第49話 音を立てて、動き出す⑥

 マルシェはとにかく人が多くて大変だけど、本当に多種多様なお店が出ていて楽しい。

 新鮮な野菜や果物は勿論、美味しそうなパンやお菓子、珍しい薬草や花。どこを見て何を買うか、迷い出したらキリがない。

 あとは冊数は少なかったけど、本屋さんも来ていた。

 この国ではない言語で書かれた小説や、魔法理論、料理の本などに僕もアイネも時間を忘れて夢中になった。

 こんなお祭り騒ぎが月に一回あるとなると、それはもう楽しすぎて、また来たくなる。


 そうだ。例の魔石の件、今日聞いてしまった方が良いかな。

「アイネ」

「なに?」

「結界の魔法が入った魔石があって、それをアイネが普段持ち歩けるように加工してもらおうかなと思っていたんだけど、マルシェにそういうお店ってあるかな?アイネの好みの形にしてもらえたら、嬉しいんだけど」

 普段の辺境の街にも、細工師はいるしお店もある。

 けれどマルシェには色々なところから来ているらしいし、こちらでも探してみた方がアイネの好みのものが見つかるかもしれない。

「……持ち歩いて、使えるタイプの結界魔法の魔石、なの?」

「そうだよ」

 頷くと、アイネは驚いたようだった。

 今アイネが家で使っている結界魔法の魔石は、浴室なら浴室だけ、寝室なら寝室だけ、と範囲内を結界で包むものだ。

 範囲内で使うものだからコストが高いし、持ち歩けるようなものでもない。

 これが一般的なものだし、元々貴重な結界魔法の魔石だから、それ以外は滅多に手に入るものではないだろう。

 僕が入れた結界魔法は範囲内を包むものではなく、アイネ自身を包むように流動的に結界を常時張るものだから、範囲が狭い分だけコストが抑えられる。

 だから持ち歩けるほど小さくても長持ちするはずだし、魔法がなくなりかけたら僕がまた魔法を入れれば良い。それに想定以上に容量が大きい魔石だったから、魔法の補充だってたまにで良さそうなほどだ。

 結界魔法の魔石を持ち歩けるようになれば、何かの拍子に眼鏡が外れてしまっても安心だ。常時守ってくれるから不測の事態があっても妖精には見つからないし、何なら眼鏡を外して外を歩き回っても平気だ。

 石を収納バッグから取り出して、アイネに見せる。

 これを鑑定されるのはかなり恥ずかしいけど。


「……ありがとう。イヅル」

 しばらく魔石を見つめた後、アイネは嬉しそうに笑った。

「どういたしまして。まだ途中だけどね」

 相変わらず、アイネの笑顔はとても可愛い。

「さっき串焼きを食べてる時に通りがかったお店、可愛いものが並んでたの。そこに戻って見てみてもいい?」

「うん。行こう」




 お昼を過ぎると、人混みも随分落ち着いてきた。

 生鮮食品を取り扱っているところや、人気のあるお店などは、午前中で売り切れて店じまいをしてしまうこともあるらしい。その為、朝の早いうちが一番混むようだ。

 今はまだ一時を過ぎたところだけど、もう終わったお店もちらほら見掛ける。

 アイネの話だと二時三時頃には、もうほとんどのお店が撤退するようだ。


「あった。このお店」

 アイネが見たいと言ったお店は、まだやっていた。見ると、花をモチーフにしたアクセサリーをメインに売っているお店のようだ。

 シンプルな作りで、可愛らしいものが多い。若年層向けらしく、ペンダントは革紐になっていたり、装飾の少ないミサンガだったり、結構安価な品揃えが多い。

 花の細工は随分凝っているものもあって、そちらは少し値が張るけど、それでも子供でも十分手の届く範囲だ。

 結構細かいところまで作りこまれているから、腕の良い細工師なんだろうな。

 以前アイネにプレゼントした髪飾りは本物の花そっくりだったけど、こちらは本物感を出しているものもあれば、上手くデフォルメしているものもある、という感じだ。同じ花モチーフの細工でも、やっぱり細工師によって印象はだいぶ変わるものなんだなあ。

 花をモチーフにするのは、女の子に人気だからだろうか。アイネも好きなようだし。


「月立くん……?」

「え?」

 随分久しぶりに呼ばれたそれは、僕の苗字だ。

 驚いて顔を上げると、同じように驚いた顔をしている黒髪の女の子と目が合った。

 肩くらいまでに伸びた髪に、黒縁の眼鏡。やさしい、というよりは気弱そうな顔をした日本人。

「ええ、と…………みさか、さん?」

 そうだ、三坂さん。三つの坂、という漢字の三坂さんだ。同じクラスにいて、同じく異世界に召喚されたうちの一人の。

「イヅル、知り合い?」

 アイネがきょとんとした顔で問い掛けてくる。知り合い、といえばそうだけど、どう表現したらいいものか。

「そう、だね」

 ひとまず知り合いではあるので頷いたものの、人の目があるところで元の世界の話をするのは良くない……と思う。どうしよう。

 というか、三坂さん以外もいるのだろうか?あの国ではなく、ここに。

 三坂さんもどうしたら良いものか悩んでいるのか、何度か口を開くものの声は出ない。かなり困っているようだ。

「イヅル。と……ミサカ、さん?話があるなら、お店を閉めた後に会えない?」

「……あ、はい、あの、是非っ……」

 アイネの提案に、三坂さんは壊れた人形のようにこくこくと忙しなく頷いた。

 それから待ち合わせ場所を決めて、三坂さんがお店を閉める予定だったという二時頃に落ち合うこととなった。

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