第71話 帰り道②
コンコン、とドアがノックされる。
領主様が入室許可を出すと、入ってきたのは柚さんとまどかさんだった。
柚さんは作業着を着ている。……その格好で領主様の前に出てきて大丈夫なんだろうか。
まどかさんは戦うメイドとして仕事中なので、他のメイドさんと同じクラシカルなメイド服を着ている。
領主様は、執事さんは部屋に残したけど他のメイドさんは紅茶をいれてから席を外させた。
「久しぶりね」
そう声を発したのは、まどかさんだ。柚さんはぺこりと頭を下げる。
「うん。まどかさん、メイド服似合ってるね」
「そうでしょう。このスカートの下とかにめっちゃ暗器隠してるけどね」
自慢げにまどかさんはそう話す。
流石スキル暗殺者。怖い。
「あのね、壱弦くん。これアイネちゃんに頼まれてたもの……出来たから持ってきたの。急ぎじゃなくなったって聞いたから、そこから結構こだわって作っちゃって……遅くなったけど」
柚さんは手のひらに乗るほどの小さな箱を差し出した。
この中に、依頼していた魔石の細工品が入っているのだろう。
「ありがとう」
「一応、中確認してみて。それで大丈夫そうならプレゼント用に包装するし、気になるところがあれば直すから……」
「うん、わかった。それなら、ちょっと確認する」
細工の依頼をしたのはアイネだけど、一応これは僕からのプレゼント品だ。どうやら柚さんはそれで気を遣ってくれたようだ。
箱を開けて、中を見てみる。
小ぶりで透明だった魔石は磨かれて、きらきらしている。魔石は形を少し整えた程度で、大きく弄りはしなかったようだ。元々の魔石が完成されたように綺麗なものだったから、それを活かしてくれたのかな。
その魔石を中心に、バラを模した細工がしてある。つるバラ、というものかな。バラの花だけではなく、葉なども丁寧に作られている。すべて銀一色で仕上げられていて、シンプルながら可愛らしい細工だ。
とても細かく作られているのに、サイズが小さい。アイネによく似合いそうだ。
「とても可愛いと思う。ありがとう、柚さん」
これならきっと、アイネも気に入ると感じた。
「よ、良かった……。あっ、あとこのチェーン、細いけど壊れにくいし、落下防止の付与もしてあるから安心してね」
「助かるよ」
一応、妖精との交渉は上手くいったから、この結界の魔法が入ったペンダントも以前ほどは重要なものではないけれど、備えあれば憂いなしだ。妖精以外からも守ってくれるしね。
支払いも済ませて、後で包装もしてもらって、今日持って帰ることにした。帰りにアイネのお店に寄って行こう。
「それで、もう一つの大事な話だ」
領主様の言葉に、空気が少しぴりっとする。
「君たちを召喚した隣国なんだがね、信用出来る人物と内密に連絡を取っている。それでどうやら、元の世界へと帰る手掛かりを得たらしい」
「そうなんですか?」
「ああ」
柚さんとまどかさんは、既に領主様からその話を聞いていたのだろう。動揺した様子がない。
一緒に召喚されたクラスメイトのうち、どれほどかはわからないけれど、あの国に残って元の世界へと帰る手立てを探しているとは言っていた。けれどこんなに早く見つかるものなのか。
僕もそのうちいつかどうにかしようかなとは思っていたけど、まったく手を付けていなかった。
結構みんな、元の世界に帰りたかったのかな。
「その方法なんだがね。なんでも、精霊様に帰りたいと願うらしい」
「……せいれい、さまに、ですか」
精霊さんですか。
いや、でもまあそうか。当然か。この世界に来るにあたって、精霊さんが必ず対応するようなことを以前言っていた。ということは、帰り道だってそうだろう。一方通行ではないのなら、必然、そうなる。
「それで実際、何人か消えたようだ。……だが正直なところ、その子たちが本当に元の世界に帰れたかどうかは我々に確かめる術がない。だから、手掛かり、と言っている」
なるほど。確かに何の前触れもなくいなくなってしまったら、それが本当に元の世界に帰ったのか、あるいは出て行くなり連れ去られるなりしたのか、わからない。
「壱弦くんは、覚えてる?わたしたちがここに召喚される前のこと……」
不安げにぽつりと呟いたのは柚さんだ。少し震えている。
召喚される前のことは、僕はよく覚えていない。
召喚されてから、クラスメイトの誰かが飛行機が墜落したと言っている言葉を聞いて、そうなのかと思ったくらいだ。
「僕はあまり……飛行機に乗っていたところまでしか、記憶にないよ」
「あたしもそう」
僕の言葉に、まどかさんも同意する。
「でも、柚は違うんだって」
「そうなの?」
僕が柚さんに問い掛けると、彼女は泣きそうに表情を歪めた。この時点でもう、あまり良い記憶ではないことは明白だ。
「……こ、細かく……全部は、覚えていないの」
震える声で、柚さんが少しずつ話しはじめる。領主様もまどかさんも言葉を発することはなく、僕と同じように柚さんの言葉を待つ。
「……急に飛行機がすごく揺れて、怖くて……そこからはあんまり覚えていないけど、怖くて、怖くて……痛かった、気もするの。だから元の世界に戻った時、……ううん、そもそも……戻れるのかな?わたし、生きている状態で……」
柚さんのか細い声が、しんとした部屋に響いた。重い空気に、息苦しくなる。
……飛行機の事故の場合、それがもし墜落という形になってしまったのなら、一般的に考えて……助からないことの方が、多いだろう。
勿論、どこにどう落ちたかにもよるだろうけれど。
とても飛行機が揺れたにしても、どうにかどこかに無事に着陸出来ていれば助かっているかもしれない。けれど、だとしたら、こんなに震えるほどの記憶だろうか。
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