第13話 新しい仲間

 トリスの錬金術師さんに追加納品は済ませたから、あと王都でやらねばならぬのは商業ギルドでのお仕事だ。

 サビとセリは王都周辺で魔物討伐やら素材採取やらを楽しくやっているようなので放っておいてオッケー。

 やっぱ男の子ってやつはいくつになっても冒険好きってことなんだろうか。


 いや、私も冒険したーい!

 でも外に出たらしばらく帰ってこない気がするから、王都内でやらねばならないことは済ませてから旅に出たい。


 それから数週間、午前中はコーリリアと研究をし、午後は商業ギルドを回る生活を続けた。


 そして知ったことは、貴族たちの暮らすエリアに入るためには、許可証が必要なのだということ。

 私は、ロルちゃんから事前に渡されていた許可証を首から下げて、仕事場に行くことになっていた。

 トリスの錬金術師さんはそんなものを身に付けてはいなかったから、やはり自身が貴族ということになる。

 ちょうどその日、私が金庫を強化するのは、トリスの錬金術師さんの家らしき建物があるエリアだった。

 

 貴族の対応をするからなのか、職員も通常のエリアの職員とは違う。

 仕草が洗練されているし、見た目もいい人が多かった。

 あまりお金のない貴族の若者も数人、働いているらしい。

 ちょうど私の対応をしてくれた男の人が貴族だったので、トリスの錬金術師さんについて聞いてみる。

 軽い雑談のつもりで振ったのだけど、露骨に嫌な顔をされてしまった。



「その人の話は、大きな声で話さない方がいいですよ。この地区では特に」


「え?」


「アインズホース家のマーシュト妾の子は有名ですから」


「は?」



 彼はひそひそ声で教えてくれた。

 トリスの錬金術師さんの本名が、その不名誉な単語であること。

 家の裏庭にある小さな小屋で暮らしていること。

 王城内で研究をする錬金術師の中にアインズホース家の次男がいること。


 言葉を濁していたけれど、たぶんその次男がトリスの錬金術師さんの手柄を横取りしているのだろう。

 胸糞悪ーい!!

 門兵さんたちには認められて好かれているみたいだったけど、それでも不当な扱いを受けていることには変わりないだろう。

 技術の安売りをしてはいけないって、それは、自分の技術が奪われたことからの助言だったのかもしれない。


 トリスの錬金術師さん的には余計なお世話かもしれないけど、私に何か出来ることがあったらさり気なくお手伝いしよう。


 そして私は気付いた。

 トリスの錬金術師さんは、おじいちゃんが嫌いだったんじゃなくて、自分の名前が嫌いだったんだと。


 いや、おじいちゃんのことはまぁ、嫌いかもしれないけど。



 そんなこんなで、全ての商業ギルドの金庫に防犯強化を施した私は、ロルちゃんから降り注ぐキスの嵐にまみれながらお金を受け取った。

 懐ホクホクである。

 ロルちゃんは契約通り誰にも何も話していないが、人の口に戸は立てられない。

 私はだいぶ有名になってしまっていた。

 ただ、その有名になり方が少し微妙で。

 『凄腕の錬金術師がいるらしい』というところまではいいのだけど。


 曰く『目に付いた物を何でも口に放り込む少女』

 曰く『奴隷を二人従え、王都守護兵団の男も奴隷に堕とした少女』

 曰く『チーコック狂い』


 いや、全部合ってるけどさ!!

 言い方!!


 早く焼き鳥をみんなに知ってもらわなきゃ…。

 トリキの錬金術師として名を轟かせなきゃ!


 しかし、おじいちゃんの有名っぷりから、私も王城に呼ばれたりするのかと思ったけど、特にそんなことはなかったぜ。



 という訳で、商業ギルドのお仕事も終わったことだし、王都の外に出ようと思う。

 王都内で買える食材や調味料、飲み物に関してはあらかた味を見た。

 結局みどり豆しか成果はなかったのだけど。

 あ、みどり豆は庭ですくすく育ったよ。


 コーリリアも一緒に旅してみたいと言うので、みどり豆の水やりはユーフィさんにお願いすることにした。

 私たち四人じゃ心許ないから、もう一人くらい頼りになりそうな人を雇おうかなと思って、まずは冒険者ギルドに行ってみた。


 最近は術師ギルドにも全然顔を出してなかったから、この建物に来るのは久しぶりだ。

 四人でギルドに入ると、何やら建物内の空気がざわついた気がする。

 ひそひそと、私の噂が囁かれているようだ。

 私を見る目が、若干恐れを含んでいるように思う。


 むむむ。


 とりあえず掲示板に依頼を貼り出させてもらうことにする。

 三食付き、固定の日給の他に活躍してくれたら追加で報酬あり。期限未定で、王都周辺の探索及び魔物討伐に同行してくれる冒険者求む!

