第17話 ドーファラス実食
ドーファラスの身体は硬いウロコで覆われている。
寒いシラキア山に対応して進化したのか、そのウロコには水や氷の魔法が無効化されるという特性があった。
ただ、足の裏や尻尾の付け根付近にはウロコがないし、腹部のウロコは少し薄いみたいだ。
多分、その辺を上手い具合に狙っていけばいいのだろう。
思うのは簡単だけど、実際ドーファラスと対峙するとその迫力に気圧されてしまう。
尻尾はその辺の木の幹より太いし、爪も牙もめちゃくちゃ大きい。
確か炎は吐かないはずだけど、鋭い牙がズラッと並んだ大きな口が開くと、それだけでドキリとしてしまう。
っていうかあのドーファラス、なんでか知らんが私を狙いに来てないか!?
おじいちゃんの家に住んでた頃は、こんな大きな魔物には会わなかった。
あの森にドラゴンなんていないから。
肉を食べたい一心でここまで来ちゃったけど、冷静になったら冷や汗が吹き出てきた。
こ、こわすぎ!
「フローリア!」
ドーファラスの振りかぶった右の爪が、私の立っていた地面を抉る。
私はサビに抱えられ、その爪を寸でのところで避けていた。
青い顔をしてこっちを見ているコーリリアの前には、セリが彼女を守るように立っていた。
私を抱える時にドーファラスを斬ったのか、サビの持つ剣には血が付いている。
見ればドーファラスの右腕から血が流れていた。
ウロコとウロコの間に刃先を滑り込ませたみたいだ。
めちゃめちゃ器用だな。
「よりによってフローリア様を狙うとはけしからん魔物であります。もう、息をすることも許さないであります」
ホックのそんな声が聞こえたと思ったら、ドーファラスの身体がぐらりと揺れる。
そのままゆっくりと、巨体が地面に倒れ伏した。
ドーファラスの背後にはホックが立っていて、冷たい目でその亡骸を見ていた。
いや、こわ!
ドーファラスよりホックの方がこわいわ、マジで味方にしておいて良かった!
っていうか何で倒したの!?
剣も何も持ってないけど!
こわ!
ローグスさんはやれやれといった風にホックを見ている。
多分、サビとセリに倒させたかったんだろう。
ごめん。
ローグスさんの戦うところが見られるかと思ったのに、ホックが一人で倒しちゃうなんて反則だ。
気を取り直して、とにもかくにも実食である。
コーリリアと魔法陣を描き直し、その間に男性陣にはウロコを剥いでおいてもらった。
爪や牙、血液とか、素材になる物も採っておいてもらう。
それから描き上がった魔法陣の上に、みんなでドーファラスを運んだ。
きっと部位ごとに美味しい焼き加減があると思うんだけど、そういうのは一旦置いておくことにする。
全身を均等に焼き上げ、何となくの部位ごとに切り分けつつ、いざ!
お腹の部分の肉を切って頬張ると、口の中いっぱいに旨味が広がった。
これは……これは、カルビ!!!!!!!!!
あああああカルビです!!
ドラゴンは牛です!!
叙○苑、いや銀座の焼肉屋さんで出てくるレベルの牛です!!
「うっま…………」
「な、泣いてる……そんなに美味いのか……」
「サビも食べなさい……これは高級な肉ですよ……」
「あ、ああ……」
みんなにも食べるように促すと、歓喜の声が上がる。
そうでしょうそうでしょう。
この肉に関しては塩でいいな。正解。
他の部位も食べてみたが、どこもかしこも牛だった。
美味かった。
唯一、唯一タンだけが……ゴムみたいな味だった……。
あーーーーーー牛ターーーーーーンタタンタンタタンタン……。
レモンに出会えてないお前にはまだ早いという神様の思し召しでしょうか……。
「絶対に牛タン見付けてやるからな!!!!!」
「ひえっ」
「あ、ごめんコーリリア」
いけね、声に出てた。
しかし、ドーファラスの肉がこんなに美味しいと思わなかったな。
世紀の大発見だな。
そうなってくると、気になるのは乱獲である。
それなりに毎年新たな命が芽生えているとはいえ、あまりにも美味しすぎる。
欲に眩んだ愚か者どもが乱獲して絶滅なんてことになったら後悔してもしきれない。
「この山って、どこの国の領土なんですか?」
ローグスさんが仲間になってからというもの、何でもローグスさんに聞いてばっかりだ。
反省はするが後悔はしていない。
だって何でも答えてくれるんだもん。
「ここですか? ちょっと複雑で、今私たちがいる山の西方はキュトラス王国の領土で、東方はフォーシュナイツ王国の領土ということになっています」
「ドーファラスは西方にしかいません?」
「いえ、関係なく生息していますよ」
「キュトラス王国とフォーシュナイツ王国なら、どっちの王様の方が話が通じると思います?」
「断然フォーシュナイツですね……ってフローリアさん、何を……」
「フォーシュナイツの王様に、ドーファラスの狩猟制限をしてもらいます!」
