第4話 元女神さまと幼女と洗濯機と
巴が出張から帰るまでという条件で輝臣はシャノンを引き受けることになった。
前述したとおりこのアパートは輝臣が祖父から相続したものだ。
築30年、1k風呂トイレ別。輝臣たちが一部屋使っていることもあるが、全6部屋すべてが埋まっている。
空き部屋がないのでシャノンは輝臣たちと同じ部屋に住んでもらうしかなかった。
こうして輝臣たちの共同生活が始まった。
玄関でずっと立ち話をしているわけにもいかないのでとりあえず部屋へと入ってもらった。
輝臣たちはちゃぶ台を挟むようにして座る。
一緒に生活するにあたって色々と問題があった。
というよりも問題がないところの方が少ない。
その中でもまず一番初めに確認するべき事柄があった。
「……(じー)」
それがこの輝臣の背中に隠れ、シャノンの様子を窺っている環のことだ。
シャノンと環。ふたりの相性が芳しくなければこの共同生活は立ち行かない。
環は人懐っこい性格でアパートの住人からは可愛がられている。
だが人には相性があり、何事にも例外はある。
今回は相性が悪かったなんてことは往々にして起こりうるのだ。
(おいおい大丈夫か?)
部屋に充満する重い空気に輝臣は不安感を覚える。
「……(じー)」
「あぅ……(そわそわ)」
注視してくる環に心なしかシャノンも落ち着かない様子だ。
(まあこのままってわけにもいかないからな。面倒くさいが俺が話を進めるしかないな)
「おい。環――」
輝臣が促そうとしたそのとき、幼女が動いた。
手前へと躍り出る。
「やえがしたまきです!」
先制の自己紹介。
「は、はいっ! わたしはシャノンです! 苗字とかはありません!」
それに慌ててシャノンも応える。
「よんさい!」
「16歳です!」
「すきなものはテルくんです!」
「わたしもです!」
(なんのこっちゃ。というか俺とタメなのか)
ふたりの視線が交差する。
「……」
「……」
謎の少しの沈黙があった後、
「ノンちゃん!」
「たまちゃん!」
ひしりと熱い抱擁を交わした。
どうやら相性は抜群のようだ。
「輝臣くんも気軽にシャノン、とお呼びくださいね!」
「……気が向いたらな」
こうしてシャノンと環の邂逅は無事に終わった。
茶番(?)が終わったところで輝臣はアパートの設備を案内することにした。
環と手を繋いでいるシャノンを連れてまた玄関から外に出て、アパート裏手にある小さな庭へとやってきた。
庭の端っこには中々古めかしい洗濯機が置かれている。
「案内って言ってもこの洗濯機しかないんだけどな。これは一応このアパートのだから好きに使っていいよ。自分用のを持ってきても構わないけどここの住人はみんなこれで洗濯してる。あ、もしこれ使うならこの横にあるホワイトボードにスケジュール表があるから他の人と被らないように注意してくれ」
輝臣の説明にシャノンが挙手する。
「あのー、これが“せんたくき”なんですか?」
まるで未知の機械を見たかのように指さした。
(『ロイヤル・レイ』だっけ? やっぱ国の象徴ともなるといい生活してたんだろうな。ったく、これだから金持ちは)
「言いたいことはわからなくもない、確かに古くてボロいからな。でもまだ使えるんだから問題ないだろ」
「いえ、そうじゃなくてですね。えーっと、その……」
ばつが悪そうに言い淀みながらシャノンが続ける。
「まず、その“せんたく”というのは何なんでしょうかね?」
「は――?」
予想外の質問に思わず声が上ずってしまう。
「す、すみませんすみません! やっぱりこれも知っていて当たり前のことだったんですねっ」
「い、いやそんな謝られることじゃ……」
「たぶん“せんたく”だけじゃなくて、わたし本当に何も知らないんだと思います……。故郷で『ロイヤル・レイ』――生き神をやっていたときは国事行為しかしていなかったので」
