第7話 錬金術師はみな変人

 女性は口を開けたままこちらに駆け寄ってきた。

 その目は、私ではなくセリに注がれている。



「ウ、ウ、ウ、ウォーララ!!!」



 それを聞いて反応した人はギルド内にはほとんどいなかった。

 錬金術師はいなかったのかな?

 それでおじいちゃんの名前にあの反応なのヤバすぎないか。


 女性にゼロ距離まで迫られたセリは、助けを求めるように私を見ていた。

 いかんいかん、守ると言ったばかりじゃないか。



「あなた、突然なんの挨拶もなしにそれはあまりにも失礼ではありませんか? 彼は私のどれ……てん……わ、私は彼の主人です!」



 奴隷と言いかけて何とか別の言葉を絞り出す。

 奴隷を連れる錬金術師って、この世界では普通なのかもしれないけど、個人的になんかヤダ。



「あっ、すすすすいません、あ、あの、アタシ、れ、錬金術師なんですけど、ウ、ウォーララのそ、素材には、い、いいつもお世話になっておおおりまして! い、生きたウォーララをし、死ぬまでにい、一回見たいと思ってて、あ、あ、もう死んでもいい……!」


「ちょ、待って意識をしっかり!」


「はっ! す、すみませ、あ、あ、あ、ありがとうございましたぁぁぁ!」


「えっ!?」



 女性はくるっと勢いよく振り返り、そのままの勢いで術師ギルドから出て行ってしまった。

 呆気にとられる私たちに、近くにいた人が教えてくれたところによると、女性はこの近くに住む錬金術師で、コーリリアというらしい。

 女性の立っていた場所に紙が落ちていたので拾うと、素材引き取り表と書かれている。



「引き取らずに帰っちゃったの……?」


「び、びっくりした……」


「やはり錬金術師はおかしな奴ばかりだ……」



 三者三様の呟きを漏らし、私たちはコーリリアを追い掛けることにした。

 親切な魔術師さんに教わった通り、細い路地を通り、少し歩くとやけに蔦の絡んだ家が見えてくる。

 半魚人みたいなドアノッカーが玄関に付いていたので、数回ノックして様子を伺った。

 少しデフォルメされた半魚人は、赤銅色をしていたが、水色だったらハンギョ〇ンだな……などと思っていると、玄関が開いてコーリリアが顔を覗かせた。



「ひぇっ、ななな何故ここに……!?」


「これ、落とされましたよ」


「あっ、そそそうだった、そ、素材取りにい、行ったんだった……。あ、ありがとうござ、ざいます」


「いえいえ、では!」


「あっ!」



 とりとり亭に行こうと思って踵を返した私を、コーリリアの声が呼び止める。

 玄関先に立つコーリリアは、顔を真っ赤にしながらもじもじとこちらを見ていた。

 ギルドにいた時はフードもかぶっていたから顔は全く見えなかったが、今も長い前髪のおかげでよく見えない。

 濃い青色をした長い髪は、色々邪魔にならないのだろうか。



「何か?」


「あっ、あ、えと、あの、よ、よよよよかったら、お、お茶でも……」



