第41話 魔法陣

 瞬間、フローリアの全身から魔力が噴き出し、光の柱となって洞窟の天井を貫いた。

 フローリアの周囲にいた男たちとコーリリアは、弾けた魔力に吹き飛ばされる。

 コーリリアは、後ろから拘束しようと近付いていた男がクッションになりダメージが少なく、気を失うこともなかった。

 しかし、未だにフローリアの周囲は凄まじい量の魔力が迸っており、目を開けているだけで精一杯だった。

 魔力の中心にいるフローリアを見ると、目は閉じられており、どうやら意識を失っているらしい。

 だがフローリアの身体は、噴き出る魔力によって宙に浮いていた。


 一瞬、自分の置かれている状況を忘れかけたコーリリアは、慌てて周囲を確認する。

 幸いなことにフローリアたちを襲った男たちは全員が壁に叩きつけられ、倒れていた。

 動き出す気配もない。

 今のうちにどうにかしなくてはとコーリリアは辺りを懸命に見回した。



(あれ……フローリアのカバンだ……!)



 肩紐が千切れたカバンが地面に転がっているのを見付けたコーリリアは、ズルズルと体を引きずりながらカバンに近付いた。

 普段であればフローリアにしか物を出し入れできないカバンだが、今は違った。

 ここ数日の素材集めに際し、コーリリアにもカバンの出し入れが出来るようにと持ち主登録をしておいたのだ。

 コーリリアはカバンに手を突っ込み、スマホを取り出した。


 誰に。

 誰に助けを求めれば。


 コーリリアは名前の一覧をスクロールし、ローグスの名を見つけて電話を掛けた。



『フローリアさん、何事ですか? 魔力反応がなくなったと思ったら今度はとんでもない魔力量で』


「ろ、ローグスさん! フローリアが私を庇ってナイフで攻撃されて、そうしたら魔力が爆発したみたいになって、ふ、フローリアは気を失ってるみたいで……!」


『コーリリア、落ち着いて。フィヴィリュハサードゥに連絡してください。フローリアさんの身体に何かが起きたのだとしたら、彼に聞くのが一番いいはずです』


「は、はい!」



 コーリリアは通信を切り、フィヴィリュハサードゥの名前を探した。

 リオンやホックから通信が来ていることは表示で分かっていたが、無視をする。



「あった!」


『フローリア? 水晶のチェックか? ちゃんと繋がったぞ〜』


「す、すみません! コーリリアと申します!」



 コーリリアは必死に、今の状況を説明した。

 フィヴィリュハサードゥにナイフについて質問され、地面に転がっていたナイフの元まで這いつくばって移動する。

 ナイフの形状を伝えると、フィヴィリュハサードゥは少し安心したように深く息を吐いた。



『そのナイフは、魔術の媒介になるものじゃ。魔力を流せば誰にでも発動できる、絶対切断の魔術。そのナイフでフローリアの背中に刻んでおった魔法陣が切られ、効力を失ったせいで魔力が暴走している。あの子の肉体は補強してあったんじゃが、絶対切断は防ぎ切れるものではないからの。よいかコーリリア、お主も錬金術師なら魔法陣は描けるな? 今からワシが、フローリアに刻んでおった魔法陣を伝える。それを何とかして、再びフローリアの肉体どこでもいい、刻むんじゃ。溢れ出す魔力にフローリアの肉体が崩壊する前に!」


「で、でもフローリアには近付けません……!」


『分かっとる! 何とかする方法は後で考えよう。まずはお主が魔法陣を描けるかどうかが問題じゃからな。術式について不明点があればすぐに聞け。いくらワシの魔法陣とて、七割はお主が理解せねば発動しない。不完全でも発動さえすれば、ワシが上書きしに行くまでの時間稼ぎにはなるはずじゃ』



