第16話 琥珀の森と配信開始

 『琥珀門』をくぐってしばし歩いたところで、俺はマリナとネネに目で合図を送る。


起動チェック!」

起動チェックっす」


 マリナの『ゴプロ君』がふわりと浮き上がり、ネネの耳飾り型ゴプロ君からは小さくピッと起動音が聞こえた。

 二つが起動したのを確認してから、俺はずっと手に持っていた『ゴプロ君G』の起動ボタンをカチリと押す。


起動チェック


 『ゴプロ君G』が、ほんの一瞬……そう、ほんの一瞬だけ『黄金』の気配を発して、ふわりと空中に浮きあがる。

 ニーベルンが消えて以降、起動すらしなかったこれがこうして動作しているというのは、やはり心がざわついてしまう。


「ルン……」


 浮遊する『ゴプロ君G』を見つめて、ジェミーが小さく呟く。

 彼女とニーベルンの間にはたくさんの『約束』があったと聞いた。

 それが果たせぬまま、失ったことの心労はきっと俺たち以上だったはずだ。


「行きましょう、先生。この旅できっとルンの事もわかるはずです」

「ああ。少なくとも……ルンが生きてるってことは確定したんだ。焦らずに行こう」


 そう口に出して、軽くジェミーの背に触れる。

 小さく深呼吸したジェミーが背筋を伸ばし、「よし」と気合を入れ直した。


「わかってるわよ。ほら、始めましょ? 設定、アタシも手伝ったんだから」


 少し無理やりな笑顔を見せたジェミーが、浮遊する『ゴプロ君G』を指先でつつく。

 それに頷いて、俺は浮遊型自動撮影魔法道具アーティファクトに音声入力を行った。


「──生配信、スタート」


 緑色だったランプが橙に変じて、生配信モードに切り替わる。


「みなさん、こんにちは。『クローバー』です。俺達は現在、サブリーダーであるシルクの故郷、ヴィルムレン島に来ています」


 俺の隣にシルクが並び、小さくお辞儀する。

 結成当初は慣れていなかった仲間達も、ずいぶんと『映る』ことになれたように思う。

 かく言う俺も、『サンダーパイク』時代は配信になんて映らなかったのだけど。


「実は今、この島で異変が起きています。小規模な溢れ出しオーバーフロウも確認されており、俺達は長老の依頼を受けてその原因を探るため……これからダークエルフの禁域である『琥珀の森』の奥へと進みます」


 『ゴプロ君G』が小さく浮かび上がって、俺達全員をレンズに収めた。

 この動作は、おそらくマリナが仕込んだものだろう。

 普段から“配信映え”を研究しているマリナの撮影設定は、ときどき俺を驚かせる。


「久しぶりの配信となりますが、よろしくお願いします」


 全員で揃って会釈する。

 タイムス達を待たせている自覚はあるが、この予告なしのゲリラ生配信が人の目に触れるだけ、時間稼ぎができると思えば少しばかりは我慢してもらおう。


「それでは、冒険配信スタートです」


 顔を上げ、そう告げてから俺は続く道へと足を向ける。

 ここに至るまでに、このヴィルムレン島や『琥珀の森』についても知識を得た。

 まず、ウェルメリア王国よりも南方に位置するこの島の植生は亜熱帯に近く、森というより密林と言ったほうがいい。

 背の高い樹木とそれに絡みつく蔦、細い低木……その間をシダ系が埋めており、かなり植物の密度が濃い。


 道というのも、せいぜい『生えている植物が少ない』といった風情で、足元は枯葉や露出した木の根ばかりで地面らしい地面は見えない。

 なるほど、ガイドなしでここを進むのはかなり難しそうだ。


 それに、この視界の悪さは、かなりの戦闘リスクが生じる。

 タイムスは先行警戒をする必要はないと言ったが、ここはネネに周辺の警戒を頼むべきだろう。


「ネネ」

「わかってるっす。これだけ足場が多いと、むしろ私の得意分野っす」

「……そう言えば、ネネって普段はあんまりウチって言わないんだな?」

「にゃにゃ!?」


 ふと気になって口にしてしまったが、猫耳娘が固まってしまった。


「ウ、ウチはウチなんて言ってないっすよ!」

「ネネ、語るるに、落ちてる」


 レインのツッコミに、がっくりと肩を落とすネネ。

 そんな動揺するようなことだったのだろうか。


「今まで隠してたのに、生配信で暴かれてしまったっす。うう、田舎猫なことを隠してたのに……!」

「それ、生配信で言っていいのか?」

「……はッ」


 ぎくりとして『ゴプロ君G』に視線を向けるネネ。

 それに反応してか、レンズがネネの方をしっかりと向いた。

 ああ、これはもうダメかもしれない。


「と、とにかく、行ってくるっす」


 猫耳族らしく、音もたてずに木に登っていくネネ。

 なかなか鮮やかなものだが、普段よりもぎくしゃくしていて……やはり動揺があるようだ。


「女子会の時はときどき言ってたよね?」

「言ってましたね。無意識だったのでしょうか?」

「そう、かも」


 小さく笑う三人娘に、俺も苦笑する。

 二人きりの時も、ときどき『ウチ』になっていたことは黙っていた方がよさそうだ。

 俺としては、素のネネの方が可愛いと思うのだが。


「アンタ、また女たらしな事を考えてるでしょ?」

「え」

「鼻の下が伸びてるわよ。生配信中なんだから、しゃんとしてなさいよ?」


 配信に入らないひそひそ声で、ジェミーが注意を飛ばす。

 これはいけない。ガイドがいるとはいえ、ここは禁域で半ば迷宮ダンジョン化している『琥珀の森』なのだ。


「それじゃあ進もう。タイムスさん達の痕跡はネネが辿ってくれる。できるだけ周辺に注意して確実に進んでいこう。隊列は事前の通り、殿は俺が務める」

「先頭はわたくしですね。ビブリオン、お願いね?」


 シルクの言葉に、小さな白蛇の姿をした精霊が髪の中からするりと姿を現す。

 本と記憶の精霊であるビブリオンは、情報統計から簡易な未来予知すら行う強力な精霊だ。

 ネネの先行警戒と彼の危機感知があれば、この鬱蒼とした『琥珀の森』でもそうそう不意打ちされることはないだろう。


 しっかりと隊列を組んだ俺達は、ゆっくりと『琥珀の森』を進んでいく。

 異変の影響か、風のない『琥珀の森』は奇妙に静かで、逆に不安が増していくような気分になってしまう。


 そして、その不安はしばらく進んだところで的中することとなった。

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