第3話 言葉を交わして

「ケーキが、食べたい……」

ビクッとして、僕は振り向いた。青い服の少女は体の向きをこちらに変えていたので、僕は彼女と向き合う事になった。上ずった声で返答した。

「ケーキ、ですか。じゃあ、コンビニのでよかったら買ってきます。あの、種類とかは……?」

「モンブラン……」

「分かり、分かりました……」

僕は踵を返すと猛ダッシュで一番近いコンビニに向かい、パック詰めされたモンブランケーキを買った。そして再びダッシュで青い服の少女の元へ戻った。

「はい、はい、どうぞっ。フォークもありますからっ」

おっかなびっくり腰が引けてる状態で彼女に手渡した。

「ありがとう……」

か細い声だが彼女は確かに礼を言った。そしてぺたんとその場のコンクリートに座るとプラスチックのフォークを使い、モグモグとモンブランを食べ始めた。二個ひとパックのモンブランだったが、彼女はそれをぺろりとたいらげた。

 僕は思わず感心して言ってしまった。

「うーん、良い食べっぷりだなあ」

彼女は座ったままキョトンとした表情で僕を見上げた。数秒間僕を見つめて、天に目線を移した。数十秒間満足そうに黄昏から変わっていた夜空を仰いでいたがふらりと立ち上がると僕の方を向き、深々と頭を下げた。彼女が頭を上げると同時に、霧の塊が消えるように青い服の少女の姿は見えなくなった。

「良かった、のかな?」

ぽつんと取り残された僕は、そう呟いた。辺りは夜の闇に包まれていた。

 

 その日から、青い服の少女は姿を見せなくなった。

「あの女の子、今日はいなかったねえ」

「いなきゃいないで良くね?」

そんな会話が数人の間で交わされた後、青い服の少女の話題は急速に消えて行った。


 そんな努力(?)の甲斐あって、僕は無事に高校生になれた。進学した学校で、別の中学校出身の同級生から聞いたのだが、彼の出身中学で同級生の女の子が亡くなっていたとの事だった。亡くなった時期が、あの通学路に青い服の少女が現れた時期と一致していた。その女の子は何故亡くなったのか。同級生が言うには、初めて付き合った男の子に人前で体格を罵倒されたことがきっかけで、摂食障害に陥ったという噂があったとの事だった。

 もともとその女の子は特に太っていた訳ではないのに、食事をするのを嫌がるようになってしまったという噂が流れていたという。


 あの青い服の少女は食べ物に対する葛藤を抱えたまま亡くなったのだ。本当は好きなものを満足するまで食べたかったのだろう。でもそれが怖くなってしまったのだろう。僕が最後にモンブランケーキをあげたことで少しは救われたのかもしれない。

 いや……。更に僕は考えてしまう。キョトンとしたあの、青い服の少女の顔を思い出してしまう。

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