第11話 おばあちゃんの悪知恵袋
晩御飯を食べ、順番に風呂へと入り、そして就寝時間になる。
「のんちゃんいっしょにねる」
「はいはい喜んで~」
環の申し出でふたりは今日一緒に寝るようだ。
それだけなら何の問題もなかった。
しかし。
「てるくんも」
「は――?」
環の“いっしょ”というのは輝臣も含まれているらしい。
「いや俺はいいだろ」
「……(じー)」
無言のおねだりをしてくる環。
昨日のようにまた夜泣きが起きないとは限らない。
輝臣としては承諾するしか選択肢が残されていなかった。
そんなわけで今日も三人は布団をくっ付けて寝ることになる。
何の前触れもなくそれは起きた。
眠りに落ちていた輝臣だがふと目が覚める。
ふと、枕元に違和感を感じたのだ。
(ん……)
何とはなしに目をやると人影が見える。
「うおっ!」
薄暗い中、そこにいたのはシャノンだった。
眠っていた輝臣を見下ろすように枕元で正座している。
「びびった……どうしたんだよ、そんなところで。てか、今何時だ?」
部屋の照明を点けて時計を確認すると、針は深夜を指していた。
「実は輝臣くんにお願いがありまして……」
シャノンがそわそわと身体を横に揺らす。
「輝臣くん、あの、ですね。その――……」
彼女にしては何やら珍しく歯切れの悪かった。
「どうしたんだよ?」
輝臣がもう一度訪ねてみる。
すると――。
シャノンが意を決したように三つ指をついて勢いよく頭を下げる。
「わたしと子作りしていただけないでしょうかっ!」
そして、言ってきた。
しばしの静寂が部屋を支配する。
(………………は?)
輝臣は自分の耳を疑う。
彼女の言っていることがにわかに信じがたかったのだ。
(子づ――いやいや聞き間違いだよな。そんなわけないもんな。もしかしてこいつの国の言葉だったりするのか? あやうく恥をかくところだったぜ)
輝臣は自分の早とちりに苦笑し肩を竦めてみせる。
「すまんすまん。出来れば日本語で言ってもらえると助かるんだが」
「わたし、日本語でいいましたけど……」
「なんて?」
「こ、子作りしてくださいって」
「だよなー」
やはり輝臣の聞き間違いではなかったらしい。
「ちょ、ちょっと待て。どうしてこんなことになってるんだよ」
「はいっ。実は今日お昼におばさまがいらっしゃいまして、輝臣くんたちとずっと一緒にいたいのですがどうしたらいいですかって相談させてもらったんです」
「ばばぁに……?」
「そうしたら子供をつくって家族になるのが一番だろうって教えてくださいました」
「いやいや飛躍しすぎだろ! あのばばぁ変なこと吹き込みやがって!」
昼間の輝臣の予感は的中していた。
悪魔のような笑みを浮かべている文子の顔が脳裏をよぎる。
「わたしなにぶん世間知らずで子作りも初めてなのですが、不肖シャノン一生懸命やらせていただきますねっ。目指せアメリカンフットボールチームです!」
「人数多いな! 励まんでいいっての!」
シャノンが四つん這いでにじり寄ってくる。
そのとき。
騒がしくて目が覚めたのだろう、隣で眠っていた環が眠そうに目を擦りながら上体を起こす。
「おお、環。ナイスタイミングだ」
この状況を打破する光明が見えたかかと思われた。
しかし――。
「てるくんものんちゃんもがんばれー」
「まあっ、たまちゃん」
「お前は意味もわからずに応援してんじゃねぇ!」
また眠りへと落ちる環。
火に油を注いだだけだった。
「きゃっ」
不意にシャノンがバランスを崩し体重を預けてくる。
そのまま重なるように倒れ込み、仰向けに押し倒されてしまう。
目と鼻の先には彼女の整った顔がある。
視線を下らせるとキャミソールから控えめだが胸の谷間が覗いていた。
(子作りってマジかよ――……)
ごくり。
輝臣は大きく喉を鳴らす。
「輝臣くん」
シャノンの薄い唇が艶やかに名前を奏でる。
輝臣が理性を手放しそうになったそのとき、
「この後どうすればいいんでしょうか?」
シャノンがきょとんとしながら小首を傾げる。
しばしそのまま体勢で固まっていたふたり。
「…………は?」
輝臣は思わず上ずった声が出てしまう。
「いえ、こうやって密着すればあとは流れで輝臣くんがどうにかしてくれるときいておりまして……」
どうやらそういうことらしい。
(八百長相撲かっ。あんのばばぁ――マジ明日覚えてろよ)
「とりあえずどいてくれるか?」
ひと段落したところで輝臣は大きく息を吐いた。
「あのな。別に子作りしたからって家族になれるわけじゃないからな」
「ええ!? そ、そうだったんですか……」
しゅんとしてしまったシャノンだが、ほっと胸を撫で下ろしながら続ける。
「でもちょっと安心しました。本当はもっと早くお願いしようと思ってたんですが何故か切り出せなくてですね。輝臣くんに触れたときもドキドキと不安が止まらなかったんです」
少し困ったように笑うシャノン。本人に自覚はないが、ここに来てから彼女には色々な感情が芽生えていた。
しかし、彼女自身それを持て余していた。
(まったく。あのばばぁ何考えてやがるんだかな)
そんな彼女の頭に輝臣は手を置きわしゃわしゃと撫でる。
「別に無理しなくていいんじゃないか? 巴が帰ってくるまではここにいてもいいって言っただろ。安心したならもう寝ろよな」
「は、はいっ……夜分遅くにすみませんでした」
輝臣が促すとシャノンはすごすごと環を挟んだ反対側へと横になる。
「わたしは本当に輝臣くんと家族になりたかったんですけどね……」
彼女がぽつりと小さく呟いたのが輝臣の耳に届く。
しかし、敢えてそれには触れなかった。
輝臣は頭から布団をかぶり誰にも聞こえないように独り言ちる。
「悪いな。俺にはその資格はないんだ」
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