おい。このゴミさっさと片づけてくれ。それともセンパイたちもやるのか?」
輝臣が一瞥すると、少年たちはリーダーを抱えて一目散に逃げ帰っていく。
輝臣は小さい頃から義昭に柔術の手ほどきを受けていた。
とは言ってもそんな良いものではなく、
――「ほらほら。どうしました輝臣、もう降参ですか?」
――「ぐ、ぎぎっ。じ、じじぃ、ぜってーぶっ殺す……っ」
――「あはは。元気いっぱいですね。じゃあこれならどうかな?」
――「ほ、ほぎゃああああああああああああああああ」
と実際には義昭が面白半分で技をかけていただけだったのだが。
そんな義昭に対抗するため輝臣は不本意ながら鍛えられていった。
また、巴の起こすトラブルに巻き込まれまくりで免疫が付いており荒事には慣れっこだった。
中学生では輝臣の相手にならなかったので次に出てきたのは地元で悪名高い高校生グループだった。
輝臣はそれもぶっ飛ばした。
そうしたら次は半グレ集団。
輝臣は屈しなかった。
ひとりで立ち向かった。
嫌がらせは止むことなく日に日に悪化していき、輝臣は学校にも行かずにそれらに対抗した。
今よりも幼かった環をおんぶして寝かしつけながら暴走族を壊滅させたこともあり、子守り魔人と恐れられていたこともあった。
そして――。
荒れ果てた反社会的組織のアジト、辺りには輝臣によって昏倒させられた大人たちが散らばっている。
「お、お前……こんなことしてただで済むと思うなよ……」
「うるせーよ」
輝臣は最後のひとりに向かって拳を勢いよく振り下ろした。
施設に危害を加えようとするものを輝臣は潰していった。
すべては施設の、家族のためだった。
しかしそれがいけなかった。
輝臣は目の前の脅威を排除することに手いっぱいだったが、ずる賢い大人たちは別の方法で土地の権利を奪おうと画策していた。
「あんたまずいことしてくれたわね」
当時、司法修習生として都内でひとり暮らしをしていた巴が戻ってくるなり輝臣に詰め寄ってくる。
「ずいぶん派手に立ち回ってるみたいじゃない。反社の事務所にひとりで乗り込むなんて滅茶苦茶なことしてまでして」
「うちに喧嘩売ってきたのはあいつらだ」
「ガキみたいなこと言ってるんじゃないわよ。そんなことでここが守れると思ってるの?」
「説教なんて聞きたくねーよ。くる奴みんなぶっ飛ばせば問題ない」
このとき輝臣に心の余裕なんてあるはずがなかった。
まるで飢えた獣のように巴を鋭く睨みつける。
「あんたね……その自慢の腕力さえあればどうにかなるとか思ってるみたいだけど甘すぎ。ここを潰すやり方なんていくらでもあるんだからね」
巴が大きくため息を吐いてから続ける。
「メディアが動き出してるわよ、この施設の子どもが暴力行為をしてるってね」
「はあ? なんだそれ」
「動きが速い……たぶん本当に裏で糸を引いてるやつが働きかけたんでしょうね。行政からの介入も近々あるはず。大事になったら地域住民からの立ち退き運動だって考えられるわ」
「だ、だけどそれはあっちから――」
「いい? この世の中ね、良いか悪いかじゃないの。白が黒になることなんて珍しくないのよ」
このとき、輝臣には巴の言っている意味がわからなかった。
しかし、この後彼女の予想通りの流れになってしまう。
そして、呆気なく輝臣たちの居場所は閉設されることになった。
この土地の権利は例のスーツ姿の男に買い取られたと輝臣は後に巴から聞かされることになる。
施設の子どもたちは義昭がもしもの時のためにと準備していた他施設や里親へと引き取られていった。
ただ、環だけは施設に入った日が浅く引き取り手が見つからず、輝臣とともに義昭が最後に残した小さなアパートへと移り住むことになった。
閉設後の手続きは義昭が懇意にしていた協力者たちによって滞りなく行うことが出来たのは不幸中の幸いだろう。
数か月後、まっさらになった土地の前に輝臣は佇んでいた。
ついこの間まで施設があった場所だ。
「……俺のせいだ」
このくらいの時間になると温かな灯りがともっていた。
だが、今はもうない。
「俺があんなことをやったから――」
……。
…………。
………………。
今日の夢はその時のものだった。
輝臣の話をシャノンは真剣に聞いてくれていた。
「俺のせいでみんなばらばらになった。だから――」
あの頃のことは今でも輝臣の胸をきつく締め付ける。
だから。
絞り出すように――。
懺悔するように――。
告白するように輝臣は言った。
「俺にはもう家族を持つ資格なんてないんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます