第2話 『小学校卒業までには身につく物のはずですが?』

「お弁当、ありがとうございます、春菜」


「どういたしましてッ! 今日も頑張ってね」


「ええ、いってきます」


「いってらっしゃい、お姉ちゃん」



 俺が支度をしている間に、冬香が春菜からお弁当を受け取っていた。

 冬香は高校2年生であり、学校では生徒会副会長を務めているので、家を出るのも兄妹のなかで一番早い。



「兄さんも急いでください。いつも遅刻ギリギリで、こちらとしては恥ずかしい限りです。初日から遅刻とか勘弁してくださいよ」



 鋭い声音で発せられる言葉に背筋を伸ばした俺はテーブルに置かれた弁当に手を伸ばした。



「大丈夫だよ。最近、お兄ちゃん、早く起きられるようになったから」



 硬式テニス部に所属しているポニーテール少女・春菜は朝練のために支度をしていた。

 そんな春菜の発言に肩をすくめる冬香。

 


「毎朝、春菜が起こしているからですよね? 高校2年生がそんなので良いのですか?」



 春菜は朝5時に起きて早朝ランニングをやっている。

 その際、俺のことを起こしてもらっている。

 もし、起こしてくれなかったら、登校時間ギリギリまで寝ていることも多々あった。



「お兄ちゃんはだらしないけど、最近はまともになってきたんだよッ! 一人で朝起きられるようになったし、一人で着替えだってできるようになった」


「……一人で起きるのも、一人で着替えするのも小学生までには身に着く物だと思いますが……」



 確かに改めて聞くと、自分の生活力の低さには呆れてものも言えない。



「それはいいとして、兄さん。今日は遅刻しないでくださいね」



 冬香は再度忠告すると、肩口にまで届く髪を整えながら、玄関をくぐった。



         ※



「冬姉はマジ自分に厳しすぎ。7時に出かけて生徒会の仕事とか、私だったら絶対にやらないね」



 冬香に続き、春菜も朝練のためにすでに学校に向かった。

 そのあとゆっくりと2階から降りてきた夏美がリビングに姿を現す。



「まあ、始業式だし、生徒会の仕事も忙しいんだろ」


「私には関係ないから別にいいけど。それで、アユ兄、今日もやってー」



 夏美が椅子に座った。



「ハア……。しょうがないな」


「やったーッ!」



 俺は夏美の後ろに回ると、ゆっくり彼女の髪をとかした。

 遅刻する第一の原因だ。

 夏美は中学生1年生だが、入学式は昨日終わっており、しかも家から学校まで1,2分かからない。

 なので学校の始まるギリギリまで怠けている。

 俺も早く出かけたいが、夏美の髪をとかさなければいけない。



「いい加減、自分でできないか、これ?」


「無理無理。私には他にもやらないといけない事があるからねー」



 視線を動かすと、夏美は爪を磨いていた。

 夏美の通う中学は私服の登校が認められた変わった学校で、彼女曰く、オシャレが物を言うらしい。

 毎日、服を選び、爪を磨いたりしているなか、髪をとかす時間だけはないと言う。

 なので爪を磨いている間に、俺に髪をとかしてもらっているらしい。



「去年引っ越してきたばかりだから知らないんだが、本当に勉強よりオシャレ命の学校なのか?」

 

「いんや、別にそんな学校じゃないない。だけど女の子っていうのはオシャレをしないと生きていけない生き物だかんねー」


「そんなことはないだろ。現に冬香も春菜もオシャレなんてしてないだろ」


「あれはオシャレをしなくても生きていける女の例外。例えばさ。冬姉は勉強できて生徒会までやって綺麗で。春姉だってスポーツ抜群でたった2年でテニスだっけ? の全国大会までいってる。オシャレなんてしなくても周りからしたわれてるわけ」


「オマエは違うのか?」


「違うよ。勉強も運動も平均的。特に取り柄が無いから、オシャレをしなくちゃ周囲から評価されないわけ。それにさ、アユ兄、勘違いしてるけど、冬姉も春姉もオシャレしてるよ」


「し、してるのか?」


「男には分かんないかー。アユ兄もオシャレ学んだほうが良いよ。顔だけ見れば、中の中だからモテるんじゃない?」



 俺が返答に困ってる間に、夏美が思い出したように言った。



「あ、でも、中の中ならオシャレしても意味ないか……。下手したら、かえって浮いちゃうかも。マジウケるんですけど」


「言いたいことは分かった。それ以上喋ったら髪とかさないぞ」



 などとふざけあっているから、登校時刻ギリギリになってしまうことを俺はいつも忘れてしまうのだ。



          ※



 今日も今日とて学校まで全力疾走していた。

 春休み明け1日目で遅刻は俺としても勘弁だ。

 クラスの中で妙に浮いちゃうのは、なにかと良くない。



「おはよう、四宮君」


「え、あ、おはよう、桜井」



 信号待ちしている俺の後ろから自転車に乗った女子生徒・桜井 美優が声をかけてきた。

 比較的髪が短く、目元にかかる前髪をピンで止めている。

 春の日差しに輝く桜のように優しげな表情を常に浮かべている少女だ。



「桜井も遅刻か?」


「そうなの。桜が綺麗で見入ってたら時間を忘れてて。四宮君は?」


「ええと、家の事情?」


「フフ、なんで疑問形なの?」



 そんな他愛もない話をしていると、信号が青になった。

 俺はすかさず走り出した。

 桜井は自転車をこぎながら、ペースを合わせてくれている。



「別に気を使わなくていいよ。このままじゃ、桜井も遅刻するぞ」


「今まで一度も遅刻したことないから、今日くらいは大目に見てもらえたりしないかなって」


「初遅刻が俺のせいとか申し訳ないから、先に行ってくれ」


「分かったよ。四宮君も遅れないようにね」


「おお」



 そう言って桜井は自転車をこいで先を急いだ。

 その後ろ姿を見ながら。



「冬香とは正反対の性格だな」

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