第2話 ささみわさび焼きと、店員一号
おじいちゃんの家を出て、世界に焼き鳥を広めると決意した私。
そんな私におじいちゃんは布製のショルダーバッグをくれた。
「収納量拡大の術式を編み込んであるから、結構入るぞ」
「ちょっと! 家中大掃除してた時に、そういういっぱい入る魔法のカバンみたいなやつはないって言ってたじゃん!」
「あの時はお前が楽しようとしとったから、ないと言ったんじゃ、しつけみたいなもんじゃ!」
「なによそれーー!」
楽をしようとしていたことは確かなので、それ以上の深追いはやめておくことにする。
せっかくこんな便利アイテムをくれると言うのだ、ありがたく自分の魔法陣を刻むことにしよう。
錬金術師には、それぞれ自分だけの魔法陣がある。
一人前になった時、自分に錬金術を教えてくれた師の魔法陣を受け継ぎ、その一部を書き換えて己のものとするのだ。
私はおじいちゃんの魔法陣の一番外側に書かれていた模様を書き換えた。
カタカナの『トリキ』を、なんかいい感じにデザインっぽくした文字に。
私が見たらもうどこからどうみてもトリキだけど、おじいちゃんには読めなかった。
分かる人にしか分からないこの感じ。
公式から出ると嬉しいタイプのグッズのようだ。
あ、ヤバい。
一人暮らしだからって好き放題買ってた同人誌たちどうなっただろう。
お母さんに見られたかな、見られるよね、うわぁぁぁ死ねる!死んでるけど!
シャット、アウト。
私は自分の魔法陣をカバンに刻み、塩やら調味料と、串と、あといくつかの薬草に洋服や下着なんかを詰め込んで準備を終えた。
私の記憶が戻るまで何にも気にしてなかったけど、浄化できるとはいえもうちょっとパンツとか持っててもいいのでは?
服も肩から足元までストーンと一直線のローブだけだし。
別にイケイケな体型をしているわけではないけれど、もう少し洒落た服が着たいものだ。
まあ、これ、全部おじいちゃんが作ったやつだからね。
不格好なのは仕方ないよね。
自分で作ってもいいのだけれど、いかんせん私にはこの世界の知識がなさすぎる。
ここにある本はあまりに偏っていて、私はこの世界で一般的に着られている服がどんなものなのかさえ知らないのである。
そこにバリバリの現代風の服を着て悪目立ちするのは避けたい。
とりあえずそれなりの街に行って、そこで流行を掴んでからどうにかしようと決めた。
私は感慨深げにこっちを見るおじいちゃんに、満面の笑顔で言う。
「行ってきます! 焼き鳥のタレができたら一回帰ってくるね!」
「いってこ……なに?」
「昨日食べさせてあげたのは、ただの塩味。塩でももちろんいいんだけど、タレもまた美味しいんだから!」
「錬金術で名を上げてから帰ってきてほしいんじゃが……いやでもたれというのも気になる……はっ、いかん今わしはなにを……」
「じゃあまたね〜」
「気をつけるんじゃぞ〜」
おじいちゃんの家をあとにして、森の中を歩く。
もらった地図によれば、川の流れを頼りに歩くと大きな道が見えてくるらしい。
その道をひたすら行けば、王都が見えてくると。
黄ばんだ地図にはぐにゃぐにゃっとした線と絵が描かれていて、あんまり役には立たなそうだった。
森には色々な生き物が生息している。
昨日捌いてみて分かったが、チーコックは厳密に言えば鶏ではない。
見たことがない器官を持っていたし、肉質も全然違った。
きっと、もっと鶏に近い生き物がいるはずだ。
昔、おじいちゃんがカエルみたいなフロゲロを料理していたけど、今思えばあの肉はどことなく豚肉に似た風味を
この世界と地球は違う。
先入観は捨てて、全ての生き物を食べてみるべきだ。
森を出る前に、目に付いた生き物は全部食べて進もう。
私はまず、毒消しを作ることにした。
この体はそれなりに丈夫だけれど、食中毒やら未知の毒で死ぬわけにはいかない。
ちょうど、咲いた花から根っこまで全部食べれば一瞬で死ねる毒草、ヒメリロイが生えているのを見つけたので、丁寧に掘り起こす。
ついでのその地面を平らにならして、そこに反転の印を入れた魔法陣を描いた。
その上にヒメリロイを置いて魔力を流せば、耐毒効果に早変わり。
付いた土を払うと、私はもしゃもしゃとそれを食べた。
食用菊とパクチーを足したみたいな味がする。
料理のアクセントに使ったら、もしかしたらクセのある味が好きな人には耐毒も付いてお得かもしれない。