 面接も可能とのことだったので、そうしてもらうことにした。


 他に色々と貼り出されている依頼を眺めていたら、一人目の希望者が現れた。


 サビより少し歳上っぽい、無精髭のお兄さん。

 ちょっと笑顔が胡散臭い気がするけど、まあ話を聞いてみようかな。

 別に内容を誰に聞かれても問題ないので、冒険者ギルドの端の方のテーブルを借りて面接をすることにする。



「何かと話題な方たちだったんで、一緒に行けたら面白いんじゃないかと思って。銀級の剣士だけど、炎の魔法も少し使える」


「ほうほう」



 魔法剣士かぁ。

 王都の周りは森が多いみたいだし、炎の魔法はいいかも。

 焼き鳥も焼き放題だし。


 そんなことを思っていると、私の背後から聞き覚えのある声が聞こえた。



「銀級冒険者ヒース。銅級時代に同行者の女性への暴行疑惑あり。三度の飯より賭博が好きで、借金総額は金貨二十枚。使用できる炎の魔法は松明たいまつを灯す程度。フローリア様の同行者としてはふさわしくないであります!」


「な、なんだお前!」


「貴方のような人間に名乗る名は持っていないであります。冒険者の面汚しがフローリア様と一時でも言葉を交わせたことを光栄に思うであります!」



 もうあの胸当ては付けていない。

 細身の身体にフィットするシンプルな服に、黒い薄布をマントのように身に付けている。

 青い顔をするヒースさんに、周囲の冒険者たちのひそひそ声が大きくなる。



「おい、あれ銅級から一気に金級に上がったホックだろ」

「貴族が納税額を誤魔化してた証拠を提出したってやつか」

「情報屋としてもやっていけるって話だぞ」

「でも暗殺も請け負うんだろ」

「いや、あいつが暗殺したって証拠はないんだ」

「証拠を残さずに殺せるってことかよ」

「っていうかヒースの野郎、噂は本当だったんだな」

「ああ、借金で首が回らないらしいってやつだよな」

「女に手を上げたってのもだぜ、口止め料を渡して王都から追い出したって話だが」



 その声は、もちろんヒースさんの耳にも届いているだろう。

 青くなったり赤くなったりしたヒースさんは、何やら叫びながらギルドを飛び出していってしまった。



「ふぅ。危ないところでありましたな! このホック、無事に金級になったのでご挨拶に来たのであります。今後ともよろしくお願いいたします!」


「あ、あーー、アリガトウ」



 マジで金級になってきちゃったよこの人!!!!!

 しかもさっき聞こえた話によると相当ヤバいやつに仕上がってしまったのでは!?

 あああどうしよう私のせいですごめんなさい不本意ながら責任を持って面倒は見ようと思うので許してください。



「サビ殿、セリ殿、コーリリア殿でありますな。サビ殿、その節は大変申し訳ありませんでした! 不肖ホック、これからはフローリア様のために全力を尽くす所存であります!」


「おい、フローリア」


「何も言わないで」


『とんでもないのつかまえたんだね』


「目覚め方がすごい……」


「それにしてもフローリア様、無用心にもほどがあるであります。あんな募集の仕方では変なのしか寄ってこないであります!」



 たぶん今、四人の心の声は完璧にハモってたと思う。

 お前が言うなって。



「それでは、私なんていかがでしょう?」



 そんな私たちのテーブルに、一人の男性が近付いてきた。

 上品な立ち振る舞いの、白髪のおじいちゃんだ。

 眼鏡をかけていて、鼻の下に髭を生やしている。

 シャツにベストという軽装なのだけれど、漂う気配がただ者じゃない。



「ま、まさか……ローグス様でありますか……!?」

 

「おや、ご存知でしたかな? 一度は引退した身だというのに、光栄なことです」


「あ、貴方様のような方でしたらフローリア様を安心して任せられるであります……!」



 ホックさんがめちゃくちゃ恐縮している。

 そんなに凄い人なのか。

 私が見ていると、ローグスさんは流れるような身のこなしでひざまずいた。

 そして私の右手を取り、うやうやしく口付ける。



「フィヴィリュハサードゥとは共に旅をしたこともあります。色々とお役に立てると思いますよ」


「おじいちゃんと!?」


「えぇ、貴女からも彼と同じ匂いを感じます。興味を持った物があれば、周りが見えなくなったりとか、しませんか?」


「しますね」

「します」

『する』

「そこが良いのであります」


「ちょっと!」



 ふふふとローグスさんに笑われて、我に返って恥ずかしくなる。

 おじいちゃんの話も聞きたいな。

 声を掛けてくれて嬉しい。


 私はローグスさんと契約を結び、掲示板から依頼をはがすと、ギルドを後にしたのだった。


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