第9話 輝臣と幼馴染~人間の繁殖において触れただけで妊娠したという事例は今まで上がっておりません~
輝臣が通っているのは高校はアパートから徒歩30分ほどの場所にある。住宅地の真ん中にあり、数年前に校舎が建て替えられ比較的新しいこともあり通いやすい高校だ。
輝臣も家から近いからという理由でここに進学を決めた。まあ、そのために地獄のような受験勉強が待っていたのだが。
キンコンカンコーン。
少し間延びしたチャイムが鳴り昼休みへと入る。
授業からの解放感と成長期ならではの空腹感により、生徒たちがひと際色めき立つ時間だ。
輝臣が所属する2年のBクラスも例外ではない。
終礼とともに購買部にスタートダッシュを決めるもの、友達グループで集まって弁当を広げあうもの、連れ添って学食へ向かうものなど活気づいている。
そんな中、クラスの喧騒から隔絶された場所があった。
まるで最初からそこには空間が存在していないかのように生徒たちは自然に避けている。
その怪異的なスポットの中心の机に突っ伏して寝ているのが――輝臣だ。
そう、いわゆるひとつの“ボッチ”なのだ。
輝臣は小学生の頃から色々と問題を起こしていた問題児ではあったのだが、決め手となったのは中学三年のときに起きたある事件だ。
それ以降、輝臣は『子守り魔人』や『893殺し』と呼ばれ敬遠されるようになってしまった。
今では『一秒会話するごとに寿命が一年縮む』とか『触れるだけで妊娠してしまう新人類』など妙な尾ひれ背びれが付きまくってしまい、こうして立派なボッチが出来上がったのだった。
「……飯」
昼休み前の授業を爆睡していた輝臣がのそりと上体を起こすと教室内の空気が心なしか緊張を帯びた。
(……学校もやっぱ面倒くせーな)
それがわかっているので彼はそのまま立ち上がり、後ろのドアから廊下へと出る。
(でもジジイとの約束の手前休むわけにはいかねーんだよなあ)
「……それにしてもあいつ余計なことしてないといいんだけどな」
そう独りごちる。
学校では話しかけられることがないからか、なぜかシャノンの呑気な笑顔が輝臣の脳裏に浮かんだ。
(まあ、ばばあに任せてあるから万が一はないと思うが)
シャノンの顔が文子の禍々しい笑みへと変わる。
「あれ? もしかして選択を間違ったか。ヤバい。なんかすげー不安になってきた」
輝臣の直感はあながち間違ってなかったりする。
まあそれがわかるのは少し後のことになるのだが。
「――くん」
「やっぱ今日はもう帰ったほうがいいんじゃ……」
「ちょっと桐ケ谷君!」
輝臣がぶつぶつと呟いていると、突然背後から肩に手が置かれた。
弾かれるように振り返る。
「うおっとぉ!」
そこにはひとりの少女の姿があった。
艶のある綺麗な黒の長髪。
気品と知性が溢れる切れ長の瞳。
目元と口元にあるほくろは彼女の端整な顔立ちをより引き立てている。
四肢はすらりと伸び、比較的身長は高く、制服の上からでもわかる女性的な曲線を描いている。
この大人びた少女の名前は深山花椿みやまはなつばき、輝臣の幼馴染だ。
頭脳明晰、スポーツ万能、それでいて人当りも良く、その整った容姿もあって周りの人間からの信頼も厚い。
本来なら県内でもトップの進学校に推薦で入れるレベルなのだがなぜか輝臣と同じ高校へと進学。
高校に入ってからは一年生のうちに生徒会長に抜擢されるほどのカリスマ性を持っている、輝臣とは真逆の評判を持つ少女だ。
そんな花椿だが今はわけあって輝臣と同じアパートの二階の部屋に住んでいたりする。
「どうしたの、大きな声出して。びっくりするじゃない」
「なんだ、ツバキか」
「こら。ツバキって呼ばない」
花椿はちょうど人通りがなくなったことを確認すると、すっと距離を詰めて耳打ちしてくる。
「学校では苗字で呼び合いましょうって言ったでしょ」
「あー、あれか。別にいいだろ。面倒くせーな」
「面倒臭がらない。あなたただでさえ学校で浮いちゃってるのに部屋は違うけど私も一緒のアパートに住まわせてもらってるのよ。変に誤解されたら大変でしょ」
「へーへー。わかったよ。ツバキは天下のカリスマ生徒会長様だからな。たしかに俺みたいなやつとつるんでるってなったら大問題だ。せいぜい学校じゃ近づかないようにするよ」
「違うっ。私だって本当は名前で呼ばれた方が嬉し――」
花椿が言いかけた言葉を呑む。
しかし、輝臣は乙女の心の機微というものを全く理解していなかった。
「ん? どうした」
「……もういいわ」
彼女が少し頬を含ませてそっぽを向いてしまう。
(なんだよツバキのやつ不機嫌だな。腹でも減ってるのか?)
少し気まずかったのもあり輝臣の方から話を切りだしてみる。
「そういや今日はどうしたんだ。学校で話しかけてくるなんて珍しいな」
「ああ、そうだったわ。ちょっと気になったことがあったの。ねえ、昨日、環夜泣きしてなかった?」
「ああ。久しぶりにぐずったな」
輝臣がそう頷くと、花椿は苦虫を嚙み潰したよう顔になる。
「やっぱり。私、最近生徒会の仕事が多くて疲れているのか眠りが深くて……。今朝起きた時にそう言えば昨日泣き声が聞こえてきたようなって気になっていたの」
実際花椿は学業だけでなく、生徒会の仕事や生徒や先生から頼まれる用事も少なくなく多忙だった。そのため朝は早く登校し帰りも遅くなってしまっている。
疲れが溜まっていても無理はないだろう。
「気のせいじゃなかったのね。ごめんなさい」
「別にツバキが謝ることないだろ。それにすぐに泣き止んだから問題なかったぞ」
「そう……良かった」
罪の意識を感じていたのか、彼女はほっと胸を撫で下ろし安どの表情を浮かべる。
「でも珍しいわね。環の夜泣きってほら、大変じゃない。なにかいい解決策でも見つけたの?」
「別に解決策ってほどでもないけどな」
「ほどじゃないけど?」
花椿が繰り返すように尋ねる。
「昨日からうちに住むことになったシャノンがあやしたら一発で泣き止んだんだ」
「はい――?」
ぴしり。
その彼女の表情が凍った。
「チョ、チョットマッテ」
何故か片言だ。
まるでタイムラグのあるリモート通信のように口をぱくぱくさせながら質問してくる花椿。
「そのシャノンって女の子?」
「ああ」
「いくつくらい?」
「たしか俺たちとタメだって言ってたな」
「昨日は一緒の部屋で寝たの?」
「ん? まあそうだな」
そのとき、廊下前方の曲がり角から女子のグループが現れる。
「おっと。誤解されちゃまずいんだったよな。それじゃ――」
話を切り上げてその場を立ち去ろうとした輝臣の腕を花椿が掴んだ。
万力のように強く離さない。
「ツバキ? おい、一緒にいるところ見つかるぞ」
「そんなことどうでもいいわ」
輝臣の言い分は呆気なく一蹴されてしまう。
(あれ? ついさっき変に誤解されるなって言われたよな……)
「今の話、詳しく聞かせてくれるかしら?」
にっこり。
学校中を魅了するカリスマ生徒会長の笑顔なのだが、何故か輝臣は背中に冷たいものを感じた。
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