第9話 実験と検証①

 ありがたいことに、この異世界の生活水準はとても良い。

 僕のように召喚されてきた人や、あるいは落ち人といって、ある日突然ここに来る人が多くいるらしく、その為黒髪が不吉とか珍しいという話もなく、街にもよくいる。

 食事に関しても、日本食から洋食、中華まで幅広く、もちろんスイーツも充実。

 ただ魔法がある世界だからか、医療は最先端のものではない。外科手術を行なっている国もあるみたいだけどそういう国は珍しく、大体は回復魔法とポーションでの治療が主流だ。その方がわかりやすいし簡単、というのはあるかもしれない。ピンポイントで医師が異世界に来たとしても、色々限界はあるだろう。

 あとは移動手段が転移陣と馬車で、車や電車は限られた国にしかないようだ。これも作るとなったら大変だし、かなり専門知識が必要だしね。

 転移陣は街から街まで一瞬で転移できる魔法陣だけど、使うには登録が必要で、結構金額が高いらしい。だけど便利だから遠くの街まで行く時には使う、という人もいるみたいだ。


 僕はこの辺境の街から、出る気はさらさらない。

 何せこの街はとても充実している。

 街にあるお店は様々なものが売っているし、なんなら取り寄せもしてくれる。揃わないものはないのでは、というほどだ。実際、余程貴重なものや変わったものでなければ、粗方入手可能らしい。

 それに、ここは自然もいっぱいだ。山は薬草の宝庫。

 緑のある生活。大事だよね。


 あ、ちなみにだけどクラスメイトたちの安否は、心配していない。

 というのもこの国に来てから知ったことだけど、そもそも魔王様、魔族側とは平和条約を結んでいるそうだ。

 魔族と魔物は根本的に違う生き物で、魔族だからといって魔物をコントロール出来るわけじゃない。むしろ魔族側にも魔物による怪我や作物の被害はあるようだ。

 魔物はいわばクマとかイノシシみたいな、野生動物なんだなあと思う。

 魔王様も争いは好まないらしいし、魔族と人間の確執も、もう何百年と平和な中、すっかり落ち着いた。

 つまり僕たちを召喚したあの国だけが、時代遅れにも魔王様を悪者扱いしている。

 魔王様と魔族は召喚された彼ら彼女らのステータスが多少良かろうが、負けることはないそうだ。軽ーくあしらって、冷静そうな勇者たちなら諭して、面倒くさそうな勇者たちならわざわざやられたふりをするらしい。優しい。

 当該国以外は、みんなそれを知っているんだって。ものすごい一人相撲だよね。

 だからまあそんなわけで、クラスメイトたちの心配はない。


 これまで召喚された人たちや落ち人たちは、この平和な異世界が気に入って、ほとんどが定住する。

 中には帰った人がいるとも聞いたから、やっぱりちゃんと探せば方法はありそうだ。

 でも急いでいるわけでもない僕は、この平和な世界でスローライフを満喫したい。あと、もっといっぱいポーションを作ってみたい。


 というわけで。

「醤油ラーメン味にチャレンジしよう」

 パンケーキやいちごのショートケーキといったスイーツ系ポーションが作れるのは実証済みだ。でも、食事系ポーションはどうだろう。

 パパさんのリクエストにあった醤油ラーメン。正直、ものすごく作ってみたい。

 ただ、この間使ったラチカ草やリクマ草では、なんとなくだけど食事系ポーションは作れないんじゃないかと思う。

 あの二つの薬草はどちらも魔力を注いで加熱すると、差異はあるものの甘味が感じられるものだった。だけど、今作りたい醤油ラーメンは甘味ではない。ラチカ草ならまろやかめな味だからそれっぽい食事……例えばコーンスープとかかぼちゃの天ぷらとか、そういうのは作れる気がするけど、醤油ラーメンとは相性が悪そうだ。

「うん。これに関してはポーションそのものの種類じゃなくて、使う薬草によって作れる味が変わる……って予想しているんだけど……」

 甘くなる薬草から、あまりかけ離れた味のものは作れない。

「まずは、実験あるのみだね」

 精霊さんに聞いたらすぐに教えてくれそうな気がしなくもないけど、こういうのは試行錯誤するのが楽しいものだ。

 ……と最初に精霊さんには伝えてあるので、精霊さんたちは作業室の端っこにひとまとまりになり、お口にチャックをしながら僕を見守っている。

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