モンスターをハントするゲームの料理にもなんか色々効果が付いていたし、この世界にそういうことを生業にする人がいるなら、メニューを考えるヒントになるかも。
耐毒効果がきちんと発揮されているか確認するため、生えているヒメリロイの花を摘んで食べてみる。
うん、大丈夫。
本来ならピリピリと舌が痺れてくるはずなのだが、なんともない。
どれくらいの時間効果が続くか分からないので、ヒメリロイを数本抜いてカバンに突っ込み、私はまた歩き始めた。
耐久性のある皮に燃焼の魔法陣を刻み、目に付いた生き物を焼いては食べ、焼いては食べ、味をメモしていく。
捕まえるのに苦労したリスのような生き物の肉の味がささみに似ていた私は、テンション爆上がりでわさびに似た食べ物を探すことにシフトチェンジした。
「よっしゃキタコレ…………ささみわさび焼きやん……泣ける……」
なんとなくそれっぽい焼き鳥の製作に成功した私は、わさび的な辛さからくる涙なのか何なのか分からないものを目に滲ませながら、それを堪能していた。
川の水際に生えていた太い茎を持つホルルキは、わさびよろしく擦り下ろすことができた。
下ろしたホルルキをひとつまみ口に含めば、風味こそ若干異なるものの、つんとくる感じが実にわさびっぽい。
海苔っぽいものは見付けられなかったので、そこは妥協する。
ガサガサガサッ!
ささみわさびの最後の一口を食べ、鼻を突き抜けるホルルキの辛さに悶絶した私の前に、何かが飛び出してくきた。
それはボロ布一枚を体に巻き付けたような身なりの、髪もヒゲもぼさぼさに伸ばした人間だった。
勢い余ったのか盛大に地面にスライディングをかまし、力尽きそうになりながらもこちらへ手を伸ばしてくる。
「あなた、焼き鳥食べに来たのっ?」
死にそうになりながら求めたものが焼き鳥とは素晴らしい。
私の食べるささみわさび焼きの匂いを嗅ぎつけてここまで来たに違いない。
けれどささみはさっき最後の一口を食べてしまったのだ。
だが、リスっぽいやつはまだいる。
こんなことで挫けてなるものか!
「ちょっと待ってて! 今、獲ってくるから!」
「ぁ……ち、……み……ぅ」
「あつあつがいいのね! 分かるわ! あなたこの世界の人間にしては才能あるじゃない!」
私は全力でリスっぽいものを追い掛け回し、泥だらけになりながら出来立てのささみわさび焼きを彼に差し出した。
彼が水を求めて私の元へやってきたことを知るのは、ホルルキの辛さに泣いた彼に水の入った袋を渡した後だった。
「なんだ、それならそうと早く言ってよー! っていうか水なら川が流れてるじゃない」
「言った……。んん、あの川の水は飲めません。上流の方で汚染されたのか、飲むと病気になるんです」
「そうなんだ。あ、敬語とか、いいよ? 私もこんなだし」
「む、そうか。いや、しかし助かった。この森で死ぬものだと……」
「あなたは何者? すごい格好だけど、こっちじゃみんなそういう格好なの?」
「俺は、五一八。奴隷だ。王都に運ばれる最中に荷馬車が襲われて、森に放り出された。何人かと一緒に逃げていたんだが、夜の間に獣に殺されたりして、俺一人になってしまった」
「奴隷」
おお、この世界には普通に奴隷がいるのだね。
しかも王都で売買されていると。
うーん、この人さっきささみわさび焼きを美味しそうに食べてくれたしなぁ。
「ねぇ、さっき食べたやつ、美味しかった?」
「あ、ああ、あれはなんだ? あんなものは見たことないし、初めて食べた」
目がキラキラ輝いとる!
よし、採用!
店員一号にしよう。
もともと王都に向かうつもりだったし、この人がいくらなのか分からないけど、ポーションとかいくつか売ったらなんとかなるでしょ。
「ふふふ、あれも美味しいけど、他にも色々美味しいものがあるのよ! ねぇ、私、あなたのこと買ってもいいかしら?」
「えっ?」
「私、トリキの錬金術師。あなたがさっき食べた“焼き鳥”を世界に広める使命を持っているの。あなたに、それの手伝いをしてもらいたいのよ」
「俺なんかでいいのか……?」
「もちろんよ! 一緒に理想の肉を探して、世界一の焼き鳥を作りましょう!」
「あぁ……よ、よろしく頼む……」
私、フローリア。
さっそく夢の第一歩、店員ゲットだぜ!
-{}@{}@{}-【MEMO】-{}@{}@{}-
「モンスターハンター」
カプコンから発売されているアクションゲームのシリーズ
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