第13話 イルウェンの企みと妄想

(イルウェン視点)


 どうしてこうなったんだ?

 流れは僕にあったはずなのに。

 そんなことを考えながら、先ほどのことを思い出す。


 閉じ込めておいたはずの人族──ユーク・フェルディオが、何故か脱出をしていて……僕の片葉を奪っていった。

 許されざることだ。


 しかも気が付けば、いつの間にかエルラン老まで懐柔していた。

 このままでは僕の綿密な計画が水の泡だ。

 ようやく、ここに至ったというのに!


 いいや、落ち着けイルウェン。

 まだなにも終わっちゃいないし、誰も僕の計画に気が付いてやしない。

 少しの変更で、計画は望んだ結果を僕にもたらすはずだ。


 ──そう、僕は手に入れるのだ。


 この島の全てと、あの美しい娘を手に入れ……『真なる森の王』たる力をこの身に宿して見せる

 その為にここに来た。故郷も捨て、たった一人でこんな場所に来たんだ。

 僕を拒否したミーチェも、僕の得るべきものを奪ったソハルも決して許すものか。


 真珠の森で王になれぬならば、この忌むべき琥珀の森で王になる。

 そして、ここに秘された『真なる森の王』の力で以て、真珠の森も手に入れるのだ。


 ああ、そうとも。

 これは正当な復讐だ。僕に許された権利だ

 だからこそ、失敗は許されない。


 与えられた部屋の中でゆっくりと深呼吸する。

 鼻を通る森の香りは真珠の森とはまるで違うが、精霊たちの気配はほとんど同じだ。

 いまは、少し歪んでしまっているけど。


「こうしてはいられない……」


 そう独り言ちて、僕は腰の魔法の鞄マジックバッグからいくつかの魔法道具アーティファクトを取り出す。

 閉鎖的な田舎者である琥珀の森氏族のダークエルフ達は、これらが何であるかすらしらない。

 今しがた周囲を騒がせている異変だって、僕の持つこれが原因だっていうのに。


「ふふっ」


 思わず、笑みがこぼれる。

 そうとも、計画はこのまま進めなくては。

 もう始めてしまったのだから、後戻りなんてできはしない。


 ……ただ、あのユークという男は要注意だ。

 少し前、大陸を漫遊していたころに冒険配信で彼を見たことがある。

 優れた冒険者だと随分と持ち上げられていたはず。


 王の名代で来たAランク冒険者にして、今代の〝勇者〟。

 肩書で人を見るのも愚かなことだが、肩書の程度には警戒はしなくてはならない。

 実際、僕の思い通りになっていないところは評価を改める必要があるだろう。


 だが、それも利用しよう。

 あの男を出し抜いて、シルクを手に入れる。

 ……実際に必要なのは、あの娘の『琥珀の瞳』だけど──シルクを手に入れて、あの男の鼻を明かすのも悪くない。

 それに、そもそも僕は彼女の片葉としてここに招かれたのだ。

 あの美しい娘の肢体と心は、正当なる長たる僕にこそふさわしい。

 収まるところに、全てを収まるのが世の道理というものだろう。


 それにしても、あの男──ユーク・フェルディオ。


 あれとあれの仲間がどう動くのかは把握しておかなければ。

 こちらから仕掛けた以上、接触は警戒される。

 しかし、あの『クローバー』なるパーティは、僕の完璧な計画における不確定要素だ。

 このまま放置するのは、今後のためにもよくないだろう。


「おい、いるか」

「はい、イルウェン様」


 足元にある影の中から姿を現したのは、僕の従者。

 とある国で違法奴隷として売られているのを、僕が買った。

 難癖をつけて奪い取った……というのが正しいかもしれないけど。


 実にいい買い物だったと思う。

 闇の精霊との親和性が高く、少し訓練するとすぐに僕の役に立ってくれるようになった。

 諜報活動に護衛、暗殺と何でもこなす、とてもいい道具だ。

 少しばかり虐めたって、泣き言も言わないしね。


「ユーク・フェルディオとその一味を見張るんだ。場合によっては接触しても構わない。動向を探って、定期的に報告するんだ」

「はい、わかりました」


 短く返事をした従者がずるりと闇に溶ける。

 口答えを一切せず、結果だけを出してくれるこいつは本当に便利なヤツだ。

 きっと、今回もうまくやるだろう。


 これで僕は、計画に集中できる。

 そう、『世界樹』の最奥に至る計画に。


 すでに『世界樹』のある場所は特定した。

 魔法道具アーティファクトで揺さぶりをかけて、活性化もさせた。

 おかげで、島に異変が起き始めたが想定の範囲内。

 逆に、この状況を利用すれば『世界樹』への侵入は容易だろう。


 あとは……『琥珀の瞳』だ。


 同じ瞳を持つ者でも、エルラン老を計画に利用するのは難しいが、シルクならばどうとでもできる。

 そのまま僕の片葉に収まってくれなかったのが少しばかり残念だったが、こういう場合も見据えて便利な魔法道具アーティファクトも仕入れてきているし、そう問題ではない。


 ウェルメリア王国でこれらの品を格安で手に入れることができたのは、実に幸運だった。

 どこかの大きな商会が潰れたとかで、横流しされてきた品が裏に溢れていたのだ。

 運命が僕に味方していると言っても過言ではないだろう。


 魔法道具アーティファクトを一つ一つ並べながら、計画実行に必要なプランを組み立てていく。

 夢見がちで、現実から遠ざかる故郷の連中と僕は違う。

 目標達成のためのスケジュールとプランを綿密に組み立てて、エルフの──いや、この世界で成り上がってみせる。


 伝説の『真なる森の王』になって、この世の真理に至るのだ。

 これまで手に入れられなかった全てを、取り戻して……僕をコケにした連中全員に罰を下す。


 あのいけ好かないソハルも、僕を捨てた幼馴染ミーチェも、それを良しとした父も、当たり前に受け入れた真珠の森も、それに、あの愚かな人族にも……必ずわからせてやる!


 そのためには、冷静にならなくてはな──イルウェン?


 心の中の声に、僕は深くうなずく。

 そうとも、冷静に……そして、確実に事を進めよう。


 僕は選ばれしこの世界の王となるのだから。


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