第14話 突入準備と攻略計画

「よし、できることはした。明日から本格的な行動を開始しよう」


 異変があってから三日が経過。

 島の現地調査にもう少し時間がかかるかとも思ったが、親切なダークエルフの少女が協力してくれたこともあって、比較的早くに完了することができた。

 今のところ、地形的な変容はそこまで大きくはない。

 ただ、アンバーレの住民やエルラン長老の話によると、森の中で見慣れぬ魔獣に出会ったであるとか、森の植生がやや変化しているという明らかな異常もいくつか報告されており、ヴィルムレン島沿岸部調査のガイドを務めてくれたダークエルフからも、同様の意見があった。

 つまり、あまり悠長にもしていられないということだ。


「攻略目標は『琥珀の森』中心部にある『世界樹』。その内部に存在する【深淵の扉アビスゲート】の調査と……可能なら、対処だ」


 俺の言葉に、仲間たちがやや緊張した面持ちを見せる。

 最難関迷宮ダンジョン『無色の闇』において、扉を閉めるための条件が何であったのか、思い出したのだろう。

 これについては、俺も今回どうなるかわからない。


 ただ、『無色の闇』の気配──つまり次元境界である『透明な闇』の気配がする以上、【深淵の扉アビスゲート】の活性化はほぼ間違いないだろう。

 子供の頃からの夢だった世界の端と、こんな風に対峙する羽目になるなんてと今でも思うが……叔父さんとニーベルンの犠牲で以て取り戻した平穏を、ここで失うわけにはいかない。


「軽く現地調査もしたっすけど、今回のことで『琥珀の森』は小迷宮レッサーダンジョンになってるみたいっす」

「ああ、エルラン長老からも報告があがっていた。何でもトレントの〈迷いの森メイズウッズ〉の力が暴走しているらしい」

「……?」


 マリナとジェミーが顔を見合わせ、小さく首をひねる。

 どうやら、二人ともあまり理解ができていないようだ。


「本来、琥珀の森は侵入者が中枢に至らないように、エルラン長老が契約する半精霊『トレント』が精霊魔法で守っているんだ」

「それが〈迷いの森メイズウッズ〉の精霊魔法です。不用意に森に入った者は、同じ場所を何度も行き来することになって、最終的に森の外へ誘導される仕組みになっているんです。でも……いまは、それが迷宮ダンジョンを作っているんですね」


 俺の説明を継いだシルクが、苦々しい顔をする。

 トレントは植物の精霊であるドリアードとも縁が深い、『樹木』の精霊である。

 その正体は、寿命を全うしたエルフであるとも言われていて……いわば、シルクたちの先祖とも言える存在だ。

 長い年月を生き抜き、やがて半精霊となって森の一部として永遠を生きる……というのが、エルフの死生観である。


 だが、そんなトレント達が異界の気配に中てられて歪み、今は俺達の道行きを阻もうとしているのだ。

 場合によっては彼等との戦闘すら予測されるこの状況は、シルクにとって苦しいものに違いない。


「えっと、じゃあ……その『世界樹』って迷宮ダンジョンに辿り着く前に、まずは琥珀の森って迷宮ダンジョンを越えなきゃいけないって事ね?」


 ジェミーに頷いて、俺は机に広げた地図の一点を指さす。


「エルラン長老の邸宅の裏に、琥珀の森の入り口がある。迷宮化したとはいえ、一定のルールは保ってるはずだ。正規ルートで琥珀の森に入り、正規ルートで『世界樹』へ向かう」

