第2話 見えてしまったのなら
その質問に、僕は困ってしまった。何と言っていいか分からなかったのだ。表情に出さないようにして一応答える。
「いや、今のところ無いなあ、まだ」
本当は青い服の少女は僕にも見えていたのだが、そんな風には言えなかった。見えると断言してしまうと、対立に僕も参加することになってしまう。クラス委員長のご機嫌を取ると思われるのも嫌だし、優等生の椎名君を敵に回すのも嫌だった。だから見てないけど見る可能性はあるような、曖昧な返事になった。
「ふうん」
「そっか」
小染さんと椎名君もあやふやな感じがする言葉を僕に返してきた。
玉虫色の返事だと僕は思った。多分、大人になるという事は、こんな風な返事をすることが増えるという事なんだろう。もっと幼い時ははっきりと結論を出せないことを卑怯だと思う事もあったけど、今はもう僕はそう思わない。結論がはっきり出せない問題は意外と多いという事に気が付く年頃だった。
でも、と僕は更に思う。これ以上話がこじれて教室の雰囲気が悪くなるのは嫌だ。孤立して読書に没頭していても文句を言う人がいない、この教室の雰囲気が僕は好きだったのだ。何よりも今学年では受験がある。クラスの空気が悪くなって、見える派、見えない派で攻撃しあうようになったら読書や勉強どころではなくなる。きちんと真っ二つに分かれて争えるのならまだましかもしれない。どちらにも属さないようなことを言ってしまった僕のような者は、どちらからも標的にされそうだ。
生きている人間による問題を防ぐために、僕は幽霊に勝負を挑むことにした。
勿論場所は通学路。僕達が一年生だった時は文房具屋で、今ではシャッターが下りたままの建物の前。そこに青い服の少女が立っているのだ。ずうっと。
いったん家に帰って着替えてから再び僕は登校の道順を歩み出した。幸いなことに僕の家は学校に近いので歩くのは楽なものだった。僕の中学校は朝練がある運動部員以外は自転車通学は禁止なのだった。念のため、この時もそれを守った。
黄昏時の道を歩く。途中に見える家の庭からは彼岸花が咲いていたりするのが見えた。そういう時季だった。
そして、彼女はいた。相変わらず青い服を着て、ぽつんとシャッターの閉められた建物の前に立っていた。深呼吸をする。何だか幽霊の一部を一緒に吸ってしまいそうな気がしたけれど、深呼吸せずにはいられなかった。
「あのう、すみません」
僕は幽霊らしき少女に横から声をかけた。彼女はぴくりとも動かず、顔は正面を向けたままだ。
「あのうですね、アナタがそこにいる事でですね、クラスの間で言い争いが増えてしまいましてですね、できればいなくなって頂きたいのですが。そうすれば話題も立ち消えになると思ったのですがね」
やはり彼女はびくともしない。僕は粘ってみることにした。
「アナタが幽霊だとしますと、何か理由があってそこにじっとしているのだとは思います。何か欲しい物とか、あります?物によっては持ってこられるかもしれないけませんけどね」
青い服の少女はその場にじっと立ち続ける。やはり僕は無力なのかと思い、その場から立ち去ろうと彼女に背を向けた。後々考えると、幽霊に背中を見せるなんて怖い事したなと思ったけど、その時はうっかり向けてしまったのだ。
その時だ。女の子の声が確かにした。
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