第3話 『始業式あるあるだなーー』

「や、やっと着いた……」



 校門をくぐり抜けた瞬間、両手を膝につきながら肩で息をする。



「お、今日は早いじゃん、歩」



 俺を呼ぶ声に、顔だけ上げた。

 そこには顔立ちの整った同級生・佐藤和樹が立っていた。短く髪を切りそろえ、快活な笑顔からのぞく白い歯がイケメン力を象徴している。



「和樹……。別にいつも通り遅刻ギリギリだろ」


「いいや、今日はいつもより5分早い。荷物に救われたな」



 俺が今日、カバンに教科書などは一切入っていないので、そのおかげで速く走れたのだろう。



「それで? どうして和樹はこんなところにいるんだ? クラス名簿見てとっとと教室に入ればいいのに」



 始業式と言えば恒例のクラス替えが発表される。

 それをワクワクしながら登校する生徒は多いだろう。そして、クラスが分かったら早めに教室に入って色んな生徒と交流を深めるのが普通だ。



「つれないこと言うなよ。親友が来てから名簿見るつもりだったんだぜ。オマエが遅刻するんじゃないかって冷や汗かきまくったが」


「うわ、女子かよ」


「うっせ。まあ、早く見ようぜ。同じクラスだと良いな」


「全8クラスだから、同じクラスになるのは8分の1だぞ。可能性は低いな」



 そう言って、登校時間ギリギリで誰もいなくなった名簿の前に来る。

 正直、自分の名前を8クラスの中から探すのは非常に面倒くさい。



「面倒くせエ」



 隣に立つ佐藤も同じことを考えているようだ。

 佐藤も四宮も名前の順的には中盤まで書かれていない。渡辺や秋山とかだったら、すぐ見つかるんだろうな。

 しかも、佐藤の場合、似たような名前がいっぱいある。



「さ、さ、あった。いや違う。佐藤和子って、今どき女の子に『子』って昭和かよ」


「和樹、人の名前にケチつけたら、いつか酷い目にあうぞ」


「こんなことならオマエが来る前に名簿見ておくべきだったぜ」



 和樹は根気強く探しながら、やっと見つけることができたようだ。



「あった。なんだ8組か。どうりで見つからないわけだ。というか、歩の名前もあるじゃん。オマエ、本当は俺の名前を見つけてたけど黙ってたのか?」


「……アッ、もう始業のベルが鳴ってる」


「おい、話逸はなしそらすんじゃねえ」



 俺は問いつめられる前に方向転換し靴を履き替えるために、玄関にダッシュした。

 しかし、そんな俺の肩を掴む人物がいた。

 


「なんだよ和樹、もう始業の……」



 和樹ではなかった。

 俺の肩を掴んでいたのは、運動部の顧問を務める先生だった。

 和樹のほうは俺と先生の横を走り抜け、玄関に入った。



「あ、あの……人違いでした。すみません」


「人違い、そのことは別に気にしていない」



 野太い声が俺の不安レベルを引き上げていく。



「な、何か問題でも?」


「問題……。そうだな今日は珍しく四宮は遅刻しなかった。だが、ネクタイはどうした?」



         ※



 俺は登校初日から運動部の顧問の説教を受け、机に突っ伏していた。

 朝のホームルームのときも話半分で聞いていた。

 ホームルームが終わると、和樹が話しかけてくる。



「ど、ドンマイだったな。まあ、始業式あるあるの一つだし、気にすることはねえよ」


「和樹、どうしてシューズ持ってるんだ?」



 通常、学校内は上履きだが、体育館では専用のシューズに履き替える。

 そのシューズを和樹は持っていた。



「ホームルームの連絡聞いてなかったのかよ。今から体育館でありがたいお言葉を校長から聞くんだぜ」



 校長に対して皮肉を言っている和樹の言葉を聞きながら、俺も準備をしようと……。



「……シューズ、忘れた」


「……し、始業式あるあるだな」



        ※



 体育館前で先生のありがたい叱責を受けた後で、校長のありがたい話を聞いて、気分がさらに沈んだ。



「今日の俺、誰かに呪われてるんじゃないか?」


「アホか。オマエの不注意だろ」



 俺の席で和樹と話していたら、一人の女子生徒が近づいてきた。



「始業式あるあるだよね。去年の入学式でも同じことしたから、よく分かるよ」


「桜井も同じクラスだったのは驚きだったぜ」



 和樹の言葉に素直に同意する。

 桜井も俺と和樹と同じクラスだったらしい。

 正直、朝の一件以降、周囲に注意を払うことができてなかった。



「酷いよ。てっきり無視されてるのかなって思ったくらいだよ」



 もし、本当に桜井がいることに気付いたとして、こっちから声をかけることはなかったと思う。

 それは佐藤も同じらしくて、いつもの爽やかフェイスに若干苦笑いを浮かべている。

 なぜなら、



「アイツら、桜井さんに近づきやがって」


「佐藤ほどのイケメンならまだしも、四宮は許すまじ」


「イケメンは滅ぶべし」



 様々な影口が聞こえてくる。

 去年も桜井と和樹とは同じクラスだった。

 どういう経緯だったかは忘れたが、桜井と話すようになってから妬みが多くなった。

 俺達から話しかけようとすれば、後ろから刺されかねない。



「そういえば今日これから実行委員決めがあるらしいよ」


「実行委員、何の?」



 桜井の言葉に疑問で返す。

 和樹は呆れながら、



「本当に朝の先生の話聞いてなかったみたいだな。午前中残りの時間は文化祭の実行委員を決めることになってるぜ」


「あ、ああ。どうせ女子は冬香あたりだろ。男子も和樹だろ」



 去年から変わらないクラスメイトにもう一人。

 俺の妹・四宮冬香がいた。

 去年の実行委員は和樹と冬香だったのだ。今年も変わることはないだろう。



「今年はちょっと分からないぜ」



 含みのある言い方をする和樹は視線を他の男子連中に向けたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る