私の言葉に固まるみんなの背後。
当初の目的であったポラリオが、逃げ出す隙を伺っていた。
あ、と思うまもなく、ホックが大きな袋に入れて抱えてしまう。
どっから出したんだその大きな袋は。
「確保であります!」
「ありがと」
塩対応になる私を責めないでほしい。
食べきれないドーファラスの肉は私のカバンに詰め込み、一度村に帰ることにした。
ポラリオとの掛け合わせがうまくいくか確かめないとね。
仲間が倒されたことで、他のドーファラスが襲ってきたりするのかと思ったらそんなこともなく、私たちはスムーズに下山できた。
よかったぁ。
◆
結論から言うと、プリオとポラリオの掛け合わせはめっちゃうまくいった。
双子ちゃんたちの技術は素晴らしくて、見事、捕食せずとも亜種を生み出すプリオが誕生したのである。
プリオと入れ替わったポラリオはとりあえず食べた。
やっぱり無味無臭で、くずきりの食感がした。
黒蜜をくれ。
「ありがとうなの、お姉ちゃん」
「ありがとうなの」
「こちらこそ! 本当に助かったよ!」
「あ、あのね、シェリたち、こわがられてたの」
「シュリたち、きみわるがられてたの」
「でも、役に立てたの」
「うれしいの」
そう言って笑う二人は、すごく可愛かった。
私は、今度二人にお揃いのアクセサリーをあげようと思った。
トリキ名誉会員みたいにする?
お世話になった人たちにトリキアクセサリーを渡して、それを身に付けててくれたらめっちゃ割引する的な!
商売する目処も立ってないのに、妄想だけはどんどん広がっていくのだった。
ドーファラスの肉については隠しておこうと思ったのだけど、美味しいものを独り占めすることに耐えきれず、何の肉とは言わずに少しだけ振る舞った。
きちんと守れる体制が整ったら、もっと食べさせてあげるからね……いやでもこの村にはすでにプリオ亜種がいるのだから別にいいか。
もも肉最強。
村を出る前に村長さんたちにプリオ改の話をして、他にも何かやれそうなことがあったら試してみてほしいと言っておく。
例えば餌に薬草を混ぜてみるとか、そういうことなのだけど。
村長さんたちはいい返事をして、私たちを見送ってくれた。
フォーシュナイツ王国の王都は、シラキア山を挟んでほとんどキャトラス王国の王都と同じ位置にあった。
こんなにも近くに王都があって、大丈夫なんだろうか。
ローグスさんが話してくれた言い伝え(もはやお伽話のようになっているらしい)によると、二つの国は元々一つの国だったらしい。
昔々、双子の王子が生まれ、王座を巡って争いが起きた。
けれど家臣たちの目論みに反して仲の良かった双子の王子は、家臣たちを言いくるめてシラキア山を挟んで二つの城を建てさせた。
それから国を二つに分けて、二人とも王様になっちゃったんだって。
だからフォーシュナイツ王家とキャトラス王家は、元を辿れば同じ血に行き着くと言うわけ。
とはいえ嘘か真実かも分からぬ話であって、当の二つの王家は大昔の血縁関係を受け入れていないそうな。
はっきりと否定しているわけではないけど、その手の話が盛り上がるとそれとなく邪魔が入るのだそう。
んで、聞くところによるとキャトラス王家ってのはだいぶ面倒くさいらしいのだ。
おじいちゃんも、キャトラス王家に嫌気がさして王都を飛び出したんじゃないかとローグスさん。
キャトラス王家は血眼になっておじいちゃんを探したみたいだけど、見付けられなかったみたい。
ローグスさんが教えてくれたのだけど、私のことは、ロルちゃんを始めとする各ギルドマスターが情報操作して王家の耳に入らないようにしてくれていたようだ。
呼び出しも何もなかったのはそのせいだったのね。
まあ、面倒くさいなら助かったけど。
どういう具合に面倒くさいのか聞くと、微妙に言葉を濁された。
この辺りの国々の中で、王都で奴隷売買が合法なのはキャトラス王国くらいなところから察してほしい感じの話され方をする。
トリスの錬金術師さんのお家みたいな貴族様もいるし、王都の造りもあんなんだったし、あれかな?
選民思想がものすごい系の人たちかな?
うーん、それは確かにあんまお近付きになりたくないかもー。
私、こっちの世界の常識ないしな。
貴族とかも、よく分からないし。
フォーシュナイツ王家は国民からの評判もよく、他国からの移民もここ数年でかなり増えているというから期待大だ。
どんなところなのかな〜。
道草を(文字通り)食いながら、私たちはのんびりとフォーシュナイツを目指すのだった。
-{}@{}@{}-【MEMO】-{}@{}@{}-
「叙々苑」
ちょっと高級な焼肉チェーン店
「牛タンタタンタンタタンターン」
ラーメンズ《不思議の国のニポン》
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