第5話 奴隷、お買い上げ
「王都でっかー……」
入り口から街の中心に向かって、真っ直ぐに道が伸びている。
その先にはもちろん、巨大なお城。
お城の周りは堀みたいな物があるのか、跳ね橋が上がっているのが見えた。
ノイシュヴァンシュタイン城ってあんな感じじゃなかったかなぁ。
円錐形の屋根がいくつも見える。
お城に向かう道の右側の建物は全部が青を基調とした色で塗られていて、左側はオレンジ色をしていた。
入り口から王都内に足を踏み入れたものの、ここからお城までも結構な距離がありそうだ。
第七地区で奴隷を売買していると言っていたけれど、第七地区ってどこだ。
案内図をください!
テーマパークなら入り口にマップが置いてあるのに……!
サビも王都は初体験だから役に立たないし、一体この街はどんな作りをしているというのか。
どっちへ行ったものかとキョロキョロと辺りを見回していると、見かねたのか近くに立っていた兵士が声を掛けてきた。
聞くところによると、王都は四つの主要な門に囲まれており、城から十字に各門に向かって真っ直ぐ道が伸びているのだと。
つまり、大きく四つの区画に分けられている。
大きな区画は色分けされていて、今見えている青とオレンジの他、緑とピンクなのだそう。
その大きな区画が更に広めの道によって区分けされ、城に最も近いところを第一として、今私たちがいる一番外側が第八地区らしい。
城を中心に、ドーナツ型に番号の振られた地区があるってことね。
第二地区までは貴族の住む区画になっていて、無闇に立ちいると問題になるそうなので、絶対に近付かないようにしようと思う。
どの色の第七地区でも奴隷は売っているが、扱う奴隷の種類が違うらしい。
成人男性ならオレンジの第七地区だと言われる。
それを聞いたサビが、自分の右足を見せてきた。
そこにはオレンジ色のラインが刺青のように入っている。
ただのラインではなく、少し複雑な模様になっているから、店ごとに異なるラインを刻んでいるのだろう。
なるほど、出荷タグ的なものか。
うーん、さすが奴隷。
私たちは兵士にお礼を言い、中央の大きな道を歩く。
第八地区は王都にやってきた人に向けて店を構えている人が多いのか、観光地にでもやってきたような気持ちになる。
いや、観光地というか、やっぱりディズニーランドとかUSJとかだな。
お土産買ってけよ!的な圧がすごい。
何となく、相場よりも高値で売られているような気がしてしまって、買い物をする気にはなれなかった。
途中で商業ギルド第八出張店なる建物を見つけ、中を伺う。
レンガ作りの建物の奥で、お金のやり取りをしているのが見えたので入ってみることにした。
銀行的な感じだったら嬉しいなと思って入ったのだが、どうやら両替をしていただけのようだった。
預けることもできるらしいが、当然、預けた場所でしか引き出せない。
私はとりあえず、銀貨に両替してもらうことにした。
買い物する時に金貨を出すのはこわすぎる。
銀貨を十枚ずつ小分けにしてもらい、カバンに放り込んだ。
「そのカバン、すごいですね。うちの金庫より安全そう」
「あはは、ちょっと必死になって色々付けすぎました……」
「え、あなたが付けたんですか?」
「はい、あ、私トリキの錬金術師と申します」
「錬金術師様でしたか! お若いのにすごいですね〜。あの、もし金庫の防犯機能を強化する依頼とかしたら受けてくださいますか?」
「依頼ですか? どうやって受けるものなのでしょう……すみません、世間知らずで」
「術師ギルドというものがありまして、そこは魔術師や召喚術師、錬金術師といった方々が在籍できるんですよ。ギルド内の掲示板には依頼が掲示されることがあって、特定の拠点を持たない方でも報酬を得られるようになっています」
「ふむふむ」
「うちはうちで、買いたい物や売りたい物を掲示しておくことができます。冒険者ギルドもあって、術師ギルドとは提携しているので大体同じ建物内にありますよ。依頼も共通のものがあったりします。依頼相手を限定した依頼も出せるので、よろしければあなた宛に依頼を出させていただきたいのですが……」
「ええ、構いませんよ。いくつか用事を済ませたら、術師ギルドに入ります」
「ありがとうございます! 術師ギルドの受付に友人がいるので、話は通しておきますね。青の区画の、第六支店に行ってください」
「分かりました」
お金を両替したらギルドについての情報と、お仕事までゲットしてしまった。
一石三鳥、ラッキー。
更に少し歩くと、細い路地ばかりだったところに、それなりの道が見えてくる。ここから第七地区に入るのだろう。
第七地区は奴隷商店や娼館が立ち並び、全体的に薄暗い。
汚れっぱなしの子供が、物乞いをしたりもしている。
大通りから一歩入れば、王都の闇が広がっているようだった。
オレンジの区画の方へ曲がり、それっぽい店を探していると、店先に立っていた男がサビを見て声を上げた。
「あっ! それ、うちの店の!」
「彼はあなたのお店の奴隷ですか? 私、森でボロボロになっていた彼を拾いましたの。購入したいのですけれど、おいくらでしょう?」
「へっ? え、お嬢ちゃんが買う? え、えーと、お、親父ー!」
ひょろりとした男が店内に引っ込むと、めちゃくちゃごっついゴリラみたいな親父を連れて戻ってきた。
店先に掛けられていた暖簾の奥に、いくつもの檻が並んでいるのが見える。
ゴリラはサビと私を無遠慮にジロジロ見ると、ふんと鼻を鳴らして言った。
「その奴隷、やけに綺麗だが、お前さん何者だ」
「トリキの錬金術師と申します」
「へぇ、錬金術師。なぁ、あんた雇われねぇか。檻の清掃員がいなくてな」
「お断りします。彼はいくらですか」
「まぁまぁ、そう言うなよ。どうせ本当は金なんてそんな持ってないんだろ。見ようによってはあんたも奴隷みたいだぜ?」
ああ、やっぱり先に洋服屋さんに行くべきだった!?
