第12話 長老の話と依頼の話

 遡ること数時間前。

 俺は今回のことについて、エルラン長老からいくつかの質問をされていた。


「フェルディオ卿、この世界をこの世界たらしめているのは、この世界で自分を自分たらしめているものは何じゃと思う?」


 そんなことをこれまで考えたこともなかった俺は、少し考えてから叔父が言っていた事を思い出して口を開く。


「歴史と、人でしょうか?」

「左様。これまで自分が歩んできた『自らの生』、そしてそれを観測する『他者』によってこの世界の存在証明は成り立っており、枝葉の如く広がるそれが折り重なって世界は成り立っておる」

「……そうなると、ここは……」

「シルクの片葉は賢しいようじゃ。道理が成り立たぬよな?」


 それが誉め言葉かどうか理解に苦しむが、道理が成り立たないというのは同意できる。

 このダークエルフが住まうヴィルムレン島は、旧い時代に異世界から漂着したと長老から聞いたばかりだ。

 事実、現在【深淵の扉アビスゲート】の影響を受けて、異変が起きている。


 だが、これまでは大丈夫だったのだ。

 【深淵の扉アビスゲート】による異変さえなければ、ここがそうであるなんてことすらわからなかった。


 ……何故か?


 それは既にこの島がこの世界の要素として安定していたからだ。

 大陸各地に在る迷宮とて、不安定になれば溢れ出しオーバーフロウ大暴走スタンピードを引き起こす。

深淵の扉アビスゲート】が関われば、異世界が漏れ出して反転災害すら引き起こしかねない。

 だが、平時のそれは安定しただ。


 そして、それを支えるのは“この世界に在る” という、俺達の集合的認知である。


「……なるほど。配信で集合的認知を集約して……ヴィルムレン島そのものの存在概念をさらに強固に構築すれば──」


 思わず漏れた独り言に、エルラン長老がにやりと笑った。

 やりとりについてこられないのか、シルクは少しばかり首をかしげていたが。


「我らダークエルフの存在証痕スティグマは、この島そのものなのじゃよ」


 ──『存在証痕スティグマ』。


 渡り歩く者ウォーカーズがその身に宿し、外なる世界で自分を保つ概念装置。

 反転迷宮テネブレとなった『透明の闇』に挑むための力。

 自分が自分自身であるという確固たる意志を保証する楔。


 これがなくては、俺達はあっというまに外の世界の道理に侵食されてしまい、自分を失うことになる。

 この世界に流れ着いた『グラッド・シィ=イム』の住民や、反転迷宮テネブレ災害の中を彷徨う影の人シャドウストーカーのように。


 この琥珀の森をよりどころとするダークエルフ達は、ヴィルムレン島の存在と漂着以来の歴史そのものを担保に、この世界での存在証痕スティグマを獲得し、定着したのだ。

 それが揺らげば……何が起こるか全く予想できない。


 その対抗策が、配信だ。

 幸い、俺達『クローバー』の配信に対する期待度はかなり高いはず。

 王国が進める配信拡大事業が上手くいっていれば、いくつかの国でも配信を見ることができ……俺達が急遽行うことになる二つ目の【深淵の扉アビスゲート】攻略は、注目を集めるはずだ。


