第25話 戦争RTA

 一心不乱に焼き鳥を焼いていると、遠くの方で魔力が弾ける気配がした。

 気配に少し遅れて、爆発音のようなものが聞こえてくる。



「始まった! 私はみんなを追い掛けてキャトラスのお城まで行ってこようかと思ってるんだけど、コーリリアはどうする?」


「え……ええと……うーん……」


「無理に行くことはないよ? 終わったらここに戻ってくるし」


「い、行く……!」


「よし、そろそろホックが戻ってくるんじゃないかと思うんだけど……」



 そんなことを話しながら中庭に出ると、まだ昼間のはずなのに、やけに薄暗い。

 すわ雷雲でも立ち込めたかと空を見上げれば、そこには巨大なフィラキックスの腹部があったのだった。



「は!?」


「フローリア様ー! お待たせしたでありますー! 今ロープを下ろすので、掴まっていてほしいでありますー! 引き上げるでありますー!」



 でっか!

 フィラキックスの雄雌に差があるのは知っていたけど、こんなにも大きさが違うとは。

 するすると下ろされたロープの先に結び目を作り、そこに足をかけて二人で掴まった。

 引き上げてもらって背中に到着すると、ゴツゴツした背中の上にホックとサリーユさんが立っている。


 高所恐怖症ではないつもりだったけど、さすがにこの高さは下を見たら足が竦みそうだ。

 私はなるべく下を見ないように、ホックとサリーユさんに挨拶をした。

 頭の上辺りには椅子が数脚置かれていて、ホックはその内の一つに私を座らせる。


 シートベルト、欲しいな。


 コーリリアは私の足元にしゃがみこんで、しっかりと私の足首を掴んでいる。

 恐いんだね。

 コーリリアにも座らせてあげればいいのに、ホックの中でのコーリリアは優先度が低いらしい。

 ちなみにサリーユさんは座っている。

 誰も座ってない椅子は残り二脚、うん、おじいちゃんとローグスさんだよね、分かるよ。

 おじいちゃんたちと別れたら、空いた二脚の内一脚がコーリリアの椅子になるかもしれない。

 頑張れコーリリア。

 いや、私がみんなの分の椅子を用意すればいいのか。


 そんなことをのんびりと考えていたのだれど、フィラキックスがキャトラスに向かって出発した瞬間、何も考えられなくなった。

 風を切って進んでいくせいで、顔の肉やら髪の毛やらがたいへんなことになっている。

 私、もっと優雅な移動を想像していました。

 ちょっとでも口を開こうものなら、一生口を閉じられなくなりそうだよ。


 私は椅子の背もたれに、風除けの魔法陣を書いた。

 常に風をまとっている素材を調合に使用するために組み込む魔法陣なのだけど、今この時のために編み出されたに違いない。

 魔法陣に魔力を流すと、ようやく想像していたような優雅な空のお散歩的な雰囲気になった。

 これよ、これ。


 途中でおじいちゃんたちを発見し、声を掛けてピックアップした。

 サビとセリには、そのままキャトラス方面に向かってもらいつつ、キャトラスの兵士さんに出会ったらデバフ焼き鳥をばらまいてもらうようにする。

 フォーシュナイツの兵士さんたちはみんなやる気みなぎってたから大丈夫だとは思うけど、念のためだ。

 もし手が足りなさそうだったら、サビとセリにも戦闘に参加してきてもらうことにする。


 みんながフィラキックスの大きさに驚く度、ホックよりもサリーユさんがドヤっていた。

 なんで?



「サリーユ、お主出し抜かれておるではないか」


「うるさいね、それだけ出来のいい弟子なんだよ」


「ほら、楽しめたでしょう」



 おじいちゃんたちがわいわいしているのを見るのはちょっと楽しい。

 現役時代はもっとパーティメンバーいたのかな?

 きっと楽しかったんだろうなぁ。

 でも、それならなんで解散しちゃったんだろう。



「おじいちゃんたちはなんで冒険やめちゃったの?」


「ん? ああ、わしが抜けて、それがきっかけで解散した」


「おじいちゃんが?」


「ああ、キャトラスの前国王に誘われてな。かなりの収集家で珍しい素材をたくさん持っておったし、衣食住全部保証してくれるっていうから飛び付いたんじゃ。おかげで賢者の石の研究にも着手できてのぉ」



 賢者の石!

 この世界にもあるんだ、賢者の石。

 錬金術師といったらやっぱ賢者の石だよね、夢だね。

 私が読んだ本とか資料の中には書いてなかったから、おじいちゃん私には秘密にしてたんだ、ずるい。



「まぁ、私たちもいい年齢でしたしね、それぞれ将来を決めるのにいい時期でした」


「年齢のことは言うんじゃないよ」


「はは、貴女は相変わらずですねぇ」



 おじいちゃんが素材集めのためにみんなを巻き込んでた感じだったのかな?

 私が焼き鳥のためにみんなを巻き込んでるのと同じか……やっぱり育ての親に似るのかしら……。


 進軍してきている兵士たちを見付けたので、おおよその位置を水晶でサビに伝える。

 うーん、これ、携帯っぽく改造しようかな?

 いちいちその人に対応した水晶をカバンから取り出すの、面倒くさくなってきた。





 そんなこんなでキャトラス城とうちゃーく!