確かにみすぼらしい格好かもしれないけど、失礼なゴリラだ。
私は銀貨の入った袋を一つ、カバンから取り出してゴリラに突きつけた。
「彼は、いくらですか」
「こ、れは……へぇ、人は見掛けによらねぇなぁ。そこの男なら銀貨三枚がいいとこだ」
ゴリラはそう言いながら、私の後ろでおろおろしているひょろりとした男に何やらサインを送っている。
これは多分、店を出た後に適当なところで残りの銀貨を奪おう的なやり取りだろう。
男はそっと店から出て行った。
もしかしたら荒事専門のメンバーがいるのかもしれない。
やるのはいいけど、もう少し分からないようにやるべきでは?
私は銀貨三枚をゴリラに渡した。
ゴリラはポケットから光る石を取り出すと、サビの足に当てる。
すると、サビの足からオレンジのラインが消えていった。
購入完了ということらしい。
まだ一波乱ありそうだがとりあえずサビは買えたぞ!
店から出ようとした時、暖簾の奥から慌しく一人の男が飛び出してきた。
奥からは、叫び声も聞こえる。
「何事だ!」
「お、親父! 餌やったら二六七が急に暴れ出したんだ!」
思わず男の手にある物を見ると、大きな器の中に荒く刻んだ生野菜が大量に入っている。
その中に毒のある野菜を見つけ、駆け寄った。
「これ! いくつ刻んだか覚えてますか? これは
「ええっ!? えーと……」
「ああ、もういいですそこに置いておいてください!」
私はゴリラが止めるのも構わず店の暖簾をくぐり、声が聞こえる方へ走った。
檻は三段重ねになっていて、どの檻も汚い。
中に入れられているのは聞いていた通りみんな男性だ。
眠っている者と、全てを諦めた顔をしている者以外は、みな声のする方を不安げに見つめている。
問題の男性は一番下の檻の中で口から泡を吐き、痙攣しながら声を上げていた。
意識を失ってもおかしくないのに、強い人だ。
私はカバンからペンとインクを取り出し、檻の扉に掛けられている南京錠に魔法陣を描く。
金属を錆びさせる術式は前世の記憶が色濃い今の私にはさっぱり理解できないけど、錬金術師である私にはバッチリ理解できているらしい。
勝手に脳内で複数の術式が組み合わされ、ほとんど無意識に魔法陣が完成する。
ボロボロになった南京錠を叩き割ると檻の中に入った。
床に魔法陣を描き、男性をその上に寝かせると、手に反転済みのヒメリロイを握らせた。
本当だったらヒメリロイを食べてもらうか、反転させた薬効成分だけを取り出して飲ませるんだけど、時間がないから直接吸収してもらう。
握られたヒメリロイが男性の中に飲み込まれていき、苦しげな声がおさまった。
うっすらと開けられた目で私を見た男性は、小さな声で、言った。
「……ど、どうして……助けた……死ねば、解放、されたのに……」
ああ、そうですか。
まあ確かに、あんな人たちに管理されて餌やりされて生きているなんて、どんな人に買われてどんな目に合うか分からない状態で生きているなんて、地獄みたいなものなのかもしれないけど。
でも。
「死ぬなら焼き鳥を食べてから死んで」
「……は?」
「親父! これ、死んでたようなものよね? 私が何もしなかったら死体を処理しなければならなかったわよね? さっきの奴隷のおまけでもらっていくわよ!」
私は呆気にとられる男性を無理やり檻から引っ張り出し、手を引いて入り口に向かう。
何か言いたそうなゴリラに満面の笑顔を向け、放置されていた餌からキュロロッカだけを選別して器の隣に置いた。
私が暮らしていたキュロレイの森は、キュロロッカが群生している。
森で暮らし始めたばかりの頃は見分けが付かなくて、よく死にそうになったものである。
「今回は餌だったけれど、あなたたちのご飯にだって混ざるかもしれませんよ? お気をつけて」
「に、二度と来るな……!」
「それはどうかしら。お金はたくさん、ありますもので」
うふふふと笑い、店を後にする。
結局、誰も襲ってこなかった。
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