第48話 音を立てて、動き出す⑤
そしてアイネとのデートの日。
いつも行っているアイネのいるお店へと迎えに行くと、キューちゃんがいた。とても自慢気な表情をしている。
「イヅ兄、あたしとママの渾身の出来映えを見て!」
どうやらアイネの本日の身なりは、ママさんとキューちゃんの二人掛かりで整えたらしい。家族仲が良くて何よりだ。
「可愛く出来たのよ〜アイネちゃんはいつも可愛いけれどねえ」
「朝から疲れた……」
うきうきしたママさんに連れてこられたアイネは、二人と違ってげんなりしていた。……お疲れさまだなあ。
眼鏡は都合上外せないからそのままだけど、他は普段のアイネとは全然違っていた。
三つ編みにしている白金の髪は丁寧に整えられていて、結ばずに下ろしてある。元々は柔らかい髪質なのか、ふわふわしていた。
いつも綺麗な肌は今日はほんのりと赤みを帯びていて、どうやらお化粧もされているようだ。
服も余所行きのもので、水色のワンピースに白い上着を羽織っている。
いつも可愛いけど、今日は今日で可愛い。
つい見惚れて黙ってしまっていた。
「アイネはいつも可愛いけど、今日もすごく可愛い。似合ってるよ」
思ったことや感じたことは、ちゃんと言葉にして伝えないといけないね。恥ずかしいけど、言わないとわからないこともあるから。
「……ありがとう」
珍しく照れたようなアイネが見られて、嬉しくなる。
僕の恋人さんは、今日もとても可愛い。
ママさんとキューちゃんに見送られて、アイネと街の中心部の方へと歩き出す。
「イヅルはまだマルシェに行ったことはないよね?」
「マルシェ?」
「うん。月に一回、中心部の広場とか公園でやるの」
ゆっくり歩きながら、アイネが教えてくれる。
マルシェというものは、色々なところから様々なものが持ち込まれて、たくさんのこの日限りのお店が出るそうだ。食べ物からそれぞれの地域の名産品や工芸品など、普段は辺境の街には売っていないものがたくさん見て買えるとのこと。フリーマーケットのようなものだろうか。
だから今日、アイネにお休みをくれたのかな。
いつもよりも出歩いている人が多いと感じる。
「色んなものが売ってるから、イヅルも楽しいと思うよ。私はお店の手伝いがあるから毎回は来れないけど、来た時には食べ歩きをするわ」
「それは楽しみだ」
この異世界の食事、美味しいからなあ。きっと普段は食べれないものもいっぱいあるだろう。
街の中心部の広場まで来ると、お店も人もすごい。
はぐれないように手を繋いで、ひとまずは端から見て歩くことにする。
そこかしこから良い匂いがするけれど、流石にそれらすべてを食べることは不可能だから、何をどのくらい選んで食べるかは非常に悩むところだ。朝食はいつも通り食べてきたのに、匂いだけでお腹が空いてきそうなほど、魅力的なお店ばかり。
「イヅル、あそこのお店」
手を引かれて、アイネに案内される。
「ここの、毎回同じ場所に出てるお店なんだけど、すごく美味しいの」
お祭りで見掛ける、甘い匂いのお菓子。細長い形をしているそれは、某テーマパークに家族で行った時に、確か買って食べたなあ。
「チュロス?」
「そう」
一応、こちらでも同じものかわからなかったから聞いてみたけど、同じ名前なら恐らく同じものだろう。
「食べる?」
「うん、折角だし。アイネが美味しいって言うのなら、間違いないだろうしね」
何と言ってもアイネは食べることが好きすぎて、料理スキルを極めている。そのアイネのお墨付きなら、それはもう是非とも食べたい。
「私はプレーン」
「じゃあ、僕はチョコ味にしようかな」
二人分買って、早速近くで食べる。買ってすぐにその場で食べる、というのも醍醐味だよね。受け取ったチュロスはまだ温かい。
一口食べると、ほんのり甘い味が広がるし、さくっとしていて美味しい。これはすぐにぺろっと一個食べきれてしまうな。
「プレーンも味見する?」
「いいの?」
「うん。チョコも一口欲しいな」
「じゃあ交換しようか」
お互いの食べかけを交換して、一口食べる。
プレーンの方はシナモンがきいてる。これはこれで美味しい。確かに、また来月も食べたくなる。
「ふふ、二つの味食べれて嬉しい」
アイネはとても満足しているようだ。
そしてしっかり食べてから、これは間接キスだったのでは?と気付いたけど、次のお店で食べたクレープも、その次のお店で飲んだジュースも結局お互いのものを味見していったから、照れたのは最初だけだった。
慣れってすごいな。
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