第3話 食卓

マイバックはミッフィーの絵柄が施されていて、これはあたしがせっせとファストフードのポイントを貯めて手に入れた戦利品の様なもの。


「年甲斐もない」


と、夫は言っていたけれど好きなものは好き。だから仕方ない。

それに、年甲斐ってどういう事? おばさんなんだからそれ相応の身だしなみや言動を心がけなさいって言われている様でイヤだった。


何故だろう?

あたしはこのところ、昔に言われたどうでも良い筈の夫からの言動ばかりを思い返してはふと淋しくなっている。

恋愛中には見つけられなかった、ほんのちいさなほころびがあたしの理性を責め立てている。

結婚したら恋愛じゃなくなる。

だけどそんなのは虚しいから、必死であたしなりの幸せを見つけようと必死だった。

アンティークラジオもそう。

洗濯物を物干し竿にいっぱいに掛ける安堵感も、食事の準備やお揃いの湯飲みやお茶碗だってそう。

入浴剤にこだわるのも、綺麗な肌でいたいのも、お化粧や可愛い下着だって全ては幸せを感じていたいからであって、そこに年甲斐なんて存在はしていない。

そんな事を考えながら、あたしはマイバックを片手にスーパーの食品売り場を歩き回っていた。

ちょっと前までは、献立を考えるのも楽しい仕事だった。


「おいしい」


って言ってくれていたのは恋愛中 ー 結婚してからはその台詞は激減した。

あたしが料理を作るのは、それを待っていてくれる人がいるからで、味や見た目よりも作る過程が大好きだった。

その考えを自惚れと捉えられても構わない。

だってそれがなくなってしまったら、あたしは何の為にご飯を作るのだろう?


すき焼きは関西風。

味噌汁は赤味噌。

ご飯は十八穀米。

お茶はカリガネ茶。

夫婦でやっと見つけたわが家の味も、時にはひとりぼっちで食べる日もあった。

仕事の付き合いで、呑む機会が増える年末は特にそうだ。

夫は元々アルコールが弱いから、帰宅するとすぐに眠ってしまう。

ベットはひとつしかないから、あたしは申し訳なさそうに夫の隣に忍び込む。

あんなに好きだった彼の体臭、髪の毛の手触り、温かすぎる体温、骨張った腕や肩。

今ではそれに触れる悦びも無くなってしまった。


キスをしなくなったのはいつの頃からだろう?

セックスをしなくなって、いったいどのくらい経ったのだろう?


とはいえ、夫と愛し合う行為すら想像出来なくなっていく時間の流れは、あたしにとっては残酷だった。今日の献立はまだ決まっていない。

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