第3話 なんだかんだ同居生活始まります

 前回までのあらすじ。玄関あけたら謎の少女が出迎えてきた。少女の名前はシャノン。彼女曰く自分は元神様らしい。以上。


「いやまあ全部が意味わからないんだけどさ。まずひとつ訊いてもいいか? 怖いもの見たさ的な好奇心からでもあるんだけど」


 輝臣はそう前置いてから尋ねる。


「え? 何? 神なの?」


「はいっ」


 即答アンド満面の笑顔なシャノン。


「人間ではないと?」


「いえいえ普通の人ですよ。それに特別な力があるわけでもありません。ただ、わたしの国では“生き神”というものがありまして」


 輝臣はスマートフォンを取り出しシャノンが教えてくれた国について調べてみる。


 皇国ラピスラズリ、北欧にある比較的新しく出来た小国だ。ここでは女神の生まれ変わりとされた女性を『ロイヤル・レイ』という生き神として国の象徴とされ崇められていた。


「はー確かにその国ではそういうのがあるみたいだけど、な……」


「はい。わたしその2代目を務めさせていただいておりました」


「で、その生き神さまっていうのがなんでこんなところにいるんだよ」


 輝臣の質問にシャノンが難しそうに眉を八の字にする。


「えーっとですね、わたしも詳しくはないんですけどどうも昔から皇国で“わいろ”とか“おうりょー”というのが横行してたらしくてですね。政権への批判が高まってたようなんですよ。それでつい先日、『もう我慢の限界だー』ってクーデターが起きちゃったんです」


「クーデター……?」


 華奢な少女の口から突如飛び出したゴリゴリのパワーワードに輝臣は息を呑む。


「クーデターでは旧体制の象徴である『ロイヤル・レイ』も排除だーってなりまして。わたしも故郷を追われることになっちゃいました」


 シャノンはまるで朝食の食パンをトースターで少し焦がしちゃったくらいのニュアンスでは苦笑している。


 ちなみに先ほど調べた皇国の検索ページもよく見れば上位にクーデターのニュースが載っていた。


(そうは言ってもな……)


 確かに皇国に関してはシャノンの言っていることは間違ってはいなかった。


 しかし、彼女が生き神で諸々の事情から遠路はるばる日本の、しかもこのような小さなアパートにくることになったというのは信じるにはおよびがたいものだった。


 ここまで話を聞いても現状については全くといっていいほど分かっていない。ただ、とてつもない面倒ごとに巻き込まれそうだということだけはヒシヒシと肌に伝わってきていた。


 そんな輝臣が取る行動はただひとつ。



「えーっと、帰ってもらっていい?」



 至極真っ当な帰結だった。


 輝臣の言葉に瞳を瞬かせるシャノン。


「え……? か、帰る、ですか?」


「そう」


「帰る場所ってここ……?」


「いや。ここじゃなく。てか、いきなり一緒に住むことになったとか言われても無理だ」


「……」


「……」


 ふたりの間に気まずい沈黙が落ちる。


「そう、ですか……」


 シャノンがまるで捨てられた子犬のようにしゅんとうなだれている。


 輝臣はいたたまれなくなり彼女から視線を切った。


(いや、罪悪感すげーなっ。てか、これ俺悪くねーだろ!マジ誰かどうしてこうなったか教えてくれ!)


そのとき。


 ――――――♪


 手に握っていた輝臣のスマートフォンから電話用の着信音が鳴った。


 この異常事態、取り合っている場合ではなかった。


 輝臣としては当然無視だ。


 そんな彼の手がついついっと後ろから引かれる。


 あまりの出来ごとに輝臣は存在を忘れかけていたが手を引いてきたのは後ろにいた環だった。


「テルくん。たまき、でんわでたい」


 環が瞳をキラキラと輝かせながらおねだりしてくる。得てしてキッズはスマートフォンが大好きなものだ。


(この着信音はあいつからだよな……。無視すると後々面倒くせーしな)


「よし。じゃあ頼む」


「あい」


 スマートフォンを渡すと環は「あいあーい」と嬉しそうに電話を取っていた。


(ったく呑気なもんだな)


「こういう場合どうすりゃいいんだ。やっぱ警察か?」


「え? え? ケーサツ? 何でしょうかそれは」


「わからない振りしなくていいっての。別に不法侵入で突き出すわけじゃねーよ。困ってることがあるならウチなんかよりあっち行った方がいいって。大丈夫、日本のポリスマンは優秀で優しいから」


