トリキの錬金術師 〜元・アラサーOLは異世界で居酒屋営業目指します!〜

南雲 皋

第1章 もも串(タレ)と二国統一

第1話 錬金術師になった私、前世を思い出す

 記憶をなくし、森の中をさまよっていた私を助けてくれたのは、錬金術師のおじいちゃんだった。


 おじいちゃんはボロ雑巾みたいな私をお風呂に入れてくれて、綺麗な洋服を着せてくれて、美味しいご飯を食べさせてくれた。

 私はおじいちゃんになんのお礼も出来なかったから、せめてもと家事を覚え、おじいちゃんの身の回りの世話をした。


 おじいちゃんの部屋を掃除するようになり、錬金術師というものに興味を持ったのは、私がおじいちゃんの家で暮らし始めて一年くらいが経った頃だった。


 理解できなかった言葉も少しずつ理解できるようになって、読めなかった文字も少しずつ読めるようになった。

 私にフローリアと名付けてくれたおじいちゃんは、家族がいないらしかった。

 もはやその頃には実のおじいちゃんのように思っていた私は、錬金術でも役に立ちたいという一心で家中の本を読み漁った。


 その本の中にはおじいちゃんが書いた物もあって、そこで初めておじいちゃんの名前を知った。

 長々としたその名前は発音するのが難しく、必死になって名前を言おうとする私を見て、おじいちゃんは大いに笑った。


 錬金術師は、生まれ故郷であったり、功績であったり、自身の最も愛する物から名をもらうことが多いそうで。

 おじいちゃんは“スリャーナの錬金術師“というらしかった。

 スリャーナは、おじいちゃんが一番好きなデザートの名前だった。

 本を出すくらいの錬金術師なのにそれでいいのかと、今度は私が笑う番だった。



 それから十年。

 家中の本を読破して、時々おじいちゃんの多くない髪の毛をチリチリにしながら頑張った私は、錬金術師と名乗れるようになった。

 おじいちゃんが、認めてくれた。


 名を持つ錬金術師は、弟子を取ることができる。

 そしてその錬金術師が一人前であると認めれば、その者もまた、名を持つことが許されるのである。


 錬金術師になれたとおおはしゃぎで、部屋中と言わず家中を走り回った私は、階段で足を踏み外し、三階分くらいある螺旋階段を一気に転げ落ちた。


 そして、思い出した。


 私は、


 三十二歳、独身、彼氏なし。

 コロナ禍の中、任された案件で盛大にやらかした私は、ヤケ酒を煽ろうと愛するトリキ鳥〇族へ行った。


 GOTOEATキャンペーンを利用してポイントを荒稼ぎする『トリキの錬金術師』が増えているとSNSで話題になっていたが、私はそういうことをしてトリキに迷惑をかける輩が大嫌いだった。


 錬金術師を名乗るのならば、対価を支払うべきである。

 錬金術師の基本は等価交換。


 ポイント目当てに一品だけ注文して帰るだなんて、そんなの許せない!とクダを巻き、酔っ払って帰る最中に足を踏み外し、ビルの階段から落ちたのだ。


 今のように。


 え、私死んだの?

 トリキ帰りに?


 慌てて鏡を見に行くと、そこに映るのはもちろん私。

 けれど髪の色は金色だし、目の色は碧色だし、どこからどう見ても外国人。

 おじいちゃんの家で学んだ何もかも、日本、いや、Google先生に聞いても知らないことばかり。

 ここはどう考えても、異世界だ。


 うわぁぁぁぁぁ!

 転生ってやつか!?

 本屋さんのライトノベルの棚を埋め尽くすように並んでたあの異世界転生ってやつなのか!?


 私が!?

 異世界に!?

 しかもついさっき錬金術師にまでなっちゃって!?



「えええーーーーーー!?」


「うるさいのぉ……さっさと名乗る名を決めんかい」


「ちょっと待っておじいちゃん、今、必死に現実を受け入れてるところだから」


「なんじゃいきなり人が変わったように。む、フローリア、お主まさか記憶が戻ったのか?」


「え、えー、いや、記憶が戻ったといえば戻ったんだけど、戻りすぎちゃったというか、なんなら戻ってないというか……」


「言いたいことは簡潔に言う!」


「なんで森をさまよってたのかは思い出してないけど、この身体になる前の、前世の記憶を思い出しましたぁ!!」


「そうか、前世持ちだったのか」


「え、他にもいるの?」


「結構いるぞ、王都辺りだとこの世界にはない知識を齎してくれる者として王族に囲われたりしとるのぉ」



 言外に、お前は何ができるんだと言われている気がする。

 私にできること……ブラインドタッチと、Excel、Word、PhotoshopにIllustrator、あとVectorworksと……ってここにはパソコンがないっつーの!

