閑話 ホックの運命の日

 キャトラス王国王都守護兵団。

 王国騎士団には及ばぬものの、王国に住む子供たちにとっては十分すぎるほど憧れの職業である。

 王城守護の任と、貴族居住区守護の任に就けるのは、守護兵団の中でも選りすぐりの精鋭たちだ。


 王都の四つの門の守護隊も、その次に実力者たちの集う部隊である。

 王都の顔とでもいうべき兵たちであり、実力もさることながら、人当たりの良さも必要とされるからだ。


 ホックは、そのどれでもなかった。

 粘り強さだけは他の誰にも負けなかったために何とか守護兵団には入れたものの、それから五年ほど、ずっと雑兵のままである。

 入団初日に配られた胸当てを後生大事に磨いて使っている。


 ホックと同時期に入団した者は、今はもう誰一人雑兵隊にはいない。

 ホックの後から入団した者ですら、ホックより先に昇格していった。


 それでも、ホックは王都の第七地区を毎日毎日見回っていた。

 喧嘩の仲裁もろくにできず、いないほうがマシだとさえ言われながら。


 そんなホックの脳天に今日、雷が落ちた。


 奴隷商店で働く男に不審者がいるのだと言われ、何が不審なのかよく分からないままに男を追い掛けた。

 とりあえず、両手に抱えきれないほどの食材を持っているから、何にそんなに食材を使うのか問いただしてみよう。

 そう思って男に追い付き、何とか言葉を絞り出す。


 すると、男の後ろにいた可愛らしい少女が口を開いたのだ。



「あの、私、彼の主人のフローリアと申します。食材の大量購入は、私が彼に命じたことでして。不審がらせてしまって大変申し訳ありません」



 なんて、可愛い人なのだろう。

 姿形はもちろんだが、声も、所作も、全てが完璧だった。


 思わず見惚れてしまって、慌てて返事をする。

 そこで、少女の発言に疑問を覚えた。

 ホックはてっきり、男と少女が王都に越してきた夫婦なのかと思ったのだが、今、少女が主人と言わなかったか?



「彼が主人ではなく、彼の、主人、ですか?」


「はい、彼も、後ろの彼も、私の奴隷です」


「んっ……」



 

 ああ、言われたい。

 自分もこの少女の、奴隷に、なりたい。


 ホックは、自分の中に目覚めたその感情に驚いた。

 今まで、何をしていても、どこか夢心地だった。

 薄い繭の中にいるような、自分が自分でないような感覚。

 それが今、破けた。


 この少女の、フローリア様の、奴隷になりたい。

 フローリア様に命じられたい。

 フローリア様のために、働きたい。


 ホックは元々、自分一人では何もできない男だった。

 王都守護兵団に入ったのも、母がそうしろと言ったからだ。

 胸当てを後生大事にするのも、そうしろと言われたからだ。

 誰かに言われなくては何もできない。

 ただ、誰に言われてもいいのかというと、そうではなかった。

 ホックは心の奥底で、自分に命じるにふさわしい者を探していたのだった。


 そして、巡り合ってしまった。

 自分に命じるにふさわしい者フローリアに。


 脳内でフローリアが命じる。

 『私の役に立ちなさい』と。



「理想の食材を見つけ出さねばなりませんので」


「理想の、食材」



 脳内でフローリアが命じる。

 『私の役に立ちなさい』と。


 役に立たなければ、自分に価値はない。

 無価値なものを見る目でホックを見つめるフローリア。

 それもまた、ホックの背筋を粟立たせた。


 なんて、素晴らしい。


 こうしてフローリアは、無意識の内にもう一人の奴隷をゲットしていたのだった。





-{}@{}@{}-【後書き】-{}@{}@{}-

何で閑話で初めて国の名前出るねん!

(出すの忘れてました)

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