第15話 思い立ったが吉日だよね②

 テーブルにポーションを一本ずつ出し終わった頃、奥からひょっこりアイネさんが姿を現した。

 今日も先日と同じように三つ編みにしていて、瓶底眼鏡をしている。頭のてっぺんから垂直に、ピーンと白金の髪が一房立っていて、なんとも前衛的な寝癖がついていた。相変わらず可愛らしくてほんのりする。

 彼女の視線は既にポーションに釘付けだ。こうかはばつぐんのようだ。

「うわあ、ポーションいっぱい……こんにちは、イヅル」

「こんにちは、アイネさん」

 ふにゃりと力の抜けたらような笑顔。寝起きかな?

「キューちゃんに今叩き起こされて……」

「キューちゃん?」

 可愛らしい愛称のようなものが聞こえた。

「ちょっ、名前で呼ばないでっていつも言ってるでしょ!!」

 なんだか眠そうなアイネさんに対して、妹さんはとても元気だ。

「妹さんは、キューさんっていうお名前なんですか?」

 今後もこのお店とは付き合いがあるだろうし、軽い気持ちで聞いたんだけど、妹さんにものすごい形相で睨まれた。え、これ地雷的なやつかな。

「な、名前なんてどうだって……」

「キューちゃんは、キュートちゃんって名前なの。可愛いでしょう?」

 カリカリしている妹さんの言葉を遮って放たれたアイネさんの言葉に、妹さんは一度ぽかんとしてから、徐々にゆでだこのように真っ赤になる。

「言わないでって、いつも言ってるでしょー!!」

 妹さんはぽかぽかとアイネさんを何回も叩いて抗議しているけど、力はまったく入っていないようで、アイネさんは痛くもなんともなさそうだ。姉妹の戯れ……いや、恐らく妹さんにとっては切実な問題なのだろうけど、アイネさんにはまったく通じていないようだ。

「キュートさんっていうんですね」

「そうなの。名前のとおり、とっても可愛いでしょ?」

 アイネさんは心の底からそう思っているのだろう。悪気一切なしの本気だからこそ、妹さんは強く出れずにいる。

「うん、とても可愛いと思う」

「やめてええええ!!」

 妹さんの必死な叫びは、恐らくアイネさんには効果なしだ。

 それにしても、キュート……cute、現代日本でいうキラキラネームみたいなものなのかな。まあ名乗る時に、キュート(かわいい)です!なんて自分で言うのはちょっと恥ずかしいか。わからないでもない。

「うっ……う……せめてキューって呼んでください……お願いします……」

 妹さんのライフはほぼゼロだ。テーブルに突っ伏しながら生まれたての子鹿のようにふるふると震えている。

「キューちゃんは名前のとおり、とっても可愛いよ。世界一だよ」

 アイネさんは妹さんの頭を撫で撫でしながらそう話すけど、何ならトドメである。


「じゃあ、キューちゃんって呼ばせてもらうね。あと、今日はポーションの買い取りをお願いしたくて来ていたんだけど……」

 あんまりにも不憫なので、ちょっとあからさまだけど話を逸らしてあげる。

 するとアイネさんの興味関心はすぐにポーションに移ったので、名前の話はこれで打ち切りだ。

「イヅ兄……!ありがとう……ありがとう……!」

 感極まれり、といった様子でキューちゃんから見られる。

 この子、本当に苦労しているんだなあ……と思った。

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