第21話 行方不明者とビブリオン

 元ダークエルフ達との戦いは苛烈を極め、俺達は相当な苦戦を強いられながらも、なんとか勝利を収めることができた。


「みんな、怪我はないか?」

「大丈夫!」

「問題なしっす!」


 矢面に立っていたマリナとネネが、振り返って笑顔を見せる。

 時に危うい部分もあったが、うまくフォローできたようだ。


「何だったのよ、こいつらって……!」


 朽ちた丸太の様になってしまった元タイムス達を見つめて、ジェミーが小さくため息を吐き出す。

 樹木精霊トレントのような姿へと変じた彼らは恐るべき強敵だった。

 高度な精霊魔法を操り、その見た目にそぐわぬ俊敏さで連携して襲い来る様子は、姿こそ変わっても彼等が『琥珀の森』の警固レンジャーであったことを想起させる。

 顔見知りが反転した相手ということもあって、マリナ達にはストレスだったかもしれない。


「ユーク!」


 一番後ろにいたレインが、俺を呼ぶ。


「どうした?」

「サイサリアさんが、いない」


 少し焦った様子のレインの言葉に俺も周囲を見回すが、サイサリアの姿はどこにも見当たらなかった。


「戦闘に巻き込まれたのか……?」

「わからない。気が付いたら、いなくなってた」

「ネネ! 戦闘直後で済まないんだが」


 俺の言葉が終わる前に、ネネが「わかってるっす!」と言葉を残して駆け抜けていく。

 それを横目で確認しつつ、俺は魔法の鞄マジックバッグから【足跡の軌跡フットストーリー】を取り出して、周囲に撒いた。


起動チェック


 キーワードに応えて、魔法の砂が俺達の足跡を浮かび上がらせるが……サイサリアの足跡らしきものは見つからない。

 まるで、初めからここに彼女がいなかったかのように。


「どういうことだ……?」

「【探索者の羅針盤シーカード・コンパス】も、やっぱり、ダメ。『琥珀の森』が、深淵に、近づいているの、かも」


 その予想は、おそらく正解に違いない。

 本来、次元を超えるための揺り籠である『世界樹』から広がったこの森は、『透明な闇』の影響を受けやすい下地ができている。

 森の植生の変化は、おそらく『無色の闇』のように世界が混ざり始めている証左なのだろう。


 【探索者の羅針盤シーカード・コンパス】は、あくまでも俺達の世界に在る何かについて二次元的方向を指す魔法道具アーティファクトだ。

 今や外なる世界と混ざりつつある『琥珀の森』で、この魔法道具アーティファクトの力を借りるのは難しいかもしれない。


「周辺にサイサリアさんの姿はなかったっす」

「そうか……」


 戻ってきたネネの報告を聞いた俺は、取りうる選択肢について思考を重ねる。

 シルクを追いかけるべきか、サイサリアと合流を目指すべきか。

 どちらを優先ずるにせよ、案内人がいない状況でこの『琥珀の森』でそれが可能なのかどうか。


「ネネ、君の先導でシルクの追跡は可能か?」

「正直難しいっす。手がかりが何もないっすから」


 耳をしょんぼりと伏せて、ネネが首を横に振る。


「ボクたちの魔法でも、追跡は、難しそう」

「ごめん、ユーク。アタシは探索に向いた魔法、あんまり覚えてなくて」


 レインとジェミーも案を考えていてくれたようだが、手詰まりらしい。

 俺にしても八方塞がりな様相を呈していて、考えがまとまらない。


「ね、みんな。ビブリオンが!」

「……!」


 振り向くと、小さな白蛇がマリナの赤い髪から顔を出していた。

 普段はシルクの髪の中に潜む彼が、どうしてマリナと一緒にいるのだろうか。


「ビブリオン、シルクの場所がわかるか?」

「──……」


 囁くような言葉が、脳裏に響く。

 端的ではあるが、それは俺達の行動を決めるに十分だった。


「サイサリアさんの事は気になるが、シルクを追う」

「いいんすか?」

「戦闘に巻き込まれた様子はなかったし、独自に動いてる可能性の方が高そうだ」


 まったく心配がないわけではないが、優先順位と確実性の問題だ。

 俺は『クローバー』のリーダーであり、シルクの片葉でもある。

 いつまでも、ここで迷っているわけにはいかない。


「ビブリオン、ネネにシルクの方向を教えてくれ」

「……──」


 小さな囁きと共に、するすると宙を這ってネネの首にするりと巻き付く白蛇の精霊。

 歪んだ精霊が満ちるこの『琥珀の森』でも平気なのは、さすが黄昏を越えた精霊と言ったところか。


「うん、わかったっす」


 ビブリオンに小さくうなずいたネネが、俺達に向き直る。


「ビブリオンが、シルクさんの居場所を『知ってる』らしいっす。私は最短で移動可能なルートを先行警戒しつつ確認するので、後についてきてくださいっす」


 そう告げて、ネネが駆け出す。

 その後ろに続こうとする俺の前で、マリナが小さく俯いていた。


「ごめん、あたし……ビブリオンが一緒にいるなんて、知らなくって」

「マリナが気に病むことじゃないさ。おかげで助かった」

「うん、でも……」


 そもそも、ビブリオンはシルクが契約している精霊だ。

 俺達のように精霊交信の能力を持たない人間に対して、好意的な接触をしてくること自体がイレギュラーなことなのである。

 シルクが何を思ってマリナにビブリオンを預けたのかはわからないが、そのおかげで手がかりをつかむことができたのは幸運だった。


「ほら、マリナ」


 うつむくマリナを小さく抱き寄せて、額にキスを見舞う。


「君がそんな風だと、調子が狂う。きっと、シルクもな」

「……うん!」


 力強くぎゅっと抱擁を返した後、一歩下がったマリナが明るい顔を見せる。


「そだね、あたしらしくないかも! ありがと、ユーク。元気出た!」

「それは何より。この後はきっと体力勝負になる。頼んだぞ、マリナ」

「まっかせて」


 小さくガッツポーズをとったマリナは、元気よく先頭を駆けて行った。

 やはり、マリナはこうでないとな。


「相変わらずの誑しっぷりね? ユーク」

「人聞きの悪いことを言うなよ、ジェミー。君だって、フォローするつもりだっただろ?」

「そりゃあ、アタシだって先輩風くらい吹かせますけど?」


 にこりと笑ったジェミーが、軽く笑ってマリナの後を追う。

 シルクがいない現状、その『先輩風』とやらに頼らせてもらうとしよう。


「いこ、ユーク。遅れちゃう」

「ああ。殿は任せてくれ」


 俺を待っていたらしいレインに頷いて、鬱蒼とした森に向かって仲間たちの後を追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る