「よくわかりませんが輝臣くんとどこかに行くということですね。わかりました、不肖シャノンどこまでもお供させていただきますっ」


「ワー、タスカルー(棒)」


 輝臣と出かけるのが嬉しかったのか、シャノンは先ほどまでの落ち込みが嘘のように顔をほころばせている。


(まあ悪い奴じゃないんだろうけどな。このままってわけにもいかないし交番まで連れて行けばお役御免だろ)


 輝臣がシャノンを外へと促そうとしていると、またしても環が手を引いてくる。そして先ほど渡したスマートフォンを差し出してきた。


「テルくん。かわってってー」


「ああ? 今それどころじゃないんだよなぁ。環、適当に言って切ってくれよ」



「あら。私を後回しにするなんていつからそんなに偉くなったのかしら」



 スマートフォンのスピーカーから冷気を帯びた声が聞こえた。


「……と、巴」


 その声に身体が強張る輝臣。


 輝臣がそう呼ぶ電話主の女性は蝦夷山巴えぞやま ともえ。幼い頃から輝臣と交流のある数少ない人間だ。


 例えると輝臣がハブなら巴はマングース。


 輝臣がカエルなら巴はヘビ。


 〇ムなら〇ェリー。


 いわゆるひとつの天敵というやつだ。


 幼いころから輝臣を巻き込み日々トラブルを起こしまくっていたにも関わらず、しれっと国立大学に入って最短で弁護士の資格を取得。今ではその業界では有名な事務所で働いている、名実ともに超人だったりする。


 おかげで輝臣は助けられたこともあったが、それはとりあえず置いておくとしよう。


『環の話は全然要領を得なかったけど、電話のマイクを広域化してもらって大体のことがわかったわ。その声、どうやらそっちにもうシャノンさんが行っているみたいね』


「なんだよ巴の知り合いだったのか。一時はどうなるかとおもったぞ。電話換わった方がいいか?」


『……いいえ結構よ。本来は私と向かうはずだったんだけどね。でももう着いているなら問題ないわ』


 輝臣は今までの経緯を簡潔に説明することにした。


『……なるほど。おおよその状況はわかった。シャノンさんの言っていることは全部本当よ』


「おいおい生き神もクーデターで逃げてきたってのもマジなのかぁ……どうなってんだよ」


『じゃあ、そういうことだから後はお願いね』


 電話を切りそうだった巴を慌てて制止する輝臣。


「ちょ、ちょっと待てって! そういうことだからじゃねーだろ説明が足りな過ぎる!」


『シャノンさんから話は聞いていたじゃない。私これから出張なのよ。あんたと長電話していられるほど暇じゃないんだけど。何? あんた私のこと好きなの?』


「好きじゃねーわ! ホント突拍子もないことだけど百歩譲って事情は把握したことにしてやってもいい。けどなんでその元生き神さまってのがわざわざウチにくることになったんだ。こればっかりは納得できねー」


『それは――……あんたのお爺さまの遺言だからよ』


「じじい……の?」


 予想外の人物の名前が挙がり輝臣は少し動揺してしまう。


『なんでも先代の女神様の頃から交流があったみたいでもしもの時にはシャノンさんのことは頼まれていたようね』


 輝臣には2年前に他界した祖父がいた。今住んでいるアパートは祖父が輝臣に残した唯一の遺産だったりする。


(じじい……)


『これだけ言えばわかるでしょ』


「だ、だけど――」


 遮るようにして巴が続ける。


『それに、私もこれはあんたにとってもいい機会だと思ってる』


「……」


 輝臣は言葉が出てこなかった。


『彼女本当に行くところがないの。……とりあえず私が出張から戻ってくる一か月でいいわ。それまでは頼むわよ』


 そう言うと巴は今度こそ電話を切ってしまった。


 先ほどの彼女の言葉が輝臣の脳裏に蘇る。


 ――『お爺さまの遺言だからよ』


 ――『あんたにとってもいい機会だと思ってる』


(俺はじじいや巴とは違うってのに……)


 輝臣のスマートフォンを握る手に力が入る。彼は大きくため息をついてからシャノンへと向き直った。


「あの、わたしはどうしたらいいでしょう?」


 彼女は左右に小首を傾げそわそわしながら様子を窺っていた。


「くそっ。本当に面倒くせーな」

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