第27話 絆の瞳と絶望のイルウェン
「な……なにを!? ──うっ!?」
急に立ち上がったイルウェンがシルクに何かを突き刺す。
小さな短剣のように見えるが、ガラス製の細い杭にも見えた。
「ふふふ、全部ダメになってしまえばいいんだ。こんな世界はさ。僕の思い通りにならない全部を『真なる森の王』で流してしまおう」
「ダメ……おさえ、きれない──!」
うずくまるシルクの瞳が琥珀色に輝く。
まるで、先ほど祝詞を詠っていた時の様に。
「どうなっちゃたの!?」
成り行きを見守っていたマリナが問うてくるが、俺にだってわからない。
ただ、あの杭のような物に入っていた液体が、シルクの体内に入ったのだろうことはわかった。
「思った通りだ! 切り札はとっておくものだね」
「シルクに何をした!」
「精霊の混じった水薬を流し込んだのさ! エルフの身体に精霊が入るとね……暴走しちゃうんだなぁ」
愉快気にくるりと回って、イルウェンがシルクを振り返る。
「あああああああああッ!」
悲鳴のような叫び声を上げるシルクに片足をのせて、イルウェンが愉快気に笑った。
「最初からこうすればよかったんだ。もう、何もかもが面倒くさい。ほら、もっと叫ぶといい! 扉の先から呼び寄せるんだ──『真なる森の王』を!」
「やめろッ!」
シルクに向けて駆ける。
しかし、またしても風の障壁が俺を阻んで吹き飛ばした。
そうこうするうちに、軋むような音を立てながら扉がゆっくりと開き始める。
「このままじゃまずいっす!」
「でも、近づけない……!」
ネネとマリナが前に出ようとするが、やはり近づくことはできない。
何か打つ手がないか考える俺の前に、ゆっくりとレインが進み出た。
「いける」
「え?」
「ずっと観察、してた。風の障壁、は……精霊的なものじゃ、ない」
深紅の宝珠が据えられた杖を掲げて、レインが俺の頬に口づけする。
「ユーク、行って。シルクを、助けて……戻ってきて」
「ああ、もちろんだ」
「じゃ、いくよ。ボクを信じて、進んで」
レインに頷きを返し、いくつかの強化魔法を使って備える。
そして、レインに向かって全力で駆けた。
背後では、レインが魔法を詠唱する声。
それが遠ざかり……風が吹こうというその瞬間、俺は
代わりに、背後でレインの小さな悲鳴が小さく聞こえる。
振り返れば、レインが床に倒れ込んでいた。
「レイン!?」
「だいじょぶ、行って!」
彼女にしては珍しい、強い口調の声に俺は前を向く。
どんな手を使ったのかはわからないが、レインが無茶をしたという事だけはわかる。
だったら、俺はそれに見合う結果を示さねばなるまい。
「シルク!」
「ユーク、さん……!」
こちらに手を伸ばすシルクに向かって駆ける。
俺の姿を見て、領域内に踏み込まれたことに動揺したイルウェンは、後退るようにシルクから一歩二歩と離れて【
「先生、わたくし、は……!」
「わかってる。大丈夫だ、シルク」
シルクを抱えあげて、強く抱擁する。
やっと腕の中に戻ってきた大切な恋人に小さく口づけて、俺は自らの闇へと手を伸ばした。
「シルク、今から俺はちょっとばかりよくないことをする」
「はい」
「君の今後の人生に、強く影響するだろう」
「……はい」
「俺を信じてくれるか?」
「はい……!」
腕の中で何度もうなずくシルクに、俺は笑って応える。
そして、俺は体の内に流れる命をゆっくりとシルクの中へと滑り込ませた。
その感覚を感じながら、「やはりできてしまうのか」と俺は複雑な気持ちになってしまった。
これは、俺が彼女に刻んでしまった呪いで
「ユークさん、
俺を見上げたシルクが、驚いた顔をする。
「なんで、どうしてお前に『琥珀』が宿る! それは、それは僕のものだったはずだろう!」
「違うな、イルウェン・パールウッド。シルクは全部──俺のだ!」
シルクから流れ込んでくるこれまでにない感覚と力の奔流を、〝
精霊交信の経験も、精霊魔法を使った事もないが、『琥珀の瞳』によって荒れ狂う力の流れは【
であれば、
シルクから溢れ出す力を、俺というフィルターを通して制御することだって可能なはずだ。
周囲が揺らめき、庭園の外へと向かって草花が乱れ咲いてゆく。
暗澹たる冬が終わり、春の芽吹きが広がるように。
「……余計な、余計なことを……! 何だってみんな僕の邪魔をする! 僕から奪う! 僕を蔑む! 一度くらい、僕が主役になったって……いいじゃないかあああぁぁぁッ!」
例の杭のような形の魔法薬を取り出したイルウェンが、慟哭のまま自らの首にそれを指す。
『琥珀の瞳』を一時的に得た俺は、何が起こったか理解した。
「総員、戦闘準備!」
反射的にそう叫んで、シルクを抱え上げたまま仲間たちの元へと全力で駆ける。
慣れない力を行使したせいか少しばかりふらついたが、ネネがフォローで事なきを得た。
「なんか、ヘン。ざわざわ、してる?」
魔力感覚に鋭敏なレインが、喉を鳴らして周囲を見回す。
『琥珀の瞳』を得た俺にも、同じ感覚を覚えていた。
優れた精霊使いにして、シルク──琥珀の巫女の祝福を受けた世界樹の準管理者。
それが、目の前で暴走を始めている。
【
「は、ははは……わかった。そうか、そうなんだ……やっぱり、僕が、僕こそが……!」
体中から枝葉を生やしながら、人から獣へと変じていくイルウェン。
彼ははまさに『真なる森の王』へと変貌しようとしていた。
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