第1話 玄関あけたら美少女がいた

 神奈川県のS市。


 メジャーな海沿いではなく山間にあるニュータウン、ここはその中で通学路にもなっている河川敷だ。


 四月初旬の穏やかな昼下がり、柔らかな陽光のなか時折春風が優しく頬を撫でる。


 新学期が始まったばかりでまだ通常授業になっていないのであろう、早めに下校している学生たちの姿がちらほらと見える。


 大きめの制服に身を包む新入学生。


 クラス替えで出来たばかりなのであろう初々しいグループ。


 ラブコメの予兆を感じさせる男子女子の二人組。


 そこには各々がそれぞれ、希望に満ち溢れる春に胸躍らせている姿があった。


 が、しかし――。


 そんな気持ちの良い河川敷で一点だけ全く異質な、鬱々とした雰囲気を醸し出す場所があった。


 原因はその中心にいる少年。


 彼がぼそりと口を開く。


「春うざ……」


 春、全否定。


 麗らかな春が台無しであった。


 この少年、瞳は濁り切った茶色、年老いた猫のように背を丸め、その姿からはやる気なんてものは原子レベルで見て取れない。


 彼の名前は桐ケ谷輝臣、この近所の市立高校に通う2年生だ。


 輝臣はなおも心の中で毒づく。


(まず「一度しかない青春」とか「新学期初日に心機一転」とか言ってくる担任がめんどくせー)


(新クラスでのカーストとマウントと腹の探り合いとかもめんどい)


(そして何より花粉症! こいつはもう面倒オブ面倒!)


「あー、春なんて無くなればいいのにな」


 輝臣の言い分もわからなくのないが、基本的に彼は反面教師にぴったりの超ネガティブ人間だった。


 小脇に抱えていたティッシュ箱からチリ紙を取り出し鼻をかんでいると、


「テルくん」


 ふと声がかかる。


 声の方へと振り向くと幼い少女の姿があった。


 この子は桐ケ谷環、同じく最寄りの保育園に通う輝臣の妹だ。


 妹といっても血は繋がっていない。


 輝臣と環は少し訳あって今は小さなアパートでふたりだけで生活している。


 高校の授業が終わってから環を迎えに行き、一緒に帰宅するのが輝臣のここ一年のルーチンだ。


 今日は新学期初日ということもあり高校も保育園も早めに終わったので、環のリクエストもあって寄り道中だった。


 河川敷に着くと、目をキラキラと輝かせ野に帰るウサギよろしく斜面を駆け下りていってしまった環。


 ああなると小一時間は戻ってこない。


 そんなわけで輝臣は彼女が満足するまで徒然としていたわけだ。


「環、ちょうどよかった。もう帰ろうぜ」


「みて! かっこいいのひろった!」


 綺麗なスルー。


 正確には伝えたいことが先行しすぎて聞こえていなかった。


 環は興奮した面持ちで手に握っていたものを突き出してくる。


 そう、杉の枝を。


「よし環まず落ち着け。その危険物を置け。じゃないと死人が出る。俺という死人が」


「これふるとなんかでる! たまきふしぎパワーにめざめたかも」


「それ花粉な! ちょ、やめ――。鼻セ〇ブさん助け、は? 空? のおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 ……。


 …………。


 ………………。


 輝臣が地上で溺れかけたという嫌な事故があったものの、ふたりは住んでいるアパートの前まで帰ってきた。


「お前な、次はあんなの勘弁だぞ」


「あいー」


(ったく。これは全然わかってねーやつだろ……。まあいい、環には後で言い聞かせるとして、今は早いとこ顔洗って花粉を落としたいわ)


 とりあえず一段落できる、そう思いながら輝臣は玄関のドアノブを捻った。


 ゆっくりとドアが開く。


 そのとき――。


「お初にお目にかかりますっ! わたしはシャノンと申します。不束者ではありますが末永くよろしくお願いいたしますねっ」


 ドアの先にある玄関にいた少女が矢継ぎ早に続ける。


 がちゃり。


 突然のことに思わずドアを閉めてしまう輝臣。


(なんか変なのいたんだが……?)

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