第73話 帰り道④
柚さんとまどかさんは、もう少しこの世界を歩き回ってみたいそうだ。
いつかは帰るけど、今ではない。帰れるとわかったから、観光気分で楽しむようだ。
領主様邸でしばらく働いて貯蓄も出来たから、近いうちにこの辺境の街を出発して、別の場所へ行ってみるらしい。
この異世界の記憶は消える。
それでもいつか二人が元の世界に帰った時、ほんの僅かな夢のような感覚でも、ここであったことの何かは二人の中に残るのだろうか。
領主様邸を出て、のんびり歩きながら今日あったことを考える。
元の世界に帰りたくなったら、精霊さんに向けて心の中で願えば帰れるということ。
怪我はしているけれど、命は無事の状態だということ。
ただし、この異世界にいた記憶はなくなるということ。
「……あれ……?」
元の世界にいた頃、精霊さんの存在は見たことはない。聞いたこともあまりない。お伽話のような存在で、日本で言うのならむしろ、神様の方が身近だった。勿論、見たことはないけれど。
けれど精霊さんは、あちらの世界にも少なからず干渉出来る……ということだよね?それがどの程度のものかはわからないけれど。
辻褄を合わせないと怒られる、と言っていた。それは、精霊王様に?それとも元の世界の、もっと別の存在……?
いや、わからないことを考えるのはやめよう。
手紙か、電話か……何かしらの形で、いつか家族と連絡を取ることは可能だろうか。
そのことを、考えてみよう。
帰りに、お店に寄る。
「こんにちは」
「こんにちは、イヅル」
お店にはいつも通り、アイネがいた。
お馴染みの緩めの三つ編みに、分厚い眼鏡姿。妖精とは話はついたけど、もうこの格好が落ち着くようだ。
でも気を張らなくて良くなったぶん、笑顔は増えた気がする。
「柚さんから、これ。ペンダント出来たって」
「わあ、ありがとう」
柚さんは小さな箱にペンダントを入れて、丁寧に包装してくれた。
とはいえ、アイネは中身がとても気になるようで、すぐに開けたそうにしている。こういうのって目の前で開けられるの、結構恥ずかしいよね。
僕は入っているペンダントがどういうものか知っているのに、アイネの反応が気になってそわそわしてしまう。
早速開封したアイネは、とても嬉しそうに笑った。どうやら、好みどストライクのようだ。
「ありがとう、イヅル。これ、ずっとつけるね」
「どういたしまして」
妖精から守る、という当初の目的からは外れたものの、結界魔法は役に立つ。気に入ってくれたなら嬉しいし、使ってもらえたらもっと嬉しい。
いつも通り、お客さんがいないうちはお茶を飲んだりお菓子を食べたりしながらまったり話す。
今日領主様邸であったことと、それから妖精の女王が名前で呼んでほしいと言っていたこと。あとはスライムの触り心地がやばいこととか。
「リディちゃん。可愛い名前だね」
「うん。ホットケーキも美味しそうに食べてたし、やっぱり甘いものは好きみたいだね」
「そうなのね。それならまた、お菓子作ろうかな」
今日もアイネは、とても可愛い。
いつか僕の家族と連絡が取れたなら、可愛い恋人が出来たってすぐに話すのに。そうしたら僕に対する心配も、少しは和らぐだろうか。
そうなれたら良いと思う。
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