第5話 シャノンとみんなごはん
そうこうしているうちに日はとっぷりと暮れてしまった。
そうなると、
「テルくん、おなかすいたー」
こうなるわけである。
「うぉ、マジか……」
(色々あり過ぎて買い物行くの忘れてたな)
「環、今日は冷蔵庫の中のもので適当に作るけどいいか?」
「あいー」
輝臣は環と一緒に夕方のキッズアニメを見ていたシャノンに目をやる。
どうやら先ほど知ったばかりのテレビ自体に興味津々のようだ。
「あんたも一緒に食べる感じでいいか?」
「へ? わたしの食事も用意してもらえるんですか?」
シャノンは驚いたように瞳をぱちくりさせている。
「一緒に……」
そして、ぽつりと呟く。
「別に二人前も三人前も作る手間は変わらないからな。言っておくけど味は保証しないぞ。もしマシなものが食べたいってなら駅前まで行けばショッピングモールとか飲食店とかあるけど――」
「いえいえいえ何を仰いますか、輝臣くんの手料理がいいです! 是非ともお願いいたしますっ。輝臣くんのお料理いただけるなら食べるならお皿まで残しませんよ!」
すごい勢いで平伏しながら懇願してくる。
(ついこの前まで国の象徴として祭り上げられていたとは思えないな……)
とは思ったものの輝臣は口には出さなかった。
「わ、わかった。じゃあ作るからもう少しだけ待っててくれ」
……。
…………。
………………。
数十分後、桐ケ谷家のちゃぶ台に夕飯が並んだ。
今日のメニューは野菜炒めと味噌汁、それにあらかじめ朝にタイマーをセットして炊いた白いご飯だ。
「まあっ」
日本食が珍しいのか、シャノンが目をキラキラさせながらそれらを眺めている。
「それでこれから一緒に食べるんですよね」
「ん? ああ。そう言えば食べるものどうする? 箸使えるのか?」
「ハシ?」
「これのことだよ」
輝臣は実物を操ってみせる。
「あっ、お箸。以前、義昭よしあきさまから聞いたことあります。これがお箸……初めて見ました。これを指に挟んで使うんですね」
シャノンの口から出た義昭とは輝臣の祖父の名前だ。
(じじい……。そう言えばこいつが来たのもじじいの遺言だったよな)
「なあ。俺の爺さんについて知ってることがあれば教えてほしいんだけどいいか?」
「義昭さまについてですか? 義昭さまは『レイ』の先代様と古くからのご友人だったんです。そのためか皇国の偉い人の相談役みたいなこともやっていたみたいですよ。先ほど『レイ』は基本的には外界とは関われないと言いましたが義昭様は数少ない例外の方だったんです」
「へー、あいつがねぇ。こっちじゃただの昼行燈だったんだけどなぁ……」
「すみません、わたしがお話できるのはこれぐらいですね。なにしろ自分のことをあまりお話にならない方だったので。でもとてもお優しい方でしたよ。日本語を教えてくれたのも義昭さまだったんです。わたし人と話す機会なんて全然なかったので楽しくて楽しくて、夢中で覚えちゃいました!」
(そう言えばあのじじい、定期的に家を空けることがあったな。それはこいつに会いに行ってたことなのか? 日本語を教えてたって言ってたけどもしかしてこうなることを想定してた……のか? ったく、面倒くせー置き土産していきやがって)
輝臣が考えを巡らせていると、そのとき。
「テルくんもうたべていいの?」
ふたりの会話中ずっと待っていた環が物欲しそうに訊いてくる。
「お、おう。悪かったメシにしようぜ」
(まあもう話せることはないって言ってたしな)
輝臣はとりあえず話を切り上げることにする。
こうして三人で卓を囲う初の食事となった。
「んん~。美味しいですっ。私こんな美味しいもの初めて食べました! お野菜がシャキシャキでご飯はふかふかです。このお味噌汁というお料理ですか? わたし、食べたことない味ですがこれも味わい深くて最高です!」
元女神様、マジ絶賛だった。
「別に普通だろ」
「おいしー」
「ほらっ。タマちゃんも美味しいって言ってますよ」
「こいつは何食ってもこれしか言わないの。別に無理して褒めなくてもいいっての」
その少々大げさな言い回しに輝臣は呆れて息を吐いた。
「あんた国の偉い人だったんだろ? それならもっといいものたくさん食べてただろ」
「いえいえ、『レイ』は清貧であることが求められていました。食事はいつもライ麦パンとシンプルなスープだったんです」
「ずっと同じメシか……そりゃ飽きるな、辛いわ」
「だからこんな素敵な食事に感動しているんです!」
ずいっとテーブルから身を乗り出し力説してくるシャノン。
彼女はお世辞ではなく誰もが目を引く整った顔立ちをしている。そんな少女の顔が目と鼻の先にあるのだから思春期真っ盛りの輝臣が動揺しないわけがない。
思わず半身を反らし、照れ隠しから距離を取る。
「た、……環、もやし付いてるぞ」
「ほ?」
誤魔化しついでに夢中で食べていた環の頬に付いた欠片を指で摘み、自分の口へと運んだ。
「それにもうひとつ感動したことがあるんです」
シャノンがまた正座しなおし視線を落とす。
その表情は先ほどとは打って変わってどこか寂しそうだった。
「もうひとつ?」
「はい。『レイ』は外界とは関われませんし誰かと話すことも出来なかったので、今までずっと誰かと食事を取ることはありませんでした」
シャノンが噛みしめるように続ける。
「みんなで食べる食事ってこんなに楽しいものなんですね」
顔をあげたシャノンが満面の笑顔を咲かせた。
温かな食事。
誰かと囲む食卓。
それらは彼女にとっては未知のものだった。
「……」
――(面倒くせー置き土産していきやがって)
輝臣は先ほどの自分の考えが胸にチクリと刺ささり押し黙ってしまう。
「あ。タマちゃん、今度はおでこに付いてますよ」
「あり?」
今度はシャノンが先ほどの輝臣と同じように取ってあげている。
「……調子狂うな」
「はい? どうかしましたか、輝臣くん」
「なんでもねーよっ」
(それでも一緒に住むのは話が別だけどな)
輝臣は自分のうちに芽生えそうになっている感情をかき消すように、がつがつとご飯をかき込むのであった。
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