 どうしたものかと二人を見ると、どちらも好きにしたらいいと言うので、お誘いに応じることにした。

 他の錬金術師の家って、どんな感じなのか気になってはいたのよね。

 あと、もしチーコック持ってたら焼き鳥をご馳走したい。

 自己紹介をしながら、家にお邪魔した。


 家は二階建てで、玄関から入るとすぐに二階に上がる階段が見える。

 その階段の下の空間に扉があった。

 開けたら額にイナズマ型の傷がある魔法使いが生活していそうな感じだ。

 物置かと聞くと、地下に続く階段があるそうで。

 地下室、いいなぁ。


 おじいちゃんの家は、森の奥の巨大な木をくりぬいて作ってあったから、地下はないけど上にめちゃくちゃ高かった。

 おかげでものすごい距離を転がり落ちたわけなのだが。


 基本的に地下で研究をしているらしく、案内してくれることになった。

 薄暗い階段を下りていくと、ドーンと部屋の真ん中に釜のある部屋に出る。

 部屋の二つの壁面は全部が本棚で、入りきらずに溢れた本が床面を侵食している。

 残り二つの壁面は素材の置かれた棚で、最上段にはウォーララの素材だけがみっちりと並んでいた。



「コーリリアさん、もしかして水中呼吸薬の研究してたりします?」


「よ、よくわかったね……あ、あ、あれ、けけけ結構知らない人、お、多いのに」


「やっぱり! 私もやってました家を出る前! ウォーララの毛がなくなっちゃって止まってたんですけど、え、それなら一緒にやりませんか? 素材は提供します、セリが」


「ちょっと!」


「だって! あの本もあの本も私読んだことない! 私の知らない知識を持った錬金術師と共同研究よ!? 燃える……」


「ええええええ、い、いいの……? あ、あの、じ自分で言うのもなんだけど、あ、ああアタシこんなだし、この家も師匠がくれただけで……あ、で、でも、よかったら、へ、部屋は余ってるから……す、住んでくれても、い、いいよ……!」



 なんと!

 共同研究者に、住む家までゲット!?

 とりとり亭に泊まれないのは残念だけど、でも別にここに住んでるからってとりとり亭に行っちゃいけないこともないし。

 なによりここなら台所使い放題ってことよね?

 立地自体は悪くないし、蔦さえなんとかしてちょっと改造したら出店みたいにできるかも……。



「セリ、これはもう無理だ。諦めよう」


「なにも頑張ってないよね!?」


「フローリアがあの顔になったら、完全に自分の世界に入っている。そうすると、我に返った時にはすでに揺るがぬ結論が出ているんだ」


「そんなぁ」


「まぁ、共同研究ならフローリアが使うのと変わらんだろう。いいじゃないか、体毛くらい」


「他人事だと思って!!」


「よろしくコーリリア。お近付きの印に焼き鳥を振舞いたいのだけれど、チーコックの肉はあるかしら」


「よ、よ、よろしく……! チ、チーコックなら庭で飼ってるよ……た、食べごろかも」



 よっしゃあ!

