第24話 サビの過去、焼き鳥と開戦

 フローリアと出会ってから、驚かない日はなかったように思う。


 魔物や危険な植物も群生する森に、少女が一人でいることも驚いたし、何者かも分からぬ俺を拒絶するでもなく、恐怖に怯えることもなく、見たこともないような食べ物を勧めてきたことにも驚いた。

 突然回復薬を渡してきたと思ったら自分の腕が焼けるような魔法陣を発動させたり、他の錬金術師がいきなり見たこともないような大金を投げて寄越したのにも驚いた。

 奴隷に抵抗がないのも驚きだし、俺を買うと言ってもう一人奴隷を手に入れて戻ってきたのも意味が分からない。

 あれよあれよと言う間に仲間は増えるし、仕事ももぎ取ってくるし、だいぶ慣れてきたが本当に目が回るような日々だった。


 いや、決して過去形にはなるまい。

 お貴族様を通り越して王族の方々とも平気で話すフローリアのことだ。

 これからもとんでもないことをし続けるに違いない。


 そんなことを考えながら、『やたい』の準備をした。

 これは『トリキやたいいちごうてん』になるらしい。

 フローリアが目をキラキラと輝かせて作り上げていた。

 俺には読めない、模様のような文字のようなものが書かれた布に、読める字でトリキと書かれている。


 奴隷になる前、俺は小さな国の兵士だった。

 税収で生活するのもままならないほどの小国だったから、兵士とは名ばかりで、農作業をすることの方が多かった。

 慢性的に人手不足で、兵士だというのに文官の仕事も任されたし、やれることは何でもした。

 その国は、今はもうない。

 そして国が滅んだ時、俺は、名前を捨てた。


 フローリアが二国を統一すると言い出した時は、彼女と出会ってから今までで一番驚いたものだ。

 まぁ、俺のいた国が隣国に攻め入られて滅ぼされた時とは、全く違う展開になりそうではあるのだが。


 あれは、戦争ですらなかったように思う。

 宣戦布告もなく、突然攻撃を受け、何が起きたのか把握できた頃にはもう城の中枢へ繋がる道を押さえられていた。

 王家に名を連ねるものはみな殺され、城は炎に包まれる。

 子供は軒並み殺されたし、女は蹂躙じゅうりんされたのちに殺された。

 男も大勢が殺されたが、息のあった若い男は捕らえられ、奴隷商人に売り払われた。

 命があっただけマシと言うものだろう。

 

 それから番号を割り振られ、檻に入れられた。

 荷馬車に積まれ、瓦礫がれきと炎しか見えない生まれ故郷が遠ざかるのを見ながら、俺は、自分を殺したのだ。


 そうしなければ耐えきれなかった。

 小国であるが故に、国全体が家族のようだった。

 家族を突然奪われ、絶望に染め上げられる。

 その頃はまだ成人していなかった俺は、自分を殺さなければ生き続けられなかった。

 自殺しようにも、猿轡さるぐつわを噛まされて舌を噛み切ることはできなかったし、ほとんど裸同然で、首を切ることもできない。


 見目の美しい男たちから売れていく。

 そう悟った俺は可能な限り自分を汚した。

 奴隷商人に売られた時は、捕らえられる前に受けた攻撃のせいで顔中が腫れていたため、傷や腫れが治るまでに髪の毛もかなり伸びていた。

 自分で檻に顔をぶつけることもあったし、できることはなんだってした。

 なかなか売れない俺に商人が怒りをぶつけることも多かったが、抵抗せずに受け入れ続け、意地汚く生き続けていた。


 そうして数年が経ち、キャトラス王都に向う途中、不慮の事故によって俺はフローリアと出会うことになったのだった。


 

「さて、やるか」


「うん、やろう」



 俺とセリは準備を始める。

 フローリアから預かったカバンの中から、エプロンを取り出して身に付けた。

 『やたい』に付いている布と似たようなデザインで、俺には読めないがトリキ絡みの文字が書いてあるらしい。


 カバンを預かるに当たって、俺たちはフローリアと主従契約を交わした。

 本来なら、奴隷商人から購入した際に必ず結ぶものなのだそうだ。

 何もしていないと知って、フィヴィリュハサードゥ様が愕然としていた。

 契約で縛らないと、主人を害する危険性があると言われて、その通りだと思った。

 俺だって普通に奴隷として購入されていたら、主人を殺して自由に生きたいと考えたかもしれない。


 フローリアはそんなもの結ばなくてもいいと言ったが、俺とフィヴィリュハサードゥ様とで大反対した。

 契約書を用意してもらい、お互いの血で俺を縛る。

 フローリアを裏切らないように、裏切れないように。

 裏切るつもりなど、ないけれど。


 セリに関してはむしろ、保護の意味合いが強かった。

 ウォーララという稀有な存在であるために、誰が狙うとも分からないのだそうだ。

 主従契約を交わすと、お互いの居場所が分かるようになる。

 攫われたとしても、どこに連れ去られたかすぐに分かるのだ。

 俺としては、フローリアもそこそこ色んな人に狙われそうな気がするし、なんなら勝手に焼き鳥持ってふらふらついていきそうだし、探している食材に釣られてとんでもないことになりそうだと思う。

