第12話 YOU、デートしちゃいなよ
2日後の日曜日。
早朝、輝臣のスマートフォンが珍しく鳴る。
画面に表示されているのは巴の名前だった。
「もしもし?」
『何で私は休日返上で今日も出勤しているのかしら』
開口一番が怨嗟の声である。
「……知らねぇよ」
『はぁ? 私がこんなに陰鬱な気分になっているというのに何て言い草。ちょっと操作してあんたのアパート私名義にしとくわ』
「物騒なこと言うんじゃねぇ。てか、お前なら本当にやれそうで怖いわ」
「ふふふ……」
電話越しに不敵な笑い声が聞こえる。
少し気が晴れたのか、巴が通常のトーンで尋ねてきた。
「それで何の用だよ。アパートの所有権の話をするためにかけてきたわけじゃないだろ」
『もちろん。元気しているかちょっと気になって』
「あ? 花粉症が面倒くせーけど別に――」
『あんたの花粉症なんてどうでもいいのよ。殺したって死なないあんたのことは1ピコグラムも心配してないから』
ちなみにピコグラムとは重さの最小単位だ。
「ひでぇな……」
『もちろんシャノンさんのことよ』
「あー、あいつね」
輝臣が横目でシャノンを確認する。
彼女は今、環を膝に抱えて一緒に某魔法少女たちが活躍する朝アニメを観ていた。なにやら緊迫したシーンらしく、ふたりして画面に食い入るようしている。
「まあ普通なんじゃないのか」
『そう。なら良かった』
不意に巴が短く笑う。
『もう早く引き取れとか言わないのね』
「……言ったら引き取ってくれるのかよ」
巴は敢えて言葉を返さずに黙っていた。
こういう時、彼女には何か聞きたいことがある。
それを相手から切り出すのを待っているのだ。
はぐらかそうとしても結局は答えざるを得ないことを、付き合いの長い輝臣は重々承知していた。
輝臣は観念して口を開く。
「……まあシャノンは悪い奴じゃないよ。環も懐いてるみたいだしな」
『じゃあ今のままでいいんじゃない? これはお爺さまの遺言なのよ』
(じじぃ……)
輝臣はこれまで表立って態度には出さなかったものの祖父の意思を出来るだけ尊重していた。
しかし。
「………………」
輝臣は答えを返すことが出来なかった。
電話越しに息を吐く音が聞こえる。
『まあ今日のところはそれでいいわ。それで昨日はどうしたのかしら?』
突然の話題転換だった。
「昨日?」
『だって土曜日なんだから学校はお昼まででしょ。放課後、シャノンさんを何処に連れてってあげたのかしらって聞いてるのよ』
「いや、別に」
さらっと即答する輝臣。
ぷちり。
何やら切れる音が輝臣には聞こえたような気がした。
『はあ!? あんたせっかくの半休だってのにどこにも連れて行ってあげてないの!? 彼女の境遇聞いたんでしょ? それならよっしゃ色んな所に連れってって喜ばせたろ、てなるのが普通でしょ!』
「なんで関西弁なんだよ。別にいいだろ、家にいたって」
『良くないわよ、このくそ童貞』
「ど、どどど、童貞違うわ!」
突然のことに咄嗟に見栄が出てしまう輝臣。
しかし、巴はそんなことを意に介さず続けてくる。
『あんな可愛い子とデートなんてあんたもう一生ないんだからいい機会じゃない。いい? 今日はどこか出かけるのよ? じゃないとそのアパート本当に取り上げるわよ!』
「ちょ、待っ――」
ツー、ツー、ツー。
輝臣は言葉を返そうとしたが、もう電話は切られており不通音だけが虚しく響いていた。
(何がデートだ。それにしてもどこか連れて行けって言ってもな)
もし出かけなかったときの怒り狂う巴の姿が輝臣には容易に想像できた。
そうなるともう選択肢は残されていない。
「あー、あのさ、シャノン」
輝臣が声をかけると彼女が嬉しそうに笑顔で振り返った。
「はいはい~。どうしましたか、輝臣くん」
輝臣の目の前にちょこんと座って待機している。もし尻尾があったらパタパタと振っていたに違いない。
――「あんな可愛い子とデートなんて」
先ほどの巴の言葉が頭の中に蘇る。
(た、ただ出かけるだけだろ。何意識してんだ、俺)
「……? ……?」
輝臣が黙ったままなので彼女が不思議そうに左右に首をかしげている。
彼女と目が合い、自分の顔が上気するのが輝臣にはわかった。
んとか声を絞り出し提案することに成功する。
「きょ、今日、出かけるか」
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