第50話 透明な傷を塞いで①

 三坂柚。クラスメイトだけど、話したことはない。

 小中学校は違うから高校に入ってはじめて知り、同じクラスだから名前と顔くらいは知っている、というほどの薄い繋がりだ。三坂さんからしても、そうだと思う。

 三坂さんは女子の中でも大人しい方の人で、恐らく僕以外にも話したことのないクラスメイトはいただろう。仲の良い女の子が一人いて、学校ではその子とずっと一緒にいたと思う。

 召喚された時、確かスキルは細工師だった。戦闘系のスキルではないクラスメイトは、全員ではないけれど何となく覚えている。魔王を倒すという名目で召喚されて、そうではないスキルの人もいるんだなあと思ったからだ。


 一応三坂さんとの合流前に、そのことはアイネに話した。僕と同じ召喚されてここに来たということは先に知っていた方が、この後の話し合いもスムーズになるだろう。

 待ち合わせ場所に指定したのは少しレトロな喫茶店で、そこにある個室を案内してもらった。

 アイネはよくここで本を読むらしいから、その縁で個室を案内してもらえた。常連の人以外は、あまり個室には通さないらしい。


 約束の二時より少し早く、三坂さんは到着した。おずおず、といった感じでこちらを見てくる。

「お待たせしました。あの、……もう一人いるんですけど、入っても大丈夫ですか……?」

「どうぞ」

 僕が返事をするより先に、アイネがそう伝える。

 三坂さんの後に続いて個室に入ってきたのは、やっぱりクラスメイトだった。

 おどおどして落ち着かない様子の三坂さんとは違い、ぱっちりと開いた目はしっかりこちらを見ている。ポニーテールで、女の子の中では背が高い。三坂さんと仲が良い子だ。名前はそうだ、遠野さん。

 結構はきはきとした物言いをする子で、それでも僕は関わることがなかったから、話したことはほとんどなかった。ほんの数えるほど、連絡事項を話したことがあるくらいだ。

 遠野さんのスキルが何だったのかはよく覚えていない。

「月立くんはこんにちは。隣の子ははじめまして、遠野まどかよ」

「あ、改めて……わたし、三坂柚、です。まどかちゃんとは友達で……」

「それより月立くん、無事なのね?幽霊じゃないのよね?」

 遠野さんが三坂さんの話を遮ってまで、僕に疑問を投げかける。表情は真剣そのものだ。

「うん、無事だけど……」

 何だろう、この反応。

 同じクラスにいた頃は、性別の違いもあって二人ともほぼ関わりはない。だからこんな風に真っ直ぐに強い目力で見られたことは皆無だ。

 僕が召喚された後に鑑定されて、無能だと言われて追放された時も、誰も何も言わなかった。そのくらい、どうでもいい存在のような反応だったはずだけど。

 ああ、まあ、追放される時は僕の幼なじみから文句みたいなものはあったけど、それだけだったはずだ。

「月立くんが追放される時、怖くて何も言えなかった。だから今になって何か言っても、信用してもらえないと思うけど……月立くんを護衛していった騎士の人たちが誰一人帰ってこなかったから、みんな死んだんじゃないかって噂してたのよ」

「ああ……」

 騎士さんは、そうだね。僕を護衛して隣国まで送り届けてくれた後は、辺境の街の領主様のところにいたから。

 自主的にとはいえ牢屋の中にいたから家族などに手紙も出していないだろうし、音信不通のまま戻ってこなければ最悪の想像をするのは当然か。

「ねえ」

 アイネが挙手をする。

「とりあえず座って、飲み物頼もっか?」

 ……確かに。長くなりそうだし、その方が良いだろう。

 三坂さんと遠野さんも席に座り、まずは各々飲み物を注文した。


 微妙に中途半端なところで話は途切れたものの、店員さんが飲み物を持ってきたらまた中断することになる。だから何となく、さっきまでの話はまだ誰も蒸し返さなかった。

 飲み物を待つ間、簡単に自己紹介をし直してからは、初対面であるアイネに三坂さんと遠野さんは興味津々のようだ。

「アイネさんはこっちの人なの?」

「うん。生まれも育ちもこの街」

「そうなんだー眼鏡めっちゃ分厚いね」

 それにしても、遠野さんのコミュ力がすごい。人見知りはしないタイプのようだ。

「ズレたり、大変そう……わたしと同じで目が悪いの?」

「そんなところ」

 意外なのは、三坂さんも控えめながら会話に参戦していることだ。

 つくづく、女の子ってすごいなあと思う。仲良くなるのが異様に早い。

「ねえねえ、ケーキも美味しいの?このお店」

「美味しいよ」

「頼もうよ!どれにする?柚」

「えっと……どうしよう……」

「お勧めはこれ」

 こうなると僕はもう空気である。

 ああ、でもケーキは僕も食べようかな。アイネが美味しいと言うのならここのは確実にとても美味しいケーキのはず。

 横に座るアイネを見ると、眼鏡でわかりにくいけど、今はメニューを見て随分難しい顔をしている。どれを食べるか悩んでいるんだろうなあ。

「アイネ、好きなの二個頼んでいいよ」

「いいの?」

「うん。僕も食べたいし、半分こしよう」

「ありがとう!」

 アイネはぱっと笑顔になる。まるで花が咲いたような、満面の笑顔だ。相変わらず可愛くて、僕の表情も緩む。

「あのー……お二人は付き合っていらっしゃるので?」

 遠野さんが急に敬語になった。何故。

「うん。そのうち結婚するの」

 そしてアイネ、随分すっ飛ばして言ったね。

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