 どちらにしても、主従契約は必要だった。


 エプロンを身に付け、『こんろ』に火を起こす。

 フローリアの前世の記憶にあった物なのだろう、見たことのない物を作っては、錬金術師で良かったと喜んでいた。

 大きめの容器に入った焼き鳥を取り出し、タレがしっかり絡んでいることを確認して、『こんろ』に並べていく。


 セリは『うちわ』を取り出して、風を起こす準備は万端だと言わんばかりに構えている。

 炎に炙られた肉からじゅわじゅわと肉汁が溢れてきて、タレの香ばしい匂いが辺りに漂い始めた。

 セリはそれを器用に『うちわ』で拡散していく。


 焼き鳥が五十本ほど焼けた頃、森の中から人の声と足音が聞こえ、二人の兵士が顔を覗かせた。

 見たことのある鎧を身に付けている。

 その兵士たちは年若く、恐らく他の兵士たちから様子を見てくるように言われたのだろう。

 キョロキョロと周囲を窺いながら、『やたい』の方へ近付いてきた。



「こんなところで、何をしている?」


「これはこれは兵士様、お勤めご苦労様です。店を持ちたいと思っているのですが、なかなか街では商売の許可が降りないので、試しに出張店のような物を出してみようかと思いまして」



 セリが『うちわ』を動かしながら、にこやかに対応する。

 俺は話を聞きながらも、焼く方に集中した。

 人とのやり取りは、俺よりセリの方が顔立ちが優しくて向いていると思う。



「こんなところで、魔物が来るのではないか?」


「ああ、実はこの肉、魔物よけの効果がありまして」


「何っ!? そんな効果が!?」


「はい。召し上がってしまうと、その効果は無くなってしまうのですが、代わりに元気になるようにしておりますよ」


「あー、試しに、一本くれるか」


「もちろんでございます! 一本銅貨二枚になりますが、大丈夫ですか?」


「ああ、大丈夫だ」



 俺はちょうどいい具合に焼き上がっていた串をセリの方へ置いた。

 セリは金を受け取り、代わりにその串を取って兵士に差し出す。



「この木の棒の部分を持って、齧り付いてくださいね」


「わ、分かった」



 兵士は焼き鳥を物珍しそうに眺め、もう一人と何やら話している。

 毒見をどちらがするかを決めているのだろうか。

 結局金を払った方が食べることになったようだった。


 齧り付き、咀嚼しながら顔が輝いていく。

 これは、いけたな。



「うまい! し、しかもなんだ? 力が湧いてくるような気さえしてきた」


「消化が終わるくらいまでですが、筋力が上がっていると思いますよ?」


「おい、これ、何本用意できる!?」


「五百ほどでしたら、何とか」


「全てもらおう、金は出す!」



 はい、毎度あり。


 俺はサビと顔を見合わせ、また焼きに戻った。

 二人の兵士が呼んできた他の兵士たちが、ひっきりなしに焼き鳥を受け取りに来るようになる。

 指揮官らしき男が、落ち着いたらキャトラス国の専属にならないかと声を掛けてきて、セリが大袈裟に喜んでいた。


 彼らを見送り、しばらく焼き鳥を焼き続ける。

 焼けたものは保存箱に入れて熱々のままを保っているが、これは食べてはいけない焼き鳥だ。

 蓋には大きくバツ印が書いてある。

 今後、また何か役に立つ時が来るのだろうか。


 そんなことを考えていると、フォーシュナイツの方角から爆発音が轟いた。



「始まったか」


「そうみたい。片付けて、行こう」


「ああ」



 俺たちは焼き鳥を回収し、『やたい』を壊すと身なりを整える。

 『のれん』は持ち帰れと言われたので、エプロンと一緒にカバンに突っ込んでおいた。


 それから丸印のついた容器の中に入っている熱々の焼き鳥を取り出し、セリと食べる。

 ……俺は、やっぱりささみわさび焼きが一番だな。


 効果が現れたのを確認してから、俺たちは国境へと駆け出した。





 キャトラスの兵士たちと真正面からぶつからないよう、少し迂回する形で様子を窺いながら移動する。

 爆発は、どうやら魔術師の放つ広域攻撃魔法をフィヴィリュハサードゥ様が跳ね返しているせいで起きているようだ。

 兵士たちの反応を見るに、倍以上の威力で跳ね返っているらしい。

 やはりとんでもない。


 気配を探ると、兵士たちは三つに分かれて国境線を目指しているようだった。

 そのうちの一つは、もうほとんど機能していない。

 一番近くにいる兵士たちの方へ向かってみると、ローグスさんが最後の一人を失神させたところだった。



「おや、ようやく合流ですか。それではもう一つの団体さんはあなたたちにお願いしましょう」


「は、はい……」


「ああ、でも今から行っても間に合わないかもしれませんね。フローリア様のデバフ焼き鳥の効果が凄まじくて、私もほとんど何もしていないのです」


「では、キャトラスの方に向かいつつ迎撃する方向でしょうか?」


「そうしましょう。もう国境線は越えられました。けれど、先頭の方の一歩だけです。そして、それ以上フォーシュナイツの土を踏ませるつもりはありません。いいですね」


「はい!」

「はい!」



 キャトラスの兵士たちを縛り上げるのはフォーシュナイツの兵士たちに任せ、俺たちはキャトラス王都へと向かうことにした。

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