 私はコーリリアと握手を交わし、チーコックを締めに庭へ案内されるのだった。


 庭には薬草が生え放題だった。

 私は食べたことのない薬草を、断りを入れつつ片っ端から口に入れていく。

 一羽のチーコックが放し飼いになっていて、もしゃもしゃ薬草を咀嚼しながら、捕らえて締めた。



「や、薬草なんて、お、美味しいの……?」


「美味しくない。うーん、七味が欲しいんだけどなぁ……」


「し、ちみ?」


「こっちの話!」


「オレ、救われたって思ったけど、こっちはこっちで問題がありすぎるね……え、錬金術師ってみんなああなの?」


「いや、分からん。俺はコーリリア殿で三人目だが、今のところ全員どこかしらネジが吹き飛んでいるな」


「うわぁ……」


「だが、焼き鳥の味は間違いない。それだけで、他の全てがどうでもよくなる」


「ねぇ、気付いてないかもしれないけど、オレから言わせれば君も大概だよ?」



 順調にサビが焼き鳥の虜になっているのを盗み聞きしながら、私はチーコックの羽根をむしった。

 そういえば、ニニリスの肉が少しだけ残っているんだっけ。

 チーコックのささみ部分だと、きっとサビは納得しないよね。

 きちんとニニリスでささみわさび焼きを作ってあげないと。

 時を止めてあるから食べるのに問題はないと思うんだけど、一応食べる前に毒消しは飲んでもらおうかな。


 私がなんちゃって焼き鳥塩味を作っている間、サビとセリには二階の掃除をしてもらうことにする。

 二階には全部で四部屋あり、そのうち一部屋がコーリリアの自室。

 もう一部屋が物置になっていて、残り二部屋を自由に使わせてくれるそうだ。

 サビとセリは二人で一部屋でもいいと言ってくれたので、体は一番小さいが、私が一部屋もらえることになった。

 長らく人が立ち入ってなかったせいで、だいぶ埃っぽくなってしまっているため、二人はバケツと雑巾を持って二階へと上がっていった。


 一口大に切った肉を串に刺していると、物珍しそうにコーリリアが私を見てくる。



「やる?」


「えっ」


「自分で作ると、余計に美味しいよ! はい、これに適当に刺せばいいから」


「あ、う、うん」


「…………髪の毛、邪魔じゃない?」


「じゃ、ま、では、ある」



 私は一旦手を洗うと、カバンから鉄くずを取り出し、床に魔法陣を描いた。

 それから鉄くずをバレッタもどきに変形させると、前髪から後ろ髪から全部を編み込んで後ろでひとまとめにする。

 鼻のまわりにそばかすのある、可愛らしい顔が見えて、私は大満足した。



「めっちゃ可愛いじゃん、勿体ない、どんどん出してこ!?」


「ひょぇっ」


「明日髪飾り買ってくるね! いや、違うわ、一緒に選びに行こ! 私も欲しい、髪もわもわだけど」



 そう、今ならなんと、私も可愛いのである。

 可愛い女の子が二人でお互いの髪飾りを選び合うってエモくない……!?

 何を隠そう、百合めいた友情にも私は造詣が深いのだ。

 もちろん、サビとセリが同じ部屋というのもなかなかにニヤニヤ案件なのである。


 ああヤバい、また私の同人誌の行方が不安になってきた。

 ちくしょう、こんなことならリアルの付き合いがあるオタ友に鍵を託しておくんだった……。



「フ、フローリア……?」


「えっ、あ、ごめんちょっとボーッとしてた」


「あ、あ、明日、お、お出掛け、する」


「ほんと? 大丈夫、無理してない?」


「う、うん……フ、フローリアの、か、髪飾り、え、ええ選びたい、から」


「可愛すぎか……」



 コーリリアの師匠はこんな可愛い子を放り出して何をしているんだ!

 よくよく聞いてみれば、師匠の方がコーリリアよりも拗らせたウォーララオタクだった。

 なんと、自らがウォーララになるために旅に出ていたのである。

 確かに後天的になれるものではあるけど、前例を聞いたことがない。

 アタシが先駆者になるんだよ!と叫んで飛び出して行ってしまったらしい。

 どんだけファンキーな師匠だよ。


 そんな話をしながら二人で肉を串に刺し終わり、せっかくなので庭で焼くことにした。

 掃除が終わった二人も合流し、可愛くなったコーリリアに驚いてもらう。

 庭で火を起こしてみんなで肉を焼き、満足するまで食べまくった。

 近所の人たちが何事かと覗きに来るまでがワンセット。

 計画通り……!



「これだ、ささみわさび焼き。フローリア、ニニリスの肉がなくなったのなら俺がいつでも獲ってくるからな」


「うん、マジでいい具合に出来上がってきたね、いいぞ! それでこそサビ!」


「オレはこれが好きかな」


「はい、せせり〜。見る目あるな〜私」


「ま、まさかオレの名前って……!」


「そうよ、それよ!」


「複雑」


「喜んでよ!」


「ア、アタシは、こ、これ、すす好き」


「ももね! セリ、コーリリア、これはまだ完璧じゃないの。サビもよ、本当はもっともっと美味しいんだから! 勘違いしないでよね!」



 三人は各々の好物を口に含みながら、何度も頷いた。





-{}@{}@{}-【MEMO】-{}@{}@{}-

「ハンギョドン」

サンリオの半魚人キャラクター


「ハリー・ポッター」

イギリスの作家J・K・ローリングによる児童文学、ファンタジー小説のシリーズ。



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