第6話 先輩とサブリーダーの資質


「……先生が!?」

 

 出かけたユークさんを待つべく宿に戻った私たちにもたらされた一報は、あまりにも衝撃的だった。

 報せを持ってきた衛視曰く「屋敷内で狼藉を働いたため、拘束した」というのだ。

 礼節をわきまえたユークさんが私の故郷でそんなことをするなんて、まずあり得ない。


 そして、驚きと同時に「やられた」と唇をかむ。

 いくらお爺様でも、まさかそこまでの強硬手段に出ると考えていなかった。

 これは、わたしの油断が招いたミスだ。

 やはり、無理にでもついてゆくべきだった。


「ちょっと、曲がりなりにもウェルメリアのAランク冒険者で特使……王の正式な臣下よ? それを一方的に拘束するなんて! あんた達、いったい何考えてんのよ?」

「そう言われても、私にはわかりかねます。そのように伝えろと命を受けただけですので」


 食ってかかるジェミーさんに、首を振って答えるダークエルフの若者。

 見知った顔だ。お爺様の屋敷を守る衛視の一人。

 彼に命令できる人間となれば、お爺様くらいしか思いつかない。

 理由はわからないが、ユークさんが長老屋敷で捕らえられたのは事実で間違いないらしい。


「シルク様が話し合いに応じるまで、身柄を預かるとのことです。ご同行願えますか?」


 こうなることも、予想していた。

 全ては既定路線……という、お爺様の思惑が見え隠れしているように思える。


「ダメに決まってんでしょ」


 意を決して「行きます」と口にする前に、ジェミーさんが庇うようにわたくしの前に出る。


「ここにいるシルク・アンバーウッドは、ウェルメリア王国のAランクパーティ『クローバー』のサブリーダーよ。指揮権持ちを二人とも拘束されたんじゃ、アタシ達が困る」

「そう言われましても……」

「アンタがすぐに返事できないなら、返事できる人間をここ連れてらっしゃい。いま、この子はアタシ達を指揮する立場にあるの。ウチのリーダーが戻ってこない限りは、この子はここにいなきゃダメなワケ。理解した?」


 強い口調で詰められて、その勢いに衛視の若者がじりりと一歩退く。

 それに合わせて一歩踏み出たジュミーさんが、若者の鼻先に指を突きつける。


「わかったらさっさと行く! アンタがもたもたしてると、アタシたちは本国に対応を相談することになるのよ? その責任、取るつもりある?」

「……!」


 顔をひきつらせる衛視をそのまま外に追い出して、扉をぱたんと閉めたジェミーさんが肩を落として大きく息を吐きだした。

 先ほどまで少し紅潮していた顔色が、今は少し悪く見える。


「もう……何やってんのよ、あいつは」

「きっと、わたくしのせいです」

「シルクもシルクよ。あんた、さっきついていこうとしたでしょ?」

「それは……」

「ダメよ。こういう時はまず時間稼ぎしないとね。ペースにのせられると、相手の思うつぼよ?」


 ジェミーさんにジト目で見られて、思わずたじろぐ。

 そう付き合いが長いわけではないのに、どうして彼女はこうも機微に聡いのか。

 すっかり、見破られてしまっている。


「まずは落ち着いて考える必要があるわね。ネネ、悪いんだけど……」

「わかってるっす。すぐに必要な情報を集めてくるっす!」


 するすると天井付近まで登ったネネが、天窓から静かに飛び出していく。

 こういう指示は、本来わたしがするべきなのに、なんて情けない。

 うつむいていると、ふわりと抱き寄せられた。


「大丈夫、アイツは心配ないわ。それに、アタシ達がいるんだから。どうやってユークを助けるか、一緒に考えましょ」

「……はい。すみません」


 謝る私の背中を軽く撫でさすって、マリナとレインの元へ向かうジェミーさん。

 頼もしく感じる一方で、少し不安にもなった。


 先ほどの対応を見ても、この現状を見ても……サブリーダーに相応しいのはジェミーさんかも知れないと考えてしまう。

 元はユークさんと同じパーティに所属していた彼女は、五年という長い時間を彼と一緒に駆け出しの頃から過ごしてきた高ランク冒険者だ。

 一度は袂を分かったとはいえ、お互いの信頼感がまるで違う。


 それに比べて、わたしはどうだろう。

 元教え子としての甘えや経験不足があるのではないだろうか?

 いつも助けられてばかりで、隣に並ぶにふさわしいと言えるのだろうか?


 さっきだって、自分のサブリーダーという立場を忘れてお爺様のところに単身で乗り込むところだった。

 「ユークさんのためだから」、「自分のせいだから」と視野を狭くして、『クローバー』のみんなが困るかもしれないなんてことに、考えが及ばなかったではないか。


「シルク?」


 レインの声にはっとして、床に向けていた視線を戻す。

 ネガティブな思考に引っ張られて、いつの間にかうつむいてしまっていたようだ。


「だいじょぶ?」

「ええ、問題ありません。今後のプランについて、いくつか考えていただけです」


 小さな嘘をついて、誤魔化す。

 こんなみじめな自分を仲間に晒したくなかった。


「ネネが戻ってくるまでの間に、いくつか情報を整理しておきましょう」

「ん。昨日の話も、も一回、整理した方が、いいかも?」

「そうですね。お爺様の目的について、はっきりとさせておいた方がいいかもしれません。それから、解決方法を探しましょう」


 そう口にしながら、わたしは自分が最も望まない未来を選択肢にそっと忍ばせる。

 ユークさんの安全と引き換えなら、それもそう悪くない。

 自分に、そう言い聞かせながら。

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