第3話 名前、そしてチャレンジ
「さて、とりあえずは名前ね。五一八なんて呼びにくいから、名前を考えよう。何がいい?」
「なんでもいい。名前なんて、あってもなくても同じだろう」
「そんなことないよ! えー、じゃあ何か好きなものとかないの?」
「さっき食べたあれは好きだな」
「おぅふ……ささみわさび……サビ、とか?」
「それでいい」
いいのだろうか。
まあいいか。
焼き鳥の申し子になってもらう予定だし、焼き鳥から取った名前はむしろありなのかも。
私は切断と再現、洗浄の印を入れ込んだ魔法陣を地面に描き、その上にサビを立たせた。
「自分の顔をしっかり意識しておいてもらえる? 可能なら、スッキリした髪型も」
「む、分かった」
断りを入れてから魔法陣に魔力を流し髪の毛とヒゲをカットする。
体や服も綺麗に洗い流すと、そこにはなかなかイケてるお顔が現れた。
意外とイケメンだな。
客寄せには最高では?
ヒゲはまったくなくなり、髪の毛もかなり短くスッキリとした。
スキンヘッドになる可能性もあったのだが、きちんと思い描いてくれたらしい。
サビは全身をくまなくチェックし、すごいな、と呟いた。
「魔法みたいだ」
「魔法って使ったことないけど、たぶんそれより条件が厳しいと思う」
「条件?」
「うん。たとえば髪の毛とかヒゲが切れたのは、この辺の土に鉱物が含まれてて、サビがしっかり自分を意識していたからだよ。生やすんじゃなくて切るだけだから楽だけど。体が綺麗になったのは、近くに川が流れてて、そこから水を引っ張ってこられたから。空気中からでも水分を抽出できないことはないけど、そんなに大量の水にはならないからね。それに、やりたいことをしっかり魔法陣に刻まないと結果が狂っちゃうし」
「なるほど」
見た目が綺麗になったことで、ボロ布一枚なことが気になってきた。
今のままでは連れて歩く私が変態みたいじゃないか。
一刻も早く街に行って、洋服を買わなくては。
私は森の生き物たちに一旦の別れを告げ、サビと共に歩き始める。
サビは鼻がいいらしく、獣の臭いが薄いところを選んで歩くことができた。
私一人だったら森で死んでいた可能性もあるし、それを踏まえてもサビの存在はありがたい。
ありがたいのだが、歩けども歩けども全然道に出ない。
あの地図の縮尺どうなってるの!?
結局、森の中で夜を越すことになり、私は土を盛り上げてかまくらのようなものを作った。
かまくらのなかの地面は掘り起こしてふかふかにし、その辺に生えている大きな葉っぱを乾燥させて敷き込んだ。
外側はそれなりに硬くして、一つしかない入り口には寝る前に発火の罠を仕掛けることにする。
サビは狩りが上手かった。
森の中を逃げ回っている間に気配を薄める術を身に付けたのか、私が苦労して捕まえたリスっぽいやつ(ニニリスというらしい)をいとも簡単に複数ゲットしてきた。
またささみわさび焼きでお腹を満たしながら、思う。
酒、飲みてぇ〜。
「ねぇサビ、こっちの世界ではお酒は何歳から飲めるの?」
「十六からだが……その、さっきから何なんだ? こっちの世界というのは」
「ああ、ごめんつい。私、前世持ちなの」
「は? え、いや、あー、それはあまり大声で言わないほうがいい」
「え?」
「前世持ち、奴隷の中にも何人かいたが高く売れるらしいからな。狙われるかもしれん」
「あ、あー、気をつける」
マジか。
おじいちゃんは王都で囲われるとか言ってたけど、それって恵まれてる転生者ってことね。
まあ確かに別の世界の知識を持っている人間なんて、欲しい人がたくさんいるか。
でも、私みたいに普通の人間だったら、特別なことは知らないし、高値で売買されても何の役にも立たないかも……って、それこそダメなやつじゃん!
せっかく高い金払ったのに役立たずって、それもう詰んでるじゃん。
絶対に捕まらないようにしよう。
気を引き締める私だった。
一日の終わりにまた全身を洗浄して、寝床を整える。
その時になって、私は自分の失態にようやく気が付いた。
男女が狭い空間に二人きりじゃん……。
ちらりとサビを伺うと、なんでもないように地面に寝転んでいた。
つんつんと背中を突くと、上半身を起こして私を見る。
「サビー、私、おんなのこだけどー」
「フローリアは、何歳なんだ?」
「たぶん、十六、かな」
「なんだ、たぶんというのは」
「この森でおじいちゃんに拾われるまでの記憶がないの。拾われた時で、六歳くらいだったと思うんだけど」
「ふむ……。俺は二十四だ。色恋なんかしてる余裕はなかったが、いいなと思ったことのある女性は軒並み年上だったから安心してくれ」
サビはそう言ってまた私に背を向けて寝転んでしまった。
むむむ。
前世の私だったら悩殺……無理だな。
なんなら今の私のほうが断然かわいい。
年齢が違うから当たり前だがこんなにお肌ツヤツヤではなかったし、目も小さかったし、胸も小さかった。
…………その辺りは、今世で頑張ろう!
もし焼き鳥屋さんの経営が軌道に乗れば、子供に後を継がせるとか必要だもんね!
私はかまくら内を明るく照らしていた光を消し、眠った。
寝る子は育つ。
◆
次の日、適度に休憩しながら森を進むと、ついに道が見えてきた。
森が終わり、なんだろう、畑のようなものも見える。
別にレンガが敷かれているとかじゃなくて、ただ草が綺麗に処理され、踏みしめられたといった風な道だったが、馬車が通ることもあるという言葉通り、それなりの広さがあって歩きやすい。
サビに聞いてみると、見えていたのはやっぱり畑で、近くにある集落の住人たちが
こんなところで育ててたら、盗まれちゃうのでは?
口に出ていたらしく、サビが教えてくれる。
推測でしかないけれど、この場所以外に自由にできる土地を与えられていないのだろうと。
もしくは、与えられた土地のほとんどが、作物を育てるのに適さない土地だったか。
なるほど。
どうしようもないから、ここで野菜を作っているのね。
そういえばネギ、もしくはネギっぽいものを育てる畑も必要になるのよね……。
焼き鳥以外にもサラダとか、おつまみとかあるし……食材確保は命題だわ……。
道の端っこを並んで歩いていると、遠くの方に先のとんがった背の高い建物が見えた。
「あれが王様のお城?」
「ああ、目がいいな。たぶん、そうだと思う。俺も王都には行ったことがない」
「あ、そっか。王都についたらすぐにサビのこと買うからね。おじいちゃんにもらったお金で足りなかったら、ポーションとか作るから」
「本当にいいのか?」
「いいの! 男手が必要なこともあるし」
「…………ありがとう」
「こちらこそ!」
城がちらりと見えたことで気を良くした私はずんずん歩いた……のだけれど、全然城が近付いてくる気配がない。
マジか……。なんで錬金術師は空が飛べないのよー!
何か楽しいことを考えよう。
記憶を取り戻して思うのは、某錬金術師の話。
あれのキャラクターたちは手を合わせたり、指をぱっちんさせたりして術を行使していたけれど、私も同じようなことができたりしないだろうか。
私の、というかこの世界の錬金術は、魔法陣を描かないと術式を展開できない。
広範囲に渡ってなにか錬金術を行使したい場合、いくつもの魔法陣をいたるところに仕込むか、巨大な魔法陣を描かなければならないのだ。
道具に魔法陣を刻み、その道具の効果をアップさせることもできるが、それもまた私が今やってみたいこととは少し違う。
火を起こすくらいならできるかな。
私はサビに声をかけて立ち止まると、カバンからインクとペンを取り出して、左手の甲に発火の魔法陣を描く。
そのままだと手の甲から火が出るかもしれないから、それを防ぐために指先まで陣を延長してみた。
この時点でちょっとダサい……。
いやでもここまでやっちゃったらどうなるか見てみたい!
私は何個か作った状態でカバンに突っ込んでいたポーションをサビに渡し、何かあったら無理やり飲ませてくれと頼んでから前を向いた。
周囲に人気はない。
目の前には道が続いているだけで、燃え広がることもないはず。
私は、手の甲の魔法陣に向かって控えめに魔力を流し、親指と中指を弾いた。
ボォォォォッ!
指先から発生した炎は前方に放たれることはなく、当然のように上に向かった。
袖をめくってはいたのだけれど、意外と大きかった炎が左腕を焼く。
一気に燃え上がった炎が消えた時には左腕は黒コゲになり、痛みで全身から脂汗が吹き出した。
慌ててサビが私の口元にポーションの瓶を押し付け、私は涙を流しながらそれを飲んだ。
みるまに痛みが引き、腕に肌色が戻ってくる。
「あーー失敗した! 痛かったー!」
「れ、れ、錬金術師というのは皆そうなのか!? 危険すぎる!」
「おじいちゃんは、自分の体で失敗してこそ成功の芽を掴み取れるんじゃ!って言ってたけど」
「俺は錬金術師にはなれそうにないな……」
「そういう人のために魔道具があるんでしょ? いいのよ。文明の利器、使ってこ!」
「ぶんめいのりき?」
そんなことをやりながら、王都を目指して歩き続けるのだった。
-{}@{}@{}-【MEMO】-{}@{}@{}-
「鋼の錬金術師」
荒川弘による日本の漫画作品
ガンガンコミックス全27巻
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