第18話 この匂いは
フォーシュナイツの王都に着くまでの道のりも、相変わらず目に付く物はとりあえず食べた。
だいぶ歩き通しで足が疲れてきたけれど、王都はかなり近付いている。
周囲にあるのは森ばかりだから仕方ないのかもしれないけど、草とかキノコとか虫しかないから海鮮系が恋しくなる。
この世界にも海はあるから、いつか寿司とか食べれるかもしれない。
いやでもそうなると白米のことを考えなければならなくなってしまう。
コシヒカリとかアキタコマチとか、無理かなぁ。
無理だろうなぁ……。
味も食感もバッチリな物が、存在してくれるのか。
白米はあの見た目であの食感であの風味であるからこその白米なのであって、肉とか魚よりもハードルが高い。
っていうか、日本って最高だったなぁ。
食べ物のことを考え始めると、結局日本が恋しくなるのだ。
四六時中、食べ物も飲み物もほとんど何だって手に入るし、それが大体美味しいんだから。
蛇口を捻ってオレンジジュースが出たらいいなんて願いが浮かぶ前に、まず綺麗な水が出ない。
おじいちゃんの家には美味しい水が汲める井戸があったけど、確か家の周りに流れていた川は汚染されているってサビが言ってたし。
日本で死んでここに来たのなら、ここで死んだら日本でまた新たな命として産まれることも可能なんだろうか。
転生なら転生で、神様とか精霊様とかなんか偉い人にきちんと説明を受けたりしたかった。
チートとか、あるんじゃないの?
私も欲しかったよ!
「フローリア。考えごとをするのはいいが、ちゃんと食べてくれ。また虫の足が出てる」
「あらら」
今口の中にいるコオロギみたいなやつも不味くはないけど、イナゴの佃煮が恋しいなぁ。
醤油なのよ、とにかく。
欲しいのは醤油!
ふと、鼻腔をくすぐる香ばしい匂い。
この、匂いは。
「た、タレ! しょ、醤油、みりん! 砂糖!!!!!!!」
「フローリア!?」
サビの身体を押しのけ、匂いの元へと駆け出す。
間違いない、この匂い、タレだ。
誰かがこの先でタレにつけた肉を焼いている!
唾液が口中に広がる。
カバンの中にしまってあるプリオ亜種の肉が踊っている気がするよ!
匂いは王都の中からしていて、門を猛ダッシュで抜けようとした私は門の前で兵士さんたちに取り押さえられた。
反射的に手足をジタバタさせる。
「は、離してー! タレが! タレが私を呼んでいるの!!!」
「なんだこいつ、イカれてるのか?」
「おい、暴れるな、身分証はあるか!?」
「トリキの錬金術師と申します! 術士ギルドの所属証ならこちらに! 分かりましたか!? もういいですか!? いいなら早くその手を離しなさ、ウッ」
私の首にローグスさんの手刀が綺麗に決まり、私は一瞬意識を失いかけた。
しかし、今は気を失っている場合ではない!
少しだけ正気を取り戻した私は、兵士さんの腕の中で落ち着いて直立し、頭を下げた。
「大変失礼致しました。私の求めてやまない調味料の香りがしたもので我を忘れました。不審な者ではありませんので、ご安心ください」
「は、はぁ……」
「私の一撃を受けて気を保っていられるとは……流石ですねフローリアさん……」
「尊敬であります……!」
他のみんなも身分証を見せて、王都へは普通に入れることになった。
ローグスさんの名は兵士さんたちも知っていて、キラキラした目で見つめられていた。
その後で私を、なにか恐ろしいものでも見るような目で見てくる。
失礼な。
門を抜けて、ようやく匂いの元へと辿り着いた。
それなりの賑わいを見せる、食堂のようだった。
店の中に所狭しとテーブルと椅子が並び、まだ昼だというのにビビドワを飲むおじさんたちが座っている。
私は注文を取りに来た恰幅のいいお姉さん(と呼んだ方がいい気がした)に、この香ばしい匂いの元は何ですかと尋ねた。
「ん? あぁ、これは焼きサロフだよ。見えるかい? あそこで焼いてるの。焼いてる男が考案したメニューでね、結構人気だよ」
「あの人が考案したんですか!??!??!!?」
「ちょ、アンタ!」
私は調理場を覗き込むようにカウンターに身を乗り出し、叫んだ。
「に、日本人ですか!?」
すると、薄茶色のくせっ毛が跳ねる男の人は肉を焼く手を止め、勢いよく振り返った。
綺麗なオレンジ色の目を見開いて、唇を震わせている。
これは、当たりだ。
「あ、あぁ……そうだ、アンタもか……!?」
「はい! 今はフローリアという名前ですけど!」
「オレはリュシューだ「リュシューさんそれタレですよね焼き鳥に使えるタレですよね私ついこの間もも肉にそっくりの肉を見つけまして是非それをそのタレで焼きたいんですが、ウッ」
またしてもローグスさんの手刀が決まる。
私はこほんと咳払いを一つして、リュシューさんの仕事が終わったら話す約束を取り付けた。
いけない、いけない、前のめりになりすぎちゃった。
クール、ステイクール。
『フローリア、首、大丈夫……?』
「え? うん、大丈夫ー!」
「……サビは、あれ、耐えられる……?」
「無理だ」
「だよねぇ……」
サビとセリが何ともいえない顔をして私を見ている。
何!?
