第23話 戦争準備
開戦に向けて動き出す前夜、私はリュシューと水晶越しに話していた。
戦争をふっかけてしまって申し訳ないと謝ると、うちはあんまり気にしてないよと返ってくる。
『おかみさんなんか、キャトラスの貧困層に美味いモン食わしてやりたいってそればっかり』
「あはは、そっか。それなら良かった」
『フローリアは後方支援なんだっけ?』
「うん、基本はね。バフ効果付きの焼き鳥開発したんだよ〜」
『うわー、いいね食事バフ。モンハンとかFFとかFalloutとか……あーーモンハンやりてぇー』
「わかるぅ」
『くそ、新作出る前に死んじゃったからなぁ……』
ああ、確かに……。
こっちの世界と向こうの世界の時間軸がどうなっているのかさっぱり分からないけど、新作やりたかった〜!
ふと、転生物にありがちなことを確認したかったことを思い出す。
神様と、チートについてだ。
私には会った記憶がないんだけど、神様って存在してるんだろうか。
「そういえばさ、神様っているの?」
『え、会ってないの?』
「いるんだ! 私、会った記憶がないんだよねぇ。チートくれた?」
『いや、なんかこの世界って色んな世界からの転生者受け入れ先みたいになってるらしいんだよ。そのおかげで神様の仕事が多いから、チートとかは与えてないんだって。ただただ右から左に受け流す感じみたいだった』
「えぇ……そんなんでいいのか神様……」
『フローリアは会ってないのか。何でだろうな?』
「忘れてるだけかもだけどね。つい最近まで記憶喪失っていうか、前世の記憶もなかったし。それか、なんか色々バグってんのかなぁ、私」
『……食への探求心がヤバいのはバグじゃないよな?』
「え、多分……。ゲテモノ的なやつも平気で食べられるようになったけど、それは記憶がない間に色々食べてたおかげっぽいし」
『おお……。え、もしかして……ほんとに何でも食ってる?』
「うん。動物も魔物も虫も植物も……生きとし生けるものは全て味見の対象だよ! 複数の物を混ぜ合わせるっていう思考はリュシューに会うまでなかったから、そこがホント悔やまれる……」
『うわぁ……』
「そういえばフォーシュナイツのお城には転生者っていないんだね」
『そうなん? 何人かいたりはするのかなって思ってたけど、うちの王様はそういうのに興味ないんかな? でも母さんが口止めしてきたってことは、何かしらありそうなんだけど』
「どうなんだろうねぇ。焼き鳥食べてくれたくらいだから、新しいものに興味がないわけじゃないと思うんだけど」
『じゃあ、城に住んでないだけじゃないか?』
「あー、そうなのかも。そうだよね、別にお城に住まわせることないもんね」
『本当にそうかは分かんないけど』
「キャトラスのお城にはいっぱいいるのかな〜。後方支援だけでいいかと思ってたけど、やっぱキャトラスのお城にも行かなきゃだな〜。日本人いたら協力してほしいし」
『ああ、日本人なら食材探し手伝ってもらえるもんな』
「そう! 探さなきゃいけないものが多すぎて、リュシューと私だけじゃ何十年かかるか……!」
別に一緒に旅してくれなくてもいいのだ。
味に対する共通認識があるというだけでありがたい。
そんなこんなで、リュシューとの通話を終えた私は、明日からの色々に想いを馳せつつ眠りについた。
◆
翌日、ついに行動開始である。
とはいえ、向こうから攻め込んでくるのを待つのが主なのだが。
キャトラス国からフォーシュナイツの王都へ向かう途中にある村々には、先んじて避難勧告を出してある。
彼らには、盗られたら困る金目のものを持って王都に来てもらった。
宿屋や王城の一角に作った仮設の住居でしばらく過ごしてもらうことになる。
もし、持ち出せない家や畑やその他もろもろに被害があった場合は、申告してもらって何かしらの補填をしてくれることになっていた。
戦争に際し、何が一番危険って、それは略奪だって何かの本に書いてあった気がする。
あと女性も守らねば。性的被害に遭われちゃ寝覚めが悪い。
一応私のせいで戦争が起きたも同然なので、可能な限り大勢の人に無事でいてもらいたい。
それは、キャトラスの兵士についても同じだ。
そのためのデバフ焼き鳥だよ。
殺さず、生け捕りができるように。
サビとセリにデバフ焼き鳥と普通の焼き鳥(もし普通のお客さんが来ちゃったら出してもらう用ね)、それに焼き鳥コンロを託し、トリキ出張店を出してもらうことにする。
大容量カバンをおじいちゃんにもう一個作ってもらったので、そこに全てを詰め込んだ。
屋台的なものを作らないと作業がしにくいので、私も一緒にフォーシュナイツの魔物使いさんに送ってもらうことにする。
◆
王都から伸びる道の途中、適当なところに降り立って、周囲の木を伐採した。
たぶんこれくらいの距離なら、国境を越える頃にバフからデバフに切り替わるはずだ。
キャトラスからフォーシュナイツに向かってくる人間の通りそうな国境線は、どこもかしこもおじいちゃんの罠がいっぱい。
それに紛れて、焼き鳥が不調の原因だと悟るものはいないだろうというのが私の想定。
それから木に魔法陣を刻み、木材にして組み立てて、それっぽいものを作り上げる。
はっはっは、高校時代に演劇部の大道具担当しててよかったぜ。
せっかくなので着古した私のワンピースを加工してトリキののれんも作った。
黄色に、赤茶で。
象形文字みたいな『鳥』『貴』『族』の三文字をドドンと。
本来ならアルファベットの書いてある部分を、こっちの世界での『トリキ』の文字で書く。
もし、キャトラスの兵士さんの中に、のれんの文字におかしな反応をする人がいたら、名前を聞いてもらうことにしておいた。
なんならその場で拉致っておいてほしいくらいだ。
しないけど。
普通の焼き鳥がそんなに用意できなかったのが不安といえば不安だけど、サビがいれば、ニニリスを捕まえてささみわさび焼きを売るくらいはするだろう。
焼き鳥の値段は、リュシューにアドバイスをもらって決めた。
食べてもらうこと、焼き鳥を知ってもらうことが目的だから、通常想定される値段よりも少しだけお安めだ。
行軍中の兵士さんのことを考え、大量に購入すればさらに割引するようにした。
サビもセリも簡単な計算ならできたので、端数は出ないように調整する。
まぁ、最悪計算を間違えてもいいのだ。
それで赤字になるものでもない。
店員として成長してもらわないとね!
