第72話 帰り道③

 ……精霊さん。近くにいる?


 心の中で呼び掛けてみる。

 通じるかはわからなかったけど、僕以外の人も同室にいる中で声に出して呼ぶのもちょっと迷ったから。

 精霊さんの姿は基本的に見えないし、だから声も聞こえない。


「なあにーイヅル」

「よんだ?」

「よびました?」


 ぴょこぴょこと精霊さんがどこからともなく出てきた。

 部屋の中、僕の目の前に出てきたけど、領主様も柚さんもまどかさんも、見えていないし声も聞こえていないようだ。

 そしてどうやら、声に出さなくても精霊さんには通じるらしい。このまま、聞きたいことを聞いてしまおう。


 精霊さん、元の世界に帰りたいって願ったら帰れるって本当?


「ほんとよー」

「精霊王様がそうしてねって」

「いつもはね、もっとせーしき?なてじゅんで」

「よくわかんないけど、どうにかするの」

「でも今回はね、心のなかでお話するの」

「ほんとにいいのねって」


 そっか。元の世界には、無事に帰れるの?


「んとねー」

「うーん」

「ケガはちょっとしてるけど」

「無茶しなければ命は無事よ」

「ケガなおしすぎちゃうとねー」

「つじつまがあわなくなるの」

「おこられちゃうー」


 怪我はしているけど、生きて帰れるんだね?


「そうなのー」

「あっ、でも記憶はなくなるよ!」

「記憶、こっちのね」

「異世界のきおくー」


 そうなんだね。教えてくれて、ありがとう。


「いいのよー」

「どういたしまして!」

「ましましてー」


 心の中での会話が終わると、精霊さんはぱっと消えた。

 また隠れて見守ってくれるという感じに戻ったのかな。呼んだら来てくれるということは、本当にすぐ側にいるのだろう。


 さてと。精霊さんからは確定情報は得られたわけだけど。

 それを伝えるには、精霊さんと交流があることは、バレてしまうんだろうな。

 柚さんとまどかさんは元の世界に帰るだろうし、いいけど。……いや、でも領主様なら、悪いようにはしないかな。多分色々なことを見逃してくれている気がするし。

 ……うん。話そう。


「柚さん」

 声を掛ける。柚さんは不安でたまらないといった表情をしていて、まどかさんはその様子をとても心配そうにしている。

 帰りたいのなら、帰れるのなら、きっと帰った方が良い。

「怪我はしているかもしれないけど、生きて帰れるよ。この異世界の記憶は、なくなるみたいだけど」

「……え?」

「ど、どうして……そう言い切れるの……?」

 ぽかんとしたまどかさんと、戸惑い困惑した柚さんの反応。領主様は黙ったまま、じっと僕を見ていた。

「たった今、精霊さんに聞いたから」

 言い切った理由を告げる。二人はすぐには言葉が出てこないみたいで驚いたように固まっているけど、領主様はあまり驚いた様子もなく、穏やかな目をしている。

「……今、ここに精霊様がいたのかい?」

「はい」

 領主様の問いに頷く。

 ようやく状況を飲み込めてきたらしいまどかさんは、きょろきょろと室内を見回した。

「壱弦くん。精霊って、見えないんじゃないの?いるの?」

「いたよ。お話が終わったから、この部屋にはもういなくなったけど」

「そうなんだ。全然気付かなかった」

 まどかさんは少し残念そうに呟く。まあ、いるなら見てみたいよね。精霊さんっていう不思議な存在。異世界特有だし。


「もしやとは思ったが……イヅルくん。君は精霊様の愛し子か、もしくは加護をいただいているね?」

 領主様の確信を抱いた言葉に、頷く。

「はい」

「やはりか」

 両方です。とは、今言わなくていいだろう。片方だけでもバレたらやばそうだったし。

「どうして、領主様はそう思われたんですか?」

「……精霊様の愛し子や加護の記録は少ない。だが君をはじめて見た時、まわりの空気が和らいだように感じた。数百年前の加護持ちの人間がそうだったという。それに、君がこの街に来てから厄介な魔物は激減した。作物の実りも良いし、犯罪も減っている」

「そうだったんですね……」

 まあそれでも、決定打はなかったから見守ってくれていた、ということかな。

 領主様は穏やかに微笑んだ。それは疑問が解決した満足感からかもしれないし、僕の今後の懸念を心配ないのだと安心させる為のものかもしれない。少なくとも領主様が悪い人ではないと思っている僕は、その柔らかな笑顔で少し安堵した。

「警戒しないでいてくれていい。精霊様に愛されている人間に害をなすなんて、愚かなことだからね。望むように、穏やかに暮らしてくれるのが最適だ。うちの国の陛下も同じ考えだから、そこは安心してくれ」

「そうですか……良かったです」

 ほっと息を吐く。

 誰だって、精霊さんの怒りには触れたくないだろう。この世界の人たちにとって、精霊さんは目に見えなくてもその存在は信じられているし、敬われているから。

「イヅルくんの存在は伏せて、先程の元の世界へ帰る時の話を隣国にも伝えて良いかい?古い文献だったり、理由はどうにかする」

「はい。きっと、帰りたい人もいるでしょうから」

 生きて帰れるとわかれば、安心して帰る人もいるだろう。僕は、……家族には、会いたいとは思うけれど。

 今じゃなくても、いつかでも。元気でいることは伝えたいし、元気でいてほしいと願っている。

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