 カバンから紙とペンを取り出す。

 フローリアのように、地面に綺麗に魔法陣が描ける気はしなかった。

 準備が出来たことを告げると、フィヴィリュハサードゥが魔法陣に刻む文字、図柄を次々と告げていく。

 コーリリアの知らぬ物は一つもなかったが、それらの組み合わせ方は想像もしていなかった物だった。


 魔法陣を描き始めて少しした頃、サビたちが洞窟内にやってきた。

 フローリアの魔力に押され、あまり近付けないようだった。

 地面を這えば移動は可能だろうが、今はそこまでして近付く必要はないとコーリリアは三人に告げる。


 構築されていく術式は、いくつもの効果を掛け合わせ、不要な物を削り、完成されていった。

 掛け合わさった結果、それがどういう効果をもたらすのか、コーリリアには分からなかった。

 フィヴィリュハサードゥの説明を聞き、必死で理解しながら、コーリリアは師匠との修行の日々を思い出していた。


 あの頃は、漠然とした目標しかなかった。

 ただ一人前になりたいと、そうすれば自分も変われるかもしれないと。

 結局一人の錬金術師として立てるようになっても、何も変わらなかった。

 けれどフローリアに出会って、何もかもが変わった。

 見える景色も、自分の行動も、何もかも。

 だから、死なせない。

 フローリアを、死なせたりしない。



「描け、ました……!」


『少し魔力を流してみて、魔法陣が反応するか確認するんじゃ』


「…………反応しました!」


『よし、次はフローリアの身体にどう刻むかじゃな……』



 コーリリアは、フローリアと共にモーキュの作業をよく見学していた。

 モーキュがパーツひとつひとつに丁寧に術式を刻み付けていく姿を。

 そしてその時、モーキュから聞いていた。

 他の魔道具師が、魔道具を大量生産するために行っていることを。

 していることを。



「リオンさん……! フィヴィリュハサードゥ様、いったん通信を切ります、何とかできるかもしれないです! またご連絡します!」



 フィヴィリュハサードゥとの通信を切り、未だに接続を求め続けていたリオンの名前を選択した。

 フローリアの身体から放たれる魔力は、最初の頃より少し少なくなっている。

 肉体の限界が近いのだろうか、コーリリアは震える身体を鼓舞した。

 魔力が収まって来たことでサビたちが動ける範囲が広がり、三人はフローリアたちを襲った男たちの捕縛にかかっている。



『フローリア!!! やっと出てくれた!』


「リオンさん! コーリリアです! 今どこにいますか!」


『コーリリア?! 今はフローリアの魔力が噴き出している山の上だ、ホックに飛んでもらっている』


「降りてこられますか? 私の手元にある魔法陣を、フローリアの身体のどこでもいい、転写してほしいんです!」


『ちょっと待ってくれ、出来る限り近付いてみる』



 ホックの声が小さく聞こえ、フローリアの開けた穴から差し込んでいた光が陰る。

 そこから二人の影がふわふわと落下してくるのが見えた。

 袋状の何かに抱えられているような二人は、そのままゆっくりと地面に降り立った。

 その袋状の物は地面に着くなりしゅるしゅると縮み、ニニリス程度の大きさになると洞窟の外へと駆け出していった。


 リオンがコーリリアの元にやってくる。

 ホックはサビたちが捕らえた男たちに、何をしてやろうか考えているらしい。



「コーリリア、転写するのはそれか。フローリアの……背中に刻まれていたんだね? でも今はそこから魔力が噴き出しているから転写してもきっと弾かれる。というより全く近付けないな……」



 フローリアが何でもないようにやっていた、離れた場所への転写。

 あのとんでもない魔術を目の当たりにしてから、リオンは皆に隠れてひっそりと練習を重ねていた。

 初めは二枚重ねた紙にしか出来ていなかった転写が、隣に置いた紙に転写できるようになり、更に遠くの物に転写できるようになった。

 だが、今のリオンとフローリアの位置は、それよりも遠かった。

 ギリギリまで近付いても、射程範囲に収まるか否か、微妙な距離であった。



「やってみるしかない……フローリアの腕が少しだけ上がっているから……たぶんここから腕を狙うのが一番可能性が高いはず……」



 リオンはコーリリアの描いた魔法陣に手をかざし、呪文を唱え始めた。

 自分の中に魔法陣が流れ込んだことを確認して、フローリアの腕に向かって呪文を完成させる。

 フローリアの身体から発せられる魔力にかき消されないように全力で魔力を込めて放った魔術は、成功した。


 噴き出していた魔力が徐々に弱まっていき、フローリアの身体が地面に降りる。

 頭が地面に触れる前に、ホックの手が支えた。

 リオンとコーリリアも駆け寄り、フローリアの様子を伺った。



「せ、背中、切られたの、大丈夫かな」


「傷は癒えているようでありますな。出血も認められません」


「おい、あんまりジロジロ見るな」


「リオン殿とは違うので安心するであります」


「はぁぁ?」



 そんな会話を繰り広げていると、フローリアの瞼が二度三度震え、ゆっくりと開かれた。



「あれ? いつの間にみんなが? コーリリア、怪我、ない?」


「うん……うん……良かった、フローリア……!」



 コーリリアに抱きつかれ、号泣されたフローリアは必死で謝った。

 そして、手の甲から腕にかけて刻まれた魔法陣は、後で防具を買って厳重に守ることに決まったのだった。

 

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