何事も経験だ。うんうん。
一応、何かとんでもない問題が発生した時用に水晶を預けておく。
基本的には、国境周辺で騒ぎが起こったら店を片付ける算段。
他のフォーシュナイツサイドの人たちと協力して、キャトラスの兵たちを捕縛していく流れだ。
というわけで、後のことは二人に丸投げ。
私は魔物使いさんと一緒にフォーシュナイツの城まで戻ってきた。
フォーシュナイツの兵士さんたちには、私とコーリリア、そして調理場で仲良くなった料理人さんたちで協力して焼き鳥を焼いていく。
おじいちゃんとローグスさんには焼き鳥弁当(保温容器に焼き鳥を入れただけ)を渡した。
兵士さんたちには交代で食堂に食べに来てもらうことにしている。
何種類かの効果を用意してあるから、その人の好みに合わせて注文してもらった。
自分の長所を伸ばすように注文する人、自分の弱点を補うように注文する人、それぞれ個性が出ていて面白い。
在庫の処理済みお肉が減ってきたら、調理場は料理人さんたちに任せて、コーリリアと一緒にお城の錬金術師さんたちに声を掛けてからプリオ亜種小屋へ。
いつのまにか兵士さんと魔術師さんたちの中にプリオ亜種飼育係なる役職が誕生していて、いつも数人でローテーションしながら面倒を見てくれている。
もう完全に顔なじみなので、私が声を掛けるとすぐに活きの良いプリオ亜種を選んで数匹渡してくれた。
フォーシュナイツ城、最高か?
その肉に、みんなで効果を付与していく。
プリオ亜種小屋の隣には錬金部屋もあり、地面には常に魔法陣が描かれている状態。
色んな素材を試す過程で、錬金術師さんたちのレベルも上がっていた。
私を師匠と崇める人も数人いるのだが、私なんかが師匠になるなんてありえないので、おじいちゃんを紹介しておいた。
まぁ、おじいちゃんの弟子になれた人はいなかったのだけど。
慣れた手付きで特殊効果肉を作っていくみんなを見ながら、私は顔がニヤけるのを止められなかった。
だって、こんなにたくさんの人が焼き鳥作りに協力してくれて、焼き鳥を食べてくれているんだよ!
なんて幸せなのだろう。
トリキ開店にはまだまだ程遠いけど、それでもこの世界に、焼き鳥が少し広まった。
私は肉を運びながら、美味しそうに焼き鳥を頬張る兵士さんたちを横目で見る。
ビビドワ出せなくてごめんね。
さすがに出兵前にアルコールはダメだったの。
戦争が終わったら、みんなでお祭り騒ぎしようね!
あ、でもそういうのは庶民の考えなのかな。
厳かに式典とかやるんだろうか。やるよな。
いや、でもそれなら城内じゃなくて王都全体でお祭りやったらいっか。
戦勝国(予定)なわけだしね!
そんなことを考えながら、調理場の様子を伺いつつ、国境手前まで進軍する兵士さんたちの後ろ姿を見送った。
武装したキャトラス国の兵士が一人でも、一歩でも国境を越えたら開戦だ。
誰も死なずに、無事に終わりますように。
おじいちゃんとローグスさんが、力加減を間違えませんように。
私の大切なもも肉とカルビが、私のものになりますように。
-{}@{}@{}-【MEMO】-{}@{}@{}-
『FF』
ファイナルファンタジーの略。
スクウェア・エニックスによって開発・販売されているRPGのシリーズ作品。
12はイケメン集団の中の一人がバフ料理を作る。
『Fallout』
ブラックアイル・スタジオおよびベセスダ・ソフトワークスによって作られたRPGのシリーズ作品。
食材クラフトシステムがある。
『何かの本』
八坂書房発行
"戦場の中世史"
著:アルド・A・セッティア
訳:白幡俊輔
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