「森は一日あれば抜けられるはずです。それに、お爺様が編成した衛視部隊も同行しますから、道中は安心だと思います」

「……なんだか、含みが、あるね?」


 ここまで黙っていたレインが、シルクに視線を向ける。


「はい。『世界樹』の中に入れるのは、おそらくわたくし達か──あるいは、わたくしだけになるでしょう」

「どういうことっすか?」

「いまから説明するから、落ち着いて聞いてくれ」


 ざわつく仲間たちを軽くなだめて、俺は今日までに得られたいくつかの情報と推測について話し始める。


「まず、外部にこれだけの影響があるってことは、内部は反転迷宮テネブレと化してる可能性が高い」

「なる、ほど。ボク達みたいな、存在証痕スティグマ持ちじゃないと、危ないって、ことだね?」

「そうだ。それに、これは秘匿事項なんだが……島と一緒にこの島の住民全てが影響を受けている可能性がある」


 これは、もともとダークエルフ達が、別世界の存在だったということから俺とエルラン長老が導き出した推測だ。

 島そのものを存在証痕スティグマとしてこの世界に留まっている以上、その島自体に異常があればに引っ張られる可能性がある。


 俺達が異界に呑まれるのと逆の機序であるが、もたらされる結果はおそらく同じ。

 この世界の生物としての概念を失うことになる。

 そして、その侵蝕性は俺たち以上であると思われた。

 なにせ、ダークエルフ達にとっては元に戻るだけなのだから。


「ねぇ、シルクは? シルクは大丈夫なの?」

「はい、わたくしはユークさんから存在証痕スティグマをいただいているので、問題ありません。それに元より……わたくしは大丈夫だと思います」


 心配するマリナに、シルクが苦笑を見せる。

 俺も事情を耳にしたときはかなり驚いたが、実のところ納得も出来た。


「わたくしには『琥珀の瞳』という特別な力が備わっています」

「精霊魔法を使う時に、ときどきなるやつだね」

「そう。あの瞬間、わたくしは存在証痕スティグマと同じようなモノを体に宿しているのです」

「どういう、こと?」


 レインが口にした言葉は、仲間たち全員の相違であるように思う。

 だが、氏族最大の秘密となるそれを打ち明けたことは、シルクにとっての信頼だろう。


「『琥珀の瞳』は、『世界樹』を制御するために資格……でしょうか。まだ、わたくしにも完全に理解できていないのですけれど、わたくしがあの状態にあれば『世界樹』にある【深淵の扉アビスゲート】を制御できるかもしれません」


 シルクの告白に、仲間たちが一様に驚いた顔をする。

 俺だって、シルクと共にエルラン長老から話を聞いたときは驚いた。


 つまるところ、『世界樹』という迷宮ダンジョンは──超巨大な有機的魔法道具アーティファクトでもあるらしい。

 数千の樹木精霊トレントが集まってできた、内部に『森』を有する箱舟。

 滅びゆく世界から『透明な闇』の虚空を超えて根を伸ばし、やがて到達した別世界で芽吹く生きた【深淵の扉アビスゲート】。


 それが、『世界樹』なのだ。


 俺が思うに、論理的には『グラッド・シィ=イム』とそう変わらない。

 だが、【深淵の扉アビスゲート】を内包した次元跳躍装置であることや、『透明な闇』と親和性の高い迷宮ダンジョンという概念を利用することで、ダークエルフ達を反転さることなく別世界へと転送させることができたのだろう。


 そして、それを考えたのが『真なる森の王』と呼ばれる、琥珀の瞳を持ったダークエルフだったそうだ。

 シルクやエルラン長老はその末裔であり、『世界樹の管理者』なのである。


 もし、この世界に危機が訪れて琥珀の森氏族が滅亡に瀕した時は、再び『世界樹』の揺り籠に乗って、別の次元へと渡る選択をする……というのが、『琥珀の瞳』を持つ者に課せられた使命であるとエルラン長老は告げた。


 ここまで聞けば、彼がどうしてシルクに強硬な態度をとっていたのかも理解できる。

 文字通り、一族の命運を背負っていたのだ。シルクやエルラン長老は。

 なるほど、どこの馬の骨ともわからない人族が現れれば、機嫌も損ねるというものだ。


「それと、世界樹に入るのがシルクだけっていうのは、どう繋がるワケ? いまさら、アタシ達を信用できないって話じゃないんでしょ?」

「も、もちろんですよ!」


 少し驚いた様子で、シルクが首を振る。


「わたくしは管理者ですから、内部はそれなりに安全に進めるかもしれません。ただ、『琥珀の瞳』を持つ者以外、しかも別種族が内部に立ち入ったことはこれまで一度もないみたいで……何が起こるかわからないんです」


 文字通り、『世界樹』はダークエルフ存続の命綱だ。

 そこに俺達が入ることによって、何が起こるかわからない……というのが、エルラン長老の見解だった。


「なので、『世界樹』の攻略計画アタックプランは二つ用意した。これから説明するから、よく聞いておいてくれ」

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