第16話 思い立ったが吉日だよね③
持ち込んだポーションをアイネさんが鑑定している間、鑑定スキルを持っていないキューちゃんに僕の口からポーションの味と品質を伝える。
キューちゃん本人にとっては死活問題かもしれないけど、名前騒動のおかげですぐに打ち解けることが出来た。キラキラネーム様様だね。
「この間のパンケーキの、美味しかった。イヅ兄が作ってたんだね。あれ冒険者の人たちにも好評で、すぐ売り切れてたよ」
「そうなの?」
「うん。出先……森とか、あとは街から街への移動の時とか、長距離長時間の時に重宝するみたい。あんまり大きい荷物持って行けないから、携帯食になっちゃうでしょ。あれ、飽きるし」
「なるほど」
確かに、いつも街で宿に泊まれるわけじゃないからね。僕も持って行けるの便利だなあと思っていたけど、そういう需要もあるようで安心した。
先日持ってきたパンケーキは主食とは言い難いけど、出先であのふかふか感を味わえるとなると、普通のポーションより少し割高でも買うんだね。
「それなら、今回はたまごサンドとキーマカレーがあるから、もっと喜ばれるかな」
「まず間違いなく。っていうかコレ、どうやって作ってるの?あ、秘伝なら黙秘で勿論良いんだけど気になって。見た目はどう見ても普通のポーションなのに、何で食感まであるのか不思議すぎて。何でも作れるの?」
「ううん。秘伝じゃないからいいよ。何でもは作れないんだ。食べたことがあって、味とか食感とかを鮮明に思い浮かべないと作れないみたいだ」
「そうなんだ。ねえ、アップルパイ味飲んでみていい?」
「勿論どうぞ」
味がついての付加価値二割増しの買取価格だったから、やっぱり試飲はしてもらわないとだよね。美味しくなかったら味がついている意味がないし、僕の作るポーションは効能は普通だから。
キューちゃんは小さいコップを持ってきて、本場アップルパイ味のポーションを注ぐ。
ちなみに持ってきたポーションのうち味なしポーション以外は既にアイネさんが試飲済みなので、もれなく開栓されている。
そのアイネさんはといえば、パンケーキのチョコレートソースがけ〜バナナを添えて〜味がどうやら気に入ったらしい。既に空になりそうだ。リクエストしていたうちの味の一つだから、やっぱり好きなんだろうな。
相変わらずの分厚い眼鏡で目は見えないけど、口元はゆるゆると幸せそうに緩んでいて、見ていると嬉しくなってくる。
「!美味しい!このアップルパイ!」
「本当?良かった」
キューちゃんの目がキラキラと輝いている。すごいな、美少女は笑うともっと美少女になるんだなあ。
「あたし、アップルパイがめちゃくちゃ好きなの!これ自分用にも買おうかな」
ん?アップルパイは確かママさんのリクエストだったけど……ああ、もしかしてこの間来た時はキューちゃんいなかったから、ママさんがリクエストしていたのかな。
「キューちゃん。ちなみになんだけど、ママさんの好物って何?」
「んー色々あるけど、一番好きなのはたぶんラタトゥイユかな?お姉ちゃんが作ったやつ」
「ラタトゥイユか……」
料理自体は知っているし食べたこともあるにはあるけど、これは明確な想像は無理だな。無論自分で作れるはずもないし。
ちょっとまた別の機会に考えよう。
「ねえ、イヅル」
「うん?どうしたの、アイネさん」
先ほどからポーションの試飲に夢中になっていたアイネさんが、僕の服をぐいぐいと引っ張った。
「パンケーキ、ベリーソース味はないの?」
あー、うん。チョコレートソースバナナはあるのに、ベリーソースは何でないんだろうって思うよね。どっちもリクエストしていたわけだから。
「ごめんね。味のついたポーションを作る時って、鮮明に味とか食感とかを思い浮かべないと出来ないんだけど、僕はベリーソースのパンケーキってあんまり食べたことがなくて、作れなかったんだ」
「作れ……なかった……?」
まるでこの世の終わりのような声を絞り出している。これ、目こそ見えないけど確実にショックを受けているし、えっこれ泣いてない?大丈夫?
まさかポーション一つでここまで絶望するとは思わなかった。どうしよう。
おろおろする僕を横目に、キューちゃんはさっきの名前騒動の仕返しと言わんばかりに、にっこりと良い笑顔になった。
「えー。じゃあイヅ兄に婿に来てもらえばいいんじゃない?そしたらお姉ちゃんが料理Sのとびきり美味しーいやつを毎日イヅ兄に作って食べさせて、それをポーションにしてもらえばいいんだよ。ウィンウィンじゃん」
「……!」
「……!」
アイネさんの料理スキルはS。つまり、とびきり美味しいことは確定だ。
僕とアイネさんは見つめ合い(眼鏡で視線は合わないけど)そして——
「結婚しましょう!」
「婿に来てください!」
同時に言い合ってから、がっちり固い握手を交わした。
「いや、冗談だよ!?」
というキューちゃんのめちゃくちゃ焦った声が聞こえたけど、見つめ合って、そして美味しい食事とポーションに思いを馳せる僕たち二人には、まったく届かなかった。
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