エピローグ 手を繋いで一緒に

「行ってきます」

「行ってくるね」


「いってらっしゃーい!」

「お気をつけてー」

「なのです」


 精霊さんに見送られて、アイネと二人で家を出る。精霊さんたちは毎日とても元気だ。

 結婚式の後からアイネは僕の家で一緒に住んでいる。

 書類上も、きちんと妻という関係性になった、可愛いお嫁さんだ。

 お店は元々アイネが継ぐつもりでいたから、今は通いで働いている。

 僕も本格的にお店で働くことになって、仕入れとかそのあたりは少しずつ勉強中だけど、主な仕事は味付きポーションを作って売ることだからやっていることはこれまでと大して変わりはない。

 ただ、これまでのように自宅でポーションを作る回数は減った。お店にポーション作りの作業場を併設して、お店の仕事をしながら作って売っているからだ。

 自宅で作るポーションは売り物ではなく、基本的に精霊さんのリクエストで作るのがほとんどだ。あとは自分たちが飲む用に。なのでまあ、趣味時々実験といった感じだ。

 仕事でもポーションを作って、休みの日でもポーションを作って。趣味が仕事になったなあと思う。楽しいし美味しいし、みんなも美味しいと言ってくれるから、趣味としても仕事としても最高だ。

 それにノヴァ様が結婚のお祝いにと特別に実家の家族を結婚式に連れて来てくれた時、弟の遥都もポーションにめちゃくちゃ反応していた。その気持ちはよくわかる。異世界のポーション、テンション上がるよね。

 実家では飲んでもポーションは味はするけど効果は大して意味のないものだけど、こちらで飲むポーションは遥都たちが日本に住んでいるとしても栄養ドリンクくらいの効果はあるようだ。魔力もないしステータスも見れないから気持ちだけのもののようだけど、それでも遥都のはしゃぎようといったらすごかった。

 オレも異世界で生活してみたいなあ、と呟くほどだった。異世界気分を実家でも味わう為にと結構な量のポーションをお持ち帰りしている。

 ちなみに実家でオムライス味とかの食事系のポーションを飲むと、オムライスの味はするけど、食感はないらしい。オムライス味の飲み物という感じだと遥都が言っていた。勿論、満腹感も普通の飲み物と変わらない。

 効能と食感と満腹度は異世界仕様、ということみたいだね。


 家からお店までは少し距離があるけど、僕もアイネものんびりと散歩をするのが結構好きだ。だから苦になっていない。

 徒歩移動がアイネにとって負担になるようだったら引っ越しも検討していたけれど、杞憂に終わった。

「今日も良い天気ね」

「だねえ」

 ぽかぽかと暖かい陽気。実に平和だ。

 家から出てしばらくは、人気のない道を歩く。

 街に入れば誰かしらと会うけれど、それまでは二人きりだ。

 話をしながら歩く日もあれば、特に多くを話さないでのんびり景色を見ながら歩く日もある。

 どちらの日であっても、アイネと同じ速度で並んで歩くこの時間が、僕はとても好きだ。

「今日って、領主様の注文分のポーションを取りに来る日だっけ?」

 アイネの質問に頷く。

 僕が自宅にいる時間は減った。だから仕事先であるお店の方にポーションを取りに来てもらうことになったのだ。僕個人との取引というよりは、お店として扱うようになっている。

「そうだね。お店の方に来るよ。今月はアルベールさんだったかな」

「アルベールさんかあ」

「うん」

 多分だけど、お店に行ったらおめかしをしたキューちゃんがいる。アイネも恐らく同じことを思っているのだろう。

「流石にお父さんより年上は……どうなんだろう……」

「うーん……憧れなんじゃないかなあとは思うけどね」

 そう、騎士であるアルベールさんの容姿はキューちゃんの好みどストライクだ。そして中身もどストライクだったようで。何というか、本格的にアプローチをしはじめた。

 が、アルベールさんはまったく気付いていない様子で、完全に妹のような感じで接している。

 アルベールさんの弟であるヨハネはそういったことには気付いているようで、笑いながら見ていてキューちゃんが怒る、というやりとりが最近多い。

「ヨハネも面白がってキューちゃんをからかっちゃうからなあ」

「そうね。楽しそうではあるけど」

 くすくすとアイネが笑う。その時のことを思い出しているのだろう。

「ヨハネくんも、今日一緒に来るかな?」

「多分ね」

 ヨハネはよくお店に遊びに来る。

 休みの日に来るのも多いけど、まだ仕事中なのでは?という格好で訪れることもある。その時でも普通にお茶を飲んでお菓子を食べてへらへら笑って帰っていく。

 大丈夫なんだろうかといつも思うけど、ヨハネは要領が良く世渡りも上手のようで、何だかとても良い感じにやりくりしているようだ。すごいなあ。

「近いうちに壱弦の実家に行くってお話したら、ヨハネくん、付いてきたそうにしてたね?」

「あー……結婚式の時遥都とも仲良くなってたし、その後新婚旅行がてら実家に行ったのすごく羨ましがられたしね。でもそれは流石になあ」

 転移する時はまあ、二人でも三人でも労力は大して変わりはない。言葉も家の中だったら通じるようにノヴァ様が魔石に細工してくれているから、アイネのように日本語を覚えなくてもまあ何とかはなるだろう。だから精霊王であるノヴァ様が許可を出せば一緒に行けそうな気はするけど……。

「そのまま日本に住み着かれても困るし……」

「あはは」

 ヨハネにとっての異世界である日本は、好奇心旺盛なヨハネの心を掴んで離さなくなる可能性が大いにある。

 何というか、兄であるアルベールさんが胃を痛める未来しか想像することが出来ない。

「ふふ……毎日楽しいね」

「うん。本当に」

 大きな事件もなければ、チートもない、とても平凡なものに感じる人もいるだろう。まあ、実家が異世界というのは少し特殊かもしれないけれど。

 けれど僕はそれが良い。何でも出来なくてもいいし、誰もに好かれたり、尊敬されたりもしなくていい。大切な人が側にいて、会いに行けて、そうしてのんびりと日々を穏やかに過ごしていけたなら。


 街並みが見えてくる。いつもと変わらない、辺境の街だ。

 二人きりの静かな時間はそろそろ終わりだろう。

 隣を歩くアイネを見る。視線を感じたのか、アイネはすぐにこちらを見てふんわりと笑った。きっと僕も、同じように。

 いっそ死んでしまえたらと、どこかでぼんやりと思っていたかつての自分に伝えてあげたいなと思う。

 生きていれば何とかなるよって。

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