第20話 追跡と反転

 サイサリアの誘導で『琥珀の森』を進む。

 彼女は土精霊ノームの精霊と密に交信しながら、シルクの足取りを追ってくれているようだ。


「……少し、奇妙です」


 少し足を止めたサイサリアが、立ち止まって振り返る。


「どうかしたのか?」

「その、言いにくいのですが……シルク様の足取りに迷いが見られません。自らの意思でイルウェン・パールウッドと行動を共にしているように見えるのです」

「そんなバカな」


 驚いてしまったためか、思わずそんな言葉が口をついて出る。

 責任感の強いシルクが俺達に黙ってあの男についていくなんて考えられないし、何より彼女はイルウェンを毛嫌いしていたように見えた。


「何か理由があるのかもしれません。皆さんにお話しできないような」

「じゃあ、追いついて話を聞くしかないね!」

「ん。シルクに、直接、ね」


 マリナとレインが、頷いてから俺を見る。

 そんな二人に頷き返して、俺はサイサリアに向き直った。


「二人の言う通り、シルクに直接確認するよ。足取りを追ってくれ、サイサリアさん」

「はい。こちらです」


 島の周辺調査をしていた時と同じく、よどみない足取りで先頭を歩くサイサリア。

 シルクと共にダークエルフの案内人たちが姿を消した時はどうしようかと思ったが、彼女がいてくれて助かった。


 しばしの間、黙々と『琥珀の森』を進む。

 もはや、獣道じみた細い道は低木とシダ植物によって覆い隠され足元すらおぼつかなくなってきたところで、俺の前に飛び降りてきたネネが俺を制止した。


「前方に人影っす」

「追いついたか?」

「偵察をかけてくるっす。合図があるまで隠れててくださいっす」


 そう言って、木立の中に姿を消すネネ。

 俺の隣に並んだサイサリアも、ネネが消えた方向を注視していた。


土精霊ノームの声とも一致します。おそらく、タイムス師兄らかと」

「ようやくか……」


 かなりの時間を追跡に費やしたため、全員に疲労がたまっていた。

 強化魔法で補助こそしたが、密林という慣れない地形を走破するのは骨が折れる。

 ジェミーなどは、肩で息をしているくらいだ。


「戻ったっす」


 数分経って、ネネが戻ってきた。


「シルクさんの姿はなかったっすけど、タイムスさん達がいたっす」

「イルウェンは?」

「タイムスさん達四人だけっすね」


 先行したのか、別行動なのか……それとも、隠れているのか。

 いずれにせよ、関係者を補足できたのは幸いだった。


「シルクをおびき出したのはタイムスさんだって言ってたよな? マリナ」

「うん。呼びに来たの、タイムスさんだった」

「よし、正面から接触しよう。まずは、話を聞きたい」


 奇襲をかけることも一瞬考えたが、シルクと同じく事情や理由があるのならば、確認しておくべきだろう。


「行くぞ……!」


 ハンドサインで進行を指示して、目的地まで一気に駆ける。

 木立を突っ切って到着した先は、密林にぽっかりと空いた広場のような場所で、現れた俺達に、ダークエルフの警固レンジャーはひどく動揺した様子を見せた。


「な、どうしてここに!?」

「あなた達を追ってきたんだ! シルクはどこだ!」


 声を張り上げて問い詰める。

 俺らしくないと映るかもしれないが、強い口調は俺の抱く感情を十全に彼らに伝えることだろう。


「知らない……! 我らは騙されてたんだ」

「こうなるなんて、わからなかった」

「俺達はどうして……」

「わからないんだ、こんなことって」


 口々に答えるタイムス達。

 されど、その言葉はきみょに曖昧で、どこか混乱した様子だった。


「タイムスさん、シルクを呼び出したのはあなただと聞いた。イルウェンの指示か?」

「違う、いや違わない。そうだ、呼び出した。呼び出された?」


 汗で濡れた顔に、怯えた表情を浮かべて頭を振るタイムス。

 何かがおかしい。俺に敵対的ではあったが、これまでこんな様子は見せたことがなかった。


「そうだ、我らは──」

「──森に」

「真なる、森の──……」


 異常な状況に注意をさらわれていた俺の手を、誰かが小さく引く。


「ユーク。なんか、ヘン」


 レインの声にはっとした俺は、うっすらと疼く頬の痛みに気が付いた。

 これは、まずい。よくない何かが起ころうとしている。

 俺の存在証痕スティグマを一番強く受け継いでいるレインには、この気配が察知できたのかもしれない。


起動チェック!」


 考えるよりも先に、腰に吊るしておいた多重強化の巻物マルチエンチャントスクロールを広げる。

 条件反射に近い行動だった。


「サイサリアさんは下がってくれ! 来るぞ、みんな!」


 俺の言葉に、全員が得物を抜いて身構える。

 その直後、タイムス達がその場でずるりと

 熟れた果物の皮がむけるように、あるいは蛹から成虫が飛び出すように……タイムス達は、この世界での姿を失って何者かに変じた。


「──……──ッ」


 意味の分からぬ耳に響く囁きを発して、タイムスであったモノが、こちらを向く。

 人型ではあるものの、それは植物のようでもあった。

 例えるならば、その姿は木製のマネキンに近い。

 年輪の寄模様が浮かぶ肌、細い蔦を束ねたような頭髪、体のそこらかしこには葉のようなものが茂り、目と口は滑らかな凹凸となっていた。

 そして、目も穴も失った首身となった眼窩は、確かな殺気で以て俺達を捉えている。


「なによ、これ……影の人シャドウストーカーでもないわよね」

「シルクに聞いてた、樹木精霊トレントに近いかもな」


 ただ、エルラン長老やシルクに聞いた樹木精霊トレントはもっと樹に近いか、樹そのものであるらしい。

 このような人型ではないはず。


「────……!」


 悲鳴じみた囁き声を周囲に響かせながら、四体の樹人がこちらに動き始める。


「まだ意識があるなら止まれ!」


 望み薄だと知っていながらも、声を張り上げるが……彼らが止まることはなかった。


「行くよ……ッ」


 止まらぬ彼らの前に、腰を低く落として風のように踏み込んだマリナが、特別にしつらえた鞘から鋭く太刀を抜刀する。

 そのまま斬撃となったその閃きは、先頭を走る樹人の胴を易々と切り裂いた。


「──!」

「──……!!」


 まだ仲間意識が残っているのか、残る三体の樹人が何やら叫びながら腕を振り上げる。


「〈硝子の盾グラスシールド〉!」


 指を振って、マリナに防御魔法を施す。

 魔法が発動した瞬間、鋭い茨のようなものが地面から突き出して彼女を跳ね飛ばした。


「わわッ」

「キャッチっす!」


 防御魔法で傷こそ負わなかったものの、派手に吹き飛ばされたマリナをネネが空中で受け止める。

 鎧を着たマリナは相当な重量だろうに、さすがはネネだ。


「気を付けて! こいつら、精霊魔法を使う」

「たぶん、狂った精霊を、使役、してる」


 ジェミーとレインが、牽制に放った〈魔法の矢エネルギーボルト〉も、何かしらの精霊に防がれているらしい。

 こんな時、シルクがいてくれれば……!


「手強いぞ、連携して確実に動きを止めよう。俺も前に出る」


 残る敵は三体。

 前衛が三人になれば、少なからず行動を封じられるはずだ。

 あとは、レインとジェミーの魔法があれば押し切ることもできる。


「いくぞ!」


 腰の細剣を抜いて、俺は自らに強化魔法をいくつか施した。

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