第93話 明日も晴れるようで④

 朝早くから動いたのに、いつの間にかもう夕方だ。

「早いねー」

「早い早い」

 アイネの呟きにすぐさま同意する。

 やることが多かった、というのもあるけれど、今日は本当にあっという間だった。

 けれど無事にすべての確認も準備も終わったので、明日に備えてゆっくりと休むだけだ。

「結婚って、思ったより大変だったね」

 そう言ってアイネはくすくすと笑う。

「確かに」

 最初に結婚する話をした時なんて、よく何も考えずに安易に言ったものだ。

 実際あの時すぐに結婚しようとしてこの一連の準備をすることになったとしたら、僕もアイネも途中で折れていたかもしれないな。

 そう考えると、順番とか、愛情を育む時間というものはすごく大切なことなんだなと思う。

 あの時大泣きしてくれたキューちゃんに感謝だね。


「イヅル」

「あ、アルベールさん」

 アイネの家へと帰宅途中、ばったり会ったのはアルベールさんだ。

 私服姿なので、今日は騎士の仕事はお休みの日かな。

 柄や装飾のないシンプルな服装なのに、顔面が眩しいほどのイケメンなので相変わらずキラキラしている。この辺境の街にもアルベールさんファンは多いらしい。

 顔良し性格良しだしね。わかる。

「お二人で、明日の式の確認ですか?」

「はい。今終わったところです」

 アルベールさんは、敬語で話す癖はずっと抜けなかった。

 呼び捨てでスムーズに呼んでもらえるようになっただけ進歩したとも言えるけど、自分よりずっと年上の人に敬語で話されると少しくすぐったい。

「兄貴、何で敬語で喋ってんの?」

 と、アルベールさんの側に見覚えのない人がいた。

 兄貴、と呼んでいるから、以前アルベールさんが話していた年の離れた弟妹……の、弟さんの方だろう。キラキラとした金髪がそっくりだ。

「お前は少し敬語を覚えろ」

「いてっ!」

 そして敬語ではないアルベールさんの貴重な姿を見れた。デコピン付きである。何をやっても美形は絵になるなあ。

「で、こいつは?」

「敬語!お前はもう」

「大丈夫ですよ」

 話し方はぶっきらぼうだけど、弟さんの声音にマイナスな要素は何も感じない。むしろ、はきはきしていて好ましいと思う。

 弟さんはアルベールさんより少しだけ背が低くて、けれど体はアルベールさん以上にがっしりしている。まあ僕から見ればどちらも背が高くてがっしり系なのだけれど。

 年が離れていると聞いていた通り、顔立ちは若い。聞いてみると、なんと同い年だった。

「まじか!オレ、こっちに移住してきたばっかなんだ。あ、名前。ヨハネ!よろしく。今日から友達な!」

 何というか、随分明るい人だ。同い年とわかるとすぐこうだった。

 アルベールさんが気を遣いすぎているから、この兄弟、もしかしたら足して二で割ったら丁度良い感じなのでは?と思ったら可笑しくて笑ってしまった。

 だってにこにこへらへらしている弟さんのことを、ハラハラした様子で見ているアルベールさん、二人の姿が面白すぎる。

「僕はイヅル。よろしくね、ヨハネさん」

「イヅル!良い名前だなー。さんとか要らねーから。あ、勿論敬語もな」

 言われてから、名乗る時敬語使っていないなあと気付いた。人懐っこい感じが、そうさせるのかな。

「うん、ヨハネ」

 握手をすると、勢い良くぶんぶんと振り回される。ヨハネは筋肉がすごいから、本当にびっくりな勢いだ。それをまたアルベールさんに叱られている。

 仲の良い兄弟だなあ。

 見たまま明るくて快活な感じで、ヨハネは陰キャ地味眼鏡と呼ばれてきた僕とは性格とかも全然違う気がする。

 けれど不思議と、とても仲良くなれそうな予感があった。

 振り回すスタイルの握手について、再びアルベールさんのお説教がはじまる。

 隣にいるアイネを見ると、そのばたばたしたやりとりを見て楽しそうに笑っていた。

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