 他にできることといえば、車の運転とソロキャンプくらい。


 いや、大事なことを忘れていた。


 だ。

 私には焼き鳥がある。


 あまりに仕事が立て込んでしまい会社に缶詰になりがちだった頃、トリキに行きたすぎて、焼き鳥が食べたすぎて、会社の喫煙所で焼き鳥を焼く術を身に付けたのだ。

 必死に思い出したトリキの味を再現するべく奮闘し、時にはオリジナリティも発揮しながら、最終的に社長も巻き込んで社員全員に焼き鳥を振舞ったのはいい思い出である。



「おじいちゃん! チーコック捌いていい!?」


「は? 別に構わんが、前世は料理人だったのか?」


「そこまでガチじゃないけどね!」


「が、がち?」


「本気のやつ!」



 私は庭にダッシュし、放し飼いになっているニワトリっぽいチーコックを素手で捕まえる。

 ははは、こっちの世界での私は地球の私とはひと味違うぜ!

 台所で首を絞め、慣れた手つきで羽根を毟る。

 あっという間に丸裸。



「もも肉ー、むね肉ー、ささみー、手羽ー、レバー、ハツー、砂肝ー、ぼんじりー、せせりー、ソリレスー、もみじー、な、ん、こ、つぅ」


「なんじゃその呪文は」


「鶏肉の部位」


「鶏肉のぶい」



 捌いた感じチーコックはニワトリとはちょっと違う感じだったけど、まぁお試しだからいいことにしよう。


 薪置き場から手頃な薪を一本手に持ち、寸断と研磨の印を刻んだ魔法陣を地面にガリガリと描く。

 そこに薪を置いて魔力を流すと、木の串が数百本できあがった。

 うーん、最高か。

 ビバ、錬金術。


 ふんふふんと鼻歌を歌いながら串に肉を刺し、それから網を作る。

 竈の上に網を置き、火を灯した。

 網にくっつかないように油を塗り、温まったら串をドーン!

 まずはむね肉から!

 ってあーーーしまったタレがない!

 仕方ないから塩で行くことにする。

 こっちではソールル。

 なんとなく似てるから面白い。


 じゅわじゅわといい音を立て始めるもも肉を、焦がさないように大切に焼いていく。

 塩を少し振りかけて、焼く、焼く。

 いい具合に肉汁が垂れてきて、表面がパリッとしたら仕上げの塩ひと振り、完成!



「召し上がれー!」


「見たことのない食べ方じゃな、チーコックの肉を焼くことはあるが、こんなに小さくして木に刺すとは」


「いいから食べて食べて! もも肉の焼き鳥、塩!」


「分かった分かった。どれ……はふっ、あつっ……ん、むむ、んんん、うまい」


「やったー!」



 私も食べてみる。

 うん、ちょっとなんか違うなーー、でも焼き鳥だなーー、美味いなーー、あああ美味しい、美味しいよぉ、他の転生者のみなさまは焼き鳥を食べないの?

 焼き鳥を広めないの?

 こんなに美味しい焼き鳥を?



「決めたよおじいちゃん!」


「んぐっ!?」


「私、トリキの錬金術師になる!」


「とりき……?」


「焼き鳥の錬金術師はちょっと恥ずかしいから……トリキならなんか……町の名前にもありそうじゃない?」


「まぁ、そうじゃなぁ」



 決めた。

 私はこの世界に焼き鳥を広める。

 あわよくば鳥〇族……はまずいかもしれないからトリキを出店し、チェーン展開し、願わくばライバル店なんかも出店してもらったりなんかして、鶏を品種改良してもらったりなんかして、美味しい焼き鳥を!求めていく!



「トリキの錬金術師の名を、世界中に轟かせるわっっっ!!」


「なんかワシの思う名の轟かせ方と違う気がする……」



 残りの肉も美味しく焼き上げながら、私は竈よりも熱い炎を瞳に燃やす。


 これは、異世界転生を果たし錬金術師になった私が、美味しい焼き鳥を求め、世界に焼き鳥旋風を巻き起こす物語である。





-{}@{}@{}-【MEMO】-{}@{}@{}-

「鳥貴族」

大阪・兵庫・東京を中心に展開する居酒屋

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