何なの、みんなして私を変な物を見るような目で!
私は焼きサロフを注文し、みんなもそれぞれ好きなものを頼んだ。
焼きサロフはなんだろう、ブリ照り的な?
肉ではないっぽい。後で聞いてみよう。
みんなの頼んだ料理も一口ずつもらう。
嫌な顔一つせずに、私にお皿を差し出してくれた。
優しい人たちばっかりで嬉しいな。
でも、残念ながらタレ以外の収穫はなかった。
食べ終わってから少し待っていると、リュシューがこちらへ歩いてきた。
暫くは店も暇な時間に突入するらしく、休憩になったとのこと。
私は早速カバンからプリオ亜種の肉を取り出して、細切れにし、二本ほど串に刺した。
「え、元焼き鳥屋?」
「ううん、トリキのファン」
「トリキ……って、鳥〇族?」
「そう! 見てこれ、私のオリジナル魔法陣!」
「ぶはっ、本当にトリキって書いてある」
「これ、タレにつけて焼いてみてもいい? 私、この世界に焼き鳥を広めてトリキをオープンするのが夢なの」
「えーと、ちょっとよく分かんないけど肉は焼ける。ちょい待ち」
リュシューと一緒に調理場へ向かうと、おかみさんに許可を貰ってきてくれた。
みんなを入り口付近に待たせて、私とリュシューだけが調理場へ入った。
リュシューはタレの入った瓶を持ってきてくれる。
私はそれに串を浸し、熱せられた鉄板の上でじゅうじゅうと焼いた。
私の周囲を包む香りに涙が出てくる。
あぁ、私、今、焼き鳥を焼いています!!!!!!
いい具合に火が通ったもも串(タレ)を一本、リュシューに差し出す。
二人でいただきますと頭を下げ、肉汁したたる串を頬張った。
「んんんん〜〜〜〜〜!」
「んん、うん、うん……!」
「「焼き鳥だ!」」
「ぃやったーーーー!!!!!!!!」
私は思わずリュシューに抱きつき、次の瞬間には調理場の外にいた。
あれ?
遠くに見えるリュシューは何が起きたのか分からないみたいな顔をしている。
私も分からん。
目の前にはホックが立っていて、私の両肩に手を置いている。
ホックが私を運んだのか?
「フローリア様、軽率に男性に抱きついてはいけないであります」
めちゃくちゃマジなトーンで怒られた。
ごめんなさい。
調理場に戻り、リュシューにタレについて聞く。
何を元にタレを作ったのか聞くと、ニヤリと笑って“企業秘密“と言われた。
「そんな! 後生だから教えてぇぇぇぇ」
「冗談だよ。えーと、リーナリアの果汁と、カオハヤの樹液、ビーホートの蜜にキュキュメリアの涙を混ぜたら出来る。分量は……そうだなー、3:4:1:1くらいかな」
「え、なんでそれ混ぜたらタレになるの……? 全部食べたことあるけど、タレの材料になる味じゃなかったよ!?」
「おま、食ったの!? カオハヤの樹液とか人の食うもんじゃねーぞ」
「いや、それをタレに混ぜ込んでるの誰よ」
「混ぜると美味くなるんだよ。そういう食材、結構多いぜ?」
「なるほどな……」
と、いうことは、今まで違うなと思ってきた食材たちにも可能性があるということ。
これはまた調査のし直しですわぁ……。
途方もない組み合わせの数を思いながら遠い目をする私の背後、みんなはヒソヒソと何やら話している。
漏れ聞こえる単語をピックアップして繋いでみるに、どうも私とリュシューがめちゃくちゃ仲良く話しているからちょっと不安になっているっぽい。
まぁ、確かに同郷(?)とはいえ一気に距離を詰めすぎたかもしれない。
でも、説明とかなしに通じるものが多すぎてついついテンション上がっちゃうんだよねぇ。
だってトリキを知ってるんだよ!?
焼き鳥を知ってるんだよ!?
「あ、ねぇ、良かったら連絡先っていうか、この水晶もらってくれない? なんか知ってる味のもの見付けたら教えてほしいんだよね」
「あぁ、いいよ。この水晶どうやって使うの?」
ロルちゃんにもらってから、便利だから自分でも買い足していた水晶を一つ、リュシューにあげる。
水晶の使い方をリュシューに教え、ばいばいした。
これで食材探しが少し捗るに違いない!
おかみさんは結構チャレンジャーらしく、珍しい食材を仕入れてきたりもするみたいだから期待大である。
みんなのところに戻ると、リュシューと別れたことを驚かれた。
てっきり仲間になるものだと思ってたらしい。
私はリュシューに興味があるんじゃなくて、タレとか食材に興味があるんだよ。
そう言うとすごい納得された。
さて、タレをゲットです。
でも、まだ家には帰れない。
なので手紙を出すことにします!
『おじいちゃん、お元気ですか。私は元気です。さて、前に話していたタレを手にすることが出来ました。またトリキの名は轟いていませんが、足掛かりは出来たとみて間違いないでしょう。私は知らないけど、瞬間移動とかの手段があるならフォーシュナイツの王都にくれば、ほとんど完璧に近い焼き鳥(タレ)をご馳走します。かしこ』
自分の身体は飛ばせなくても、手紙くらいは飛ばせるんです。
私はおじいちゃんに手紙を飛ばし、王都見学へと繰り出すのだった。
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