 そして、それがこのヴィルムレン島という存在証痕スティグマを強固にすることになる。

 「自分たちの世界に在る」という他者からの認知が、【深淵の扉アビスゲート】の影響を受けるこの島を『この世界のルール』の内に留めるはずだ。


 それに、だ。

 今の俺達にはその手段がある。

 【深淵の扉アビスゲート】の向こうから漏れでているであろう『黄金の力』が、既存の魔導ネットワークを超えて、海の向こうにあるウェルメリアに配信を届けてくれる。

 かつて俺達が、サルムタリアの『死の谷』──反転迷宮テネブレと化した『王廟』に挑んだあの時の様に。


 条件は整っっている。

 あとは、俺達次第というわけだ。


「わかりました。やれるだけのことをやってみます」



 ──そして、現在。

 俺達の目の前にある『ゴプロ君G』に、それぞれが視線を向けている。

 その瞳に宿るのは、期待、不安、決意……様々であるが、全員やる気であるのは確かなようだ。


「ヴィルムレン島の様子と、俺達の調査風景、それに必要なら迷宮攻略もこれで配信する」

「よく、整備、されてる。これなら、動く……はず」


 『ゴプロ君G』を手に取ったレインがコクンと頷く。


「【探索者の羅針盤シーカードコンパス】がのはレインだからな、『ゴプロ君G』と同期できるか試してみてくれ」

「!」


 あまり知られていないことだが、一部の魔法道具アーティファクト──特に迷宮産のもの──とそれの使用者には相性があると言われている。

 専門家である錬金術師ですら解明できない、その不可解な現象のことは『懐く』と表現されることが多い。

 うんともすんともいわない、壊れていると思われていた魔法道具アーティファクトが特定の人が使った時だけ発動するなんて現象だってあるのだ。


 意外と、は繊細な感性もっているのかもしれない。


 だからこそ、今回はレインに頼む。

 きっといまだあれが手元に在ることも含めて、レインと【探索者の羅針盤シーカードコンパス】には縁があるはずだ。


「レインはわかるけど、なんであたし? ジェミーさんと一緒に買い物ついてった方がよくないかな? 荷物持ちとか」

「配信用の細かい設定を頼みたいんだ……三台分。マリナは『ゴプロ君』の扱いに慣れているからな」


 『ゴプロ君G』、マリナが個人所有している『ゴプロ君』、ネネの耳につける『小型ゴプロ君』。

 特殊な配信機構を持つのは『ゴプロ君G』のみだが、他の『ゴプロ君』を同期させれば、そちらも間接的に利用できるはず。

 マリナは日ごろから料理配信やちょっとした日常の配信を行うためにゴプロ君を連れまわしていたので、俺の次に──いや、下手をすれば俺以上に配信回りの設定に詳しいのだ。


「うーん、できるかなぁ」

「きっとできると思うわよ? 配信用魔法道具アーティファクトの設定ってアタシもやったことあるけど、マリナほどうまくできる気がしないもの」


 唸るマリナをジェミーが肩を叩いて励ます。

 そう言えば、俺がいなくなってから『サンダーパイク』の配信はジェミーが担当していたんだったか。

 触ったことがある身なら、難しさは身に染みているだろう。


 ……マリナはそれを楽しみながらさらりとやってのけるので、もしかすると感覚派の天才なのかもしれない。


「わかった! やってみるね。わかんなくなったら助けてくれる?」

「もちろん。本来は俺の仕事なんだけど、頼むよ」


 俺の言葉にマリナが少し苦笑を見せる。


「違うよ、ユーク。準備はみんなでするものでしょ? ユークだけが抱え込んじゃダメだよ」

「そうですよ、先生。仕事はどんどんわたくし達に振ってください。今後は疲労回復魔法薬ポーションと目覚まし薬の使用は禁止です」

「む、ユーク? それしちゃダメって、約束、したよね?」


 あっという間に詰め寄られる俺。

 俺としては、仲間がいいコンディションで冒険に望めるように多少の無理はあってしかるべきだと思うんだが。

 なにせ、俺はリーダーでサポーターなのだから。


「あ、ダメね。全然わかってない顔してる……。みんな、さっさと取り掛かりましょ。何が何でも夜になったらこいつをベッドに放り込むわよ」

「了解っす! じゃ、行ってくるっす!」


 ネネが天窓までよじ登って静かに飛び出していく。


「ほら、アンタも行って。シルク、この仕事中毒者ワーカホリックをしっかり見張っててね? サブリーダーはこういう時にリーダーをコントロールするもんよ?」

「は、はい……」


 ジェミーの言葉に頷く俺の隣で、シルクが虚を突かれたような顔をしている。

 長老邸にいる時はわからなかったが、さて……何か悩み事だろうか。

 あとで確認した方がよさそうだ。


「じゃあ、みんな──依頼開始だ」


 俺の号令で、仲間たちが一斉に動き出した。

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