第19話 消えたシルクと裏切りのダークエルフ

「みんな、起きて!」


 マリナの焦った声で跳び起きた俺は、三つ数えるうちに目をしっかりと覚ます。

 冒険者予備研修のとき、ママルさんに叩きこまれた『冒険者の心得』だ。


「どうした? 襲撃か?」

「ううん。そうじゃないけど、シルクがいないの! タイムスさん達も!」

「なん、だって?」


 状況が飲み込めないまま、深紅の一張羅を掴んでテントから出る。

 周囲はまだ暗いが、木立の隙間からはうっすらの朝焼けの光が見えた。


「どのくらいになる?」

「多分、一時間くらい。タイムスさんがシルクを呼びに来て、それで……」

「タイムスさん達は?」

「すぐそばで野営してたはずなのに、姿が見えないの!」


 マリナの説明に、俺は木立の切れ目に向かって走る。

 ダークエルフの警固レンジャーが野営を張っていたのは、ほんの二十ヤードほど先のはずだ。

 辿り着いたそこには、焚火の後と簡易なテントがあったがダークエルフ達の姿は見えなかった。


「どうなってるの? シルク、どこ行っちゃったんだろう……」

「わからないが、トラブルに巻き込まれた可能性が高い。ネネ、頼む」

「っす」


 見える範囲で一番高い木に、するすると登っていくネネを確認してから、俺は魔法の鞄マジックバッグから握りこぶしほどの小袋を取り出す。

 この使い捨て魔法道具アーティファクトは、ネネが仲間に加わったことで使用の機会がなくなっていたが、この場面では使い出がありそうだ。


起動チェック


 小袋に詰まっていた白い砂を周囲に撒いて起動を命じると、それがさらさらと流れて周囲の足跡を露にしていく。

 本来、迷宮ダンジョンなどで出口に迷わぬように自分の足跡を可視化する物だが、行方不明者の足取りを追うにも利用できる【足跡の軌跡フットストーリー】という魔法道具アーティファクトだ。


 しばらく立ち入る者のいなかった『琥珀の森』の深部だ。

 俺たち以外の足跡はないはず。


「足跡のサイズからして、これがシルクのだな。ネネ、何か見つけたか?」

「少し先に、変わった木があるっす!」


 指さす方向には、シルクを含め複数の足跡が向かっていた。

 ダークエルフ達と、シルクのものだろう……が、おかしい。

 俺達は踏み入っていないので、足跡の合計は六つある。


 タイムス達が四人、それにシルクを合わせて五つにのはずだ。

 俺たち以外の何者かが、いた?

 現地で調査に当たっていた警固レンジャーと合流したのかもしれないが、彼等のブーツとは明らかに足跡が違う。


 ……どうにも、嫌な気配がする。


「シルク、見つかった?」

「一体どうしたって言うのよ?」

「わからない。この先に行ったみたいだ」


 レインとジェミーが合流するのを確認して、足跡の先に向かう。

 すでに現地ではネネが怪しい樹木を調査していた。

 目の前にあるのは、いくつもの幹と根が絡み合ったようにしてできた建造物。

 隙間から覗き込むと、内部には毛布や食事の残骸が残されているのが見えた。


「これ……長老邸で見た檻と似てないっすか」

「そうだね。あたしが斬ったのと、形が一緒かも」

「レイン、【探索者の羅針盤シーカード・コンパス】でシルクの行方を追えないか?」


 俺の言葉にはっとして【探索者の羅針盤シーカード・コンパス】を取り出したレインが、小さく首を横に振る。


「無理、みたい。迷宮ダンジョン化の影響、かも」

「一体何が起こってるって言うんだ……」

「イルウェン・パールウッドです」


 俺の言葉に応えるがごとく、何者かが木々を揺らして目の前に姿を現す。

 見覚えのある顔のダークエルフの少女が、驚く俺達にペコリと頭を下げた。


「サイサリアさん?」

「ご無沙汰しております。みなさん」


 サイサリアは、沿岸部調査の際にお世話になったダークエルフの少女だ。

 俺達の調査がスムーズに終わったのは、彼女の助け合ってこそだった。


「どうしてここに?」

「アンバーレで少し騒ぎが起きまして、急いでみなさんを追ってきました。謹慎中っだったはずのイルウェン・パールウッドが、姿を消したんです」


 彼女の言葉を聞いて、背中にぞわりとした不安が広がる。

 この状況と関連付けるならば、シルクはイルウェンによって拐われた可能性が高い。

 しかも、マリナの話からすると、俺達の案内役である警固レンジャー達もそれに協力していると考えて間違いないだろう。


「察するに。私は間に合わなかったようですね……申し訳ありません」

「いや、いいんだ。君は確か警固レンジャーの出身だって言ってたよな? もしかして、ガイドを頼めたりするか?」

「……タイムス師兄たちはどうされたのです?」

「シルクをおびき寄せた後、一緒に姿を消した。魔法道具アーティファクトでも足跡も辿れないみたいだ」


 【足跡の軌跡フットストーリー】はそれなりの範囲をカバーする魔法道具アーティファクトだが、足跡はここで途切れていた。

 タイムスが消えたことを聞いたサイサリアは少し苦々しい顔をしたが、すぐに俺に向き直って表情をきりりとさせる。


「精霊の力を借りて追跡を阻んでいるのでしょう。完璧ではないかもしれませんが、私も警固レンジャーの端くれ、森の案内くらいはやってみせます」

「助かるよ。シルクを助けたい。力を貸してくれ」


 頭を下げる俺に小さくうなずいて、耳を澄ませるような仕草をする。

 そして、ある方向に向き直った。


「みなさん、出発の準備をお願いします。土精霊ノームに助けを乞うて、師兄らの足取りを追います」

「わかった。みんな、必要な物だけ準備して、先を急ごう」


 各々が頷いて、キャンプに向って駆け出した。


「すまないな、サイサリアさん」

「いいえ、これも私の仕事ですから。それに、タイムス師兄らの裏切りは許せるものではありません」

「まだ、裏切ったを決まったわけでは……」

「いいえ、タイムス師兄らは一族を裏切ったのです。イルウェン・パールウッドに与するために、みなさんを案内するはずだったキジム師兄を襲撃して拘束したのですから」

「なんだって……!?」


 目を伏せたサイサリアが小さく肩を震わせる。

 それが怒りによるものなのかはわからないが、彼女が俺達を助けに来たのはそういう事情もあってのことだと理解した。


「俺も準備してくるよ。すぐ戻る」

「はい。できるだけ広範囲の土精霊ノームに呼びかけて足取りを追います。準備ができ次第、追跡を開始しましょう」


 サイサリアに頷いて返して、俺もテントへ向けて駆ける。

 焦りは禁物と言い聞かせながらも、心が逸ってしまう。

 シルクの無事を願いながら、俺は冒険装束のベルトをしっかりと締めた。

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