 私の中のゲーマー魂が、RTAアールティーエーを強いてくる。

 おじいちゃんが玉座のある部屋の位置を教えてくれて、私たちはそのすぐそばまでフィラキックスで近寄ると、広げた翼の先から窓ガラスを破壊して部屋の中に飛び込んだ。


 パリン、ガシャーーン!

 色とりどりのステンドグラスが飛び散り、入り口の方に固まっていた兵士さんたちが驚いてこっちに駆け寄ってくる。

 あ、と思った時にはすでにローグスさんとホックが失神させていて、なんだかなぁという気持ちにさせられるのだった。



「お、お前……まさかホックか……!?」


「おや、覚えてくれていたでありますか隊長殿! 光栄であります。ですが今はそんな思い出話をしている場合ではないのであります!」



 容赦ないなー、みんな。

 反対の方に視線をやると、でっぷり太ったおじさんが冠を戴いて座っていた。



「お、おおお! フィヴィリュハサードゥではないか! 其方そなたやはり戻ってきてくれたのだな! さあ、服従の印を示せ!」


「何年経ってもクズはクズじゃのぉ」


「ちょっ、おじいちゃんダメダメダメ!!!」



 おじいちゃんがにこやかに王様の足元に刻もうとした魔法陣は、この部屋どころか城の半分くらいが吹き飛びそうな魔法陣だった。

 そんなの発動されたらみんな死んじゃうよ!

 おじいちゃんのことだから範囲指定して王様と側近とか重鎮だけ爆殺するつもりなんだと思うけど、それにしたって生きていた痕跡を欠片も残さないのはどうかと思う。


 しかし、前もって魔紙に描いておいた魔法陣を魔術で地面に転写しようとするなんて。

 そんな手があったのかと感心しきりである。

 確かに、錬金術師だからといって魔術を覚えてはいけないなんて決まりはない。

 私も転写の魔術、覚えよっと。

 


「なんで止めるんじゃ」


「やりすぎだし、もったいないから」


「もったいない?」


「そうだよ、せっかく偉い人なんだからさ、使わないと」


「ふむ」



 私とおじいちゃんはアイコンタクトを交わし、頷きあって魔法陣を仕込み始めた。

 不敬だとかなんとか騒ぎまくっている人たちは、他のみんなが押さえ込んでくれる。

 描いているのは、記憶消去と服従の魔法陣。

 罠として仕掛けるには派手すぎる金粉で描かなければならず、巨大で、刻む線も複雑すぎる魔法陣だ。

 こういう、描く材料まで指定されている魔法陣は転写は出来ないね。

 残念。


 さきほど自分がおじいちゃんに刻もうとしていた服従の印が見えたのか、地面を見て王様が真っ青になっている。

 周りのおじさんたちも、なんとなく察しているようだ。

 私としては王様だけでいいんだけど、その辺はおじいちゃんに任せよう。


 魔法陣が描き上がると、おじいちゃんがローグスさんとサリーユさんに目配せをした。

 二人は手馴れた様子で、王様ともう三人を魔法陣の中央へ放り込んだ。



「やめ、やめよ! お主ら、何をしているのか分かっておるのか!? お、王に対してこのような……!」


「ほんの少しでも、お主がお父上に似ておったら、こうはならなかったのじゃぞ、王よ」


「ええい! うるさい! お前たちも何をしておるのだ! や、役立たず共がぁぁぁ……っ!」



 おじいちゃんと一緒に魔力を流し込む。

 大きな魔法陣を二人で発動させるのは久しぶりだ。

 それでも何の支障もなく、魔法陣は起動した。


 一瞬光に包まれた後、ぽかん、と魔法陣の中央にいた全員が同じ表情になった。

 おじいちゃんは、私に服従の権限を譲ってくれるつもりらしい。

 私はありがたく頂戴ちょうだいすることにした。



「フォーシュナイツ国王のめいを聞くこと、そして、キャトラス国民に対し、焼き鳥の素晴らしさを知らしめるのです!」


「やき、とり」


「はいはい、今食べさせてあげますからね」



 私はカバンからもも串(タレ) を取り出すと、四人お口にぽいぽいっと放り込んだ。

 よだれが垂れてきそうなくらい開け放たれたままだった口が、焼き鳥を咥えてもごもごと緩慢かんまんに動く。



「これが焼き鳥です。これはもも串(タレ) ですが、もっと色々な種類があるので、私はその全てを再現すべく旅を……ってそんなことは置いといて。いずれこの国にも、焼き鳥を扱う”トリキ” の店舗を出店しますので! それまで焼き鳥をお楽しみに!」


「……はい」



 数人の兵士さんを起こし、王様の口から『フォーシュナイツに行く』と言ってもらった。

 証人は残しておかないとマズいもんね。

 それからお城のなかにいるに違いない、転生者を集めてもらう。

 二十人くらいいたのだけど、元日本人は二人しかいなかった。ガッデム。

 とりあえずフォーシュナイツの王様に面通ししておきたいので、その人たちにも一緒に来てもらうことにする。


 全員乗せても余裕そうなフィラキックス。

 うーん、素晴らしい。


 でもちょっと大きすぎるかな?

 そう呟いたら、何人載せるかによって呼ぶ魔物を変えますと返された。

 何体も使役しているらしい。

 さすがですホックさん!





-{}@{}@{}-【MEMO】-{}@{}@{}-

RTAアールティーエー

リアルタイムアタックの略。

ゲームスタートからクリアまでの実時間(時計で計測した現実の所要時間)の短さを競う。

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