「国事行為?」
「はい。教会まで礼拝に来てくれた国民の方々に祈りを捧げるんです。あ、でも『レイ』は人前では喋っちゃいけなかったので心の中で祈ることしかできないんですけどね。皆さん夜遅くまでいらっしゃられるんですよ」
当時のことを思い出したのか、シャノンの顔が少しほころぶ。
「礼拝以外は基本的に外界との接触は禁じられていました。身の回りの世話も全部お付きの人がやってくれていましたし……。ここに来るのも知人の方が送ってくださいまして、ずっと椅子に座っていたらいつの間にか輝臣くんのお家の前に着いていました」
消え入りそうな声でシャノンが、
「だからわたし、教会でのことしかわからなくて……」
そう続けた。
泣いているのだろうか、俯いてしまって彼女の表情は見えない。
(一日中、国民のために祈りを捧げる、か。そんなの普通に家事洗濯して暮らすよりもよっぽど大変なことだろ……)
問題がないと言ったら嘘になる。
しかし、輝臣は彼女の常識不足を責める気持ちにはならなかった。
「知らなければ知ればいいだけだろ。知ってる振りしてる奴より正直に言う方が全然マシだと俺は思うぞ」
シャノンの頭に優しく手を置く。
「輝臣くん……」
顔をあげた彼女の瞳はやや赤く、潤んでいた。
「ここでの生活で少しずつ覚えていけばいいだろ」
「輝臣くん! 不肖シャノン頑張らせていただきます~~~~っ!」
「だああああっ。くっ付くなっての――てかおい、鼻水つけんじゃねえっての!」
というわけでシャノンのための洗濯講座が開かれた。
「えーっと、洗濯っていうのは毎日着てる服とかが汚れたら洗うことだな。手洗いとかもあるけど基本的にはこの洗濯機で洗う」
百聞は一見に如かず。
先ほどあらかじめ持ってきていた衣類、それと先ほどシャノンの鼻水がついてしまったシャツを洗濯機に入れる。
洗剤諸々の準備をしてあとはスタートボタンを押すだけのところで環が声をかけてくる。
「たまき、これすき。テルくんやっていい?」
「おお。いいぞ」
環の身長では縦型の洗濯機のボタンには手が届かない。そこで輝臣が抱え上げると、環は嬉しそうに洗濯機のスタートボタンを押した。
ガゴン。(内槽が空回りする音)
「まあっ」
ザザ―――――――――――――っ!(洗濯機に水が注がれる音)
「まあまあっ」
グワングワン。(服が水流にもまれて洗われる音)
「まあまあまあっ」
洗濯機の一挙手一投足にシャノンが感激の声をあげる。ここまで喜ばれるなら洗濯機も仕事冥利に尽きるというものだろう。
「洗い終わったら音で知らせてくれるから、それを干すって感じだな。干し方についてはこれが終わったらまた教える」
「これが洗濯、そして洗濯機というものなのですね。なんと素晴らしいのでしょう……」
(まあ苦手意識持たれるよりはいいけどな)
輝臣も楽しんでいる彼女の顔を見ると悪い気はしなかった。
しかし――。
グワングワン。
グワングワン。
「……なあ。これいつまで見てるんだ?」
「え? あ、すみません。いけなかったですか?」
「いやそうじゃないけど洗濯してるところなんて見てて飽きないか?」
「いえ全く!」
即答だった。
皇国の元『ロイヤル・レイ』は洗濯機に夢中になっていた。
「ノンちゃんわかってる。これはおくがふかいやつ」
「ですね!」
結局、ふたりは洗濯機のおまかせコースが終わるまでずっと見ており、それに輝臣も付き合わされた。
ちなみに――。
「て、輝臣くん! 何ですかこの板は! 中に人がいっぱい入ってます! 大丈夫ですか? 狭くないんでしょうかね!?」
シャノンはテレビにもめちゃ驚いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます