第15話 トラブルと突入
「行方不明……!?」
翌日、いよいよ『琥珀の森』への突入を控えた俺達にもたらされた情報は、些か奇妙で衝撃的なものだった。
『世界樹』へ同道するはずだったダークエルフのパーティ、そのメンバーの大半が行方不明になっているというのだ。
事情を確認するため、エルラン長老邸に向かうと、その長老が陣頭指揮に当たっていた。
「エルラン長老!」
「来たか、ユーク殿」
「道先案内人が姿を消したと聞きました」
俺の言葉に、エルラン長老が深くうなずく。
ずっと陣頭指揮を執っていたのだろう、皴深い顔には疲労が滲んでいた。
「すまぬな。話によると朝になって忽然と姿を消したらしい」
「先行して出立したという可能性は?」
「可能性としては薄い。代々『琥珀の森』の警固を担う一族の者じゃ、いまさら功を焦ることもすまい」
ならば、ますます理由がわからない。
話を聞くに、トラブルを起こすような者たちとも思えないし……俺の知らない何かが起きているのかもしれない。
「今は時が惜しい……残りの者を同行させよう。それでよいか? ユーク殿」
「はい、問題ありません」
不安要素ではあるが、ここで立ち止まっているわけにもいかない。
「では、まいりましょうか。フェルディオ卿」
そう声をかけてきたのは、見た顔の若いダークエルフだ。
数日前、長老邸の門扉の前で俺を阻んだ衛視である。
なるほど、長老邸の門扉を任されるのもまた、『琥珀の森』を守る一族という訳か。
「ええ、よろしくお願いします。ええと……」
「タイムス。以後お見知りおきを」
小さく頭を下げるダークエルフの青年に、こちらも会釈を返す。
そんな俺の後ろでは、仲間たちが渋い顔をしていた。
もしかすると、俺の拘束に関して何かしらの確執があるのかもしれないが、今は水に流してほしい。
彼らの助けなしに『琥珀の森』に入るのは些か分が悪い。
「こちらへ」
タイムスを先頭に、長老邸の中を進みゆく。
彼の他にも三人のダークエルフが付き添ってくれるようだ。
「シルク、どうかしたのか?」
隣を歩くシルクに、こっそりと耳打ちをする。
すると、囁き声で返事が返ってきた。
「先生が拘束された時、彼がメッセンジャーだったんです」
「なるほどな」
そこで、俺に見せたのと同じ態度をとっていたなら、仲間たちの心象は悪いだろう。
とはいえ、今は協力しなくては。
そんなことを考えつつ、長老邸の中を突っ切って、俺達は長老邸の裏手に出た。
小さな庭園の様になったその場所は森の外縁部に造られており、鬱蒼とした森の入り口には小さな門が拵えられていた。
「わ、きれい……」
その門を目にしたマリナが、目を輝かせる。
声に出さずとも、俺も同じ気持ちだった。
人が一人通れるかどうかといった小さなアーチ状の門は、鮮やかな赤や橙の琥珀で設えられれおり、陽光を受けて淡く輝いていた。
「琥珀門という。この門の先だけが、『世界樹』への道へとつながっておるのじゃ」
「我ら琥珀の森氏族の秘密だ。吹聴しないように」
エルラン長老の言葉を継ぐようにして、タイムスが注意を口にする。
薄々感じていたが、やはり彼は俺達を毛嫌いしているか、信用していないようだ。
「森の中でも慎んだ行動を心掛けるように」
「タイムス。キジムがおらぬが故、お主が指揮を執るというのはわかるが、お主こそ慎みを持つように」
「長老、ここは『琥珀の森』なのですよ? 本来なら、シルク様のエスコートは我々が……」
声をやや荒げるタイムスを、エルラン長老が片手を上げて制止する。
「その件に関しては、納得したはずであろう。儂が許可したのじゃ」
「……ッ」
納得いかない様子のタイムスだったが、やがてゆっくりと長老に頭を下げた。
「……承知いたしました。長老様」
「うむ。シルクを頼んだぞ」
それに答える言葉を発することなく、ダークエルフの若者は『琥珀門』の前まで足を進める。
「我々が先行する。シルク様一行は、後に続いてください」
「……先行警戒はどうするっすか?」
「不要だ。ここは『琥珀の森』、我らの庭、我らの家。ただ、後に続けばいい」
それだけ言って『琥珀門』をくぐるタイムスに、ネネが小さくため息を吐き出す。
気持ちはわかるが、ここは我慢だ。
「すまぬな、ユーク殿。本来の人選であれば、このようなことはなかったのだが」
「いいえ。道案内を引き受けてくれるだけありがたいことです。それでは、後は打ち合わせ通りに」
「うむ。任せたぞ」
俺達がそれぞれ手にしている配信用
彼にとっても禁域であるはずの『琥珀の森』内部の配信は苦渋の決断だったはずだ。
「シルクよ」
「はい、お爺様」
「長老筋としての役目を果たせ。……ユーク殿と一緒にな」
シルクの手を取って、エルラン長老が目を閉じる。
そんな祖父の手を握り返して、シルクもまたうなずく。
「はい、必ず。お任せください」
「ああ、帰りを待っておるよ。無事に帰っておいで」
手を離し、エルラン長老が一歩下がる。
代わりに仲間たちが一歩前に出た。
「絶対に成功させようね!」
「久々の、冒険、だね。がんばろ?」
「もちろんっす! やってやるっすよ!」
「アタシも全力でサポートするからね、シルク」
仲間たちの言葉に、シルクが笑顔でうなずく。
「ええ。よろしくお願いしますね、みんな。では、先生……いつものをお願いしますね」
「いつもの?」
一瞬、何のことかと思ったがすぐに思い当たった。
グローブをしっかりと嵌め直し、『琥珀門』を見据えた俺は、決意を以て口を開く。
「よし、慎重に楽しもう」
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