第5話 男エルフと罠

『Aランクパーティ「サンダーパイク」、ダークエルフを〝邪神の使徒〟呼ばわり!』

『野蛮な黒エルフとの発言も!』

『エルフ連絡協議会、各国人権委が問題視!』


 ──そんな言葉が、紙面には大きく踊っていた。


「彼女が君達人族の国で受けた辱めだよ。彼女をこんな薄汚れた人族の国に置いておくわけにはいかない……というのが、さ」


 机を指先でトントンと叩きながら、イルウェンが大仰にため息を吐き出す。

 その仕草はどこか芝居がかっていて、俺をバカにしているようにも見えた。


「ここまでシルクを守ってくれたことを感謝するよ。だけど、彼女と双葉になるべきは私で、君はここでお役御免ってわけさ」

「それを決めるのは、俺じゃなくてシルクです」

「シルクは私を選ばざるをえないさ。彼女の使命は、君のそばにはないからね」


 意味深な言葉を口にして、俺を真正面から見るイルウェン。

 見目美しいエルフだというのに、その瞳には勝ち誇ったような気配が浮かんでいた。

 どこか軽い雰囲気を受ける……と感じていたが、なるほど。

 この男は、こういう人間か。


「シルクに使命があると言うなら、それを支えるのも俺の役目です」

「無理だね。君はエルフではないから」

「それでも、そばにいてできることはあるはずです」


 俺の言葉に、再びイルウェンは溜息を吐き出す。

 苛立ちと嫌悪をないまぜにしたようなものを顔に浮かべながら。


「気が変わった。君にはしばらくここに留まってもらうとしよう」

「どういう──……なッ!?」


 座っていた椅子がするりと枝や根を伸ばし、瞬く間に俺の手足を縛り付ける。

 シルクがよく使う木の精霊魔法に似てはいるが、まさか木製の家具すらからも精霊を操作できなんて。

 脱出するために何か魔法を使おうか……と考えたところで、イルウェンが指を振って嗤う。


「おっと、あまり抵抗しないでくれよ? 国際問題になってしまうからね」

「それはあなたも同じだろうに!」

「人族はエルフに失礼を働きがちだからね。このように前例がある以上、どれだけの人がそれを信じるかな?」


 テーブルの上にある新聞をつまみ上げながら、立ち上がったイルウェンが俺を見下ろす。

 親切を装って誘い出して、人気のない場所で罠に嵌めるなんて。

 どうにもこの男は曲者が過ぎる様だ。

 いや、俺が迂闊だったというべきか。


「男同士、腹を割って話せばもう少し仲良くなれるかもと思ったけど、君とは相性が悪いみたいだ」

「俺を拘束して……一体どうするつもりなんです?」

「シルクとお茶を飲むときの話題にでもするさ。きっと盛り上がる」


 俺の身柄を交渉材料にでもするつもりか。

 賢いシルクがそんなものに応じるとは思えないが、あまり心配をかけ過ぎればの可能性だってある。

 何とかして、ここを去らなくては。


「あなたの肚はわかった」


 左頬にじわりとした感覚を広げながら、俺は周囲に作用する魔力を無理やり捩じ切っていく。

 『青白き不死者王』の使徒たる俺に授けられた呪いにして祝福である暗黒魔法の一つ、〈魔力破壊ディスペルマジック〉は、魔法現象なら何でも壊す。

 それが強固に固着化された魔法道具アーティファクトだって壊すのだから、精霊の拘束だって容易に断つことができるはずだ。


「なんだ、それは……! 君、木精霊ドライアドに何をしたんだ……!」


 少し怯えた様子で一歩下がるイルウェン。

 あいにく、エルフでも精霊使いでもない俺には、〈魔力破壊ディスペルマジック〉の影響を受けた精霊がどうなるかは判断できない。

 彼の様子からすると、俺を拘束していた椅子に宿る精霊にとってあまりいい状況でないということは想像に難くないが。


「なんだって君みたいな穢れた力を持つ人間のそばにいるんだ、私の片葉は!」

「あなたのものではないと言ったはずだ!」


 少し睨みつけながら、席を立つ。

 その瞬間、俺を拘束していた木製の椅子は黒ずんだ枯れ木のようになって、床へ崩れてしまった。

 ……もしかすると、俺の暗黒魔法の影響でこの椅子に宿っていた木精霊ドライアドは死んでしまったのかもしれない。

 彼らに死の概念があるのかはわからないけど。


「これで失礼する」

「逃さないよ、呪われた赤魔道士ウォーロック


 開けようとした扉が、足元の床が、テーブルが──木製でできた何もかもが、枝や根のような物を伸ばして、俺の行く手を阻もうとする。

 これほどまでに精霊の助力を得られるなんて、性根はともかく精霊使いとしての実力はかなりのものだ。


「邪魔をしないでください、イルウェン。俺の用事はもう終わりました」

「私の用事は終わっていない」

「これ以上、俺にあの魔法を使わせないでください」


 精霊を殺すことは本意ではない。

 俺だって、シルクの髪に潜む本と記憶の精霊ビブリオンとは何度か言葉を交わしたことがあるし、彼女が使役する精霊に何度も助けられてきた。

 できれば、穏便にここを発ち去りたいと考えてはいるのだ。


「シルクは私と双葉にならねばならない。それがエルフにとってどれほど大事なことか、君にはわかるまい」

「どれほど大事でも、シルクの意思を無視するべきではないと言っているんですよ」

「彼女の一存でどうこうできる段階はとうに過ぎている」


 木精霊ドライアドを操って俺の退路を塞ぎながら、イルウェンが続ける。

 俺の使った暗黒魔法に対する恐怖がまだあるのか、近づきこそしないが、このままに俺を解放するつもりはないらしい。


「私とシルクの婚姻はね、エルフ全体にとってとても重要なことなんだ。ウェルメリア王国のAランク冒険者が、ダークエルフはライトエルフを裏切った……なんて古臭い与太話をばら撒いたからね」


 イルウェンの言葉に少なからず動揺して、俺は思わず息をのんだ。

 あれはサイモンという一人の人間の暴言だと、ここで反論することはできる。

 しかし、当時あいつがウェルメリア王国のAランク冒険者だったというのは、まぎれもない事実なのだ。


「それで、どうしてシルクの結婚話が持ち上がる?」

「ダークエルフである琥珀の姫君と、西のライトエルフの私が『双葉』となることは、我々エルフ全体の結束を内外に知らせることになるからさ」

「あなた方の考えは理解する。だからと言って、シルクの意思を無視した婚姻など認められない」

「君に認めてもらう必要などない」


 周囲に張り巡らされた枝葉と根が一気に広がって、部屋全体をぐるりと覆う。

 まるで大樹の中に閉じ込められたかのように、窓も扉もなくなってしまった。


「何を!?」

「さっき言った通りさ。君には、しばらくここにいてもらう。さっきの魔法を使って逃げても構わないよ? エルフの本拠地で精霊の虐殺を行うなんて、まさに侵略者らしいふるまいだからね。でも──それがシルクや民にどう映るかは、考えたほうがいい」

「イルウェン……! あなたは!」


 睨みつける俺に、勝ち誇ったような顔でイルウェンが一礼する。


「それではごきげんよう、ウェルメリアの特使殿。君の良識に期待するよ」


 そう告げて、イルウェンは壁にある根の隙間へとすり抜けるようにして姿を消した。

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