第4話 エルフの都市と過去の醜聞

 結局、全員でアンバーレ市街へと繰り出した俺達は、ダークエルフ特有の文化が溢れる街並みをシルクの案内で堪能した。

 エルフは樹上に葉と枝で作ったテントを建てて生活している──などという、時代錯誤な知識が流布されがちだが、このアンバーレに来ればそれが間違いだということは一目でわかる。


 ウェルメリアで見かける石造りの街並みとは違ってはいるが、この洗練された木造と土壁の技術が大陸諸国の街並みに劣るとは全く思わない。

 シルク曰く、樹液由来の接着剤や『継手』なる建築技術をふんだんに使用して建造されたアンバーレの美しい街並みは、島の自然を全く損なうことなく造られたのだという。

 なるほど、この調和の取れたアンバーレ市街は、『エルフの都市』に相応しいたたずまいだと言える。


「さて、俺はそろそろエルラン長老のところに行ってくるよ」


 珍しいフルーツや変わった動物などの干し肉などが並ぶ朝市を見て回り、ヴィルムレン島特産の香辛料や薬草が並ぶ薬草店を十分に物色したところで、俺は足を止めて仲間たちに振り返る。


 朝食前に、ネネに頼んで先触れを出してもらったのだが、「朝は忙しい」との返答があった。

 これが遠回しな拒否の言葉であるのはわかっていたが、そこで引き下がるわけにはいかないので、『昼前に短時間だけ』という言葉だけ伝えておいてもらったのだ。

 最悪、謁見そのものはできなくとも、報告書を受け取ってさえもらえれば、理は果たせる。


「本当にわたくしがついていかなくても大丈夫ですか?」

「今回は、いくつかの要件をご報告するだけだからね。俺だけで大丈夫だ」

「……わかりました。いってらっしゃい、ユークさん」


 ペコリと頭を下げるシルクに続いて、仲間たちが軽く手を振る。


「すぐに戻ってくるから、昼食は少しだけ待っててくれ。みんなで一緒に食べよう」

「了解っす! みんなでおいしそうなお店、見つけておくっす!」


 元気よく返事をするネネに小さくうなずいて返して、俺は港と反対方向……『琥珀の森』の広がる方向へ向かって歩き出す。

 長老の邸宅は、『琥珀の森』の外縁部に半ば飲み込まれるようにして建てられているのだ。


「よし、いこう」


 少しの緊張を紛らわせるように、そう独り言ちて懐の封書を確認する。

 昨日のこともあってか、どうにもエルラン長老に苦手意識が芽生えているようだ。

 あのように、はっきりとシルクとの関係を否定されてしまえば、仕方ないと言えば仕方ないが。


 年頃の孫娘が外から他種族の男を連れ帰って来れば、もなるだろうと頭では理解しているのだが、当事者としてはもう少し手心というか、理解が欲しいと思ってしうまう。


 そんなことを考えつつ緩やかな上り坂を上ることしばらく。

 俺はようやく長老の邸宅前へと、到着していた。


「人族の。何用か」


 門扉の前に立つダークエルフの若者の一人が、俺の前に威圧的に立ちふさがる。

 あまり歓迎されないとは覚悟していたが、こうまで露骨とは。


「エルラン長老に急ぎ申し伝えたい事があって参りました」

「あいにくだが、誰も通すなと命じられている」

「……そう、ですか」


 ずいぶんと嫌われてしまったようだ。

 で、あれば。せめて、義理だけは果たさねばなるまい。

 この島で起きている異常については、把握をしておいてもらう必要がある。


「では、当方が伝えるべきことを記したこちらを、お渡しください」

「受け取れない。私は兵士であって小間使いではない」


 そう突っぱねる彼の顔には、あからさまな嘲りが見られた。

 やれやれ、ここまで嫌わなくたっていだろうに。


「シルク様を置いて、疾く去れ。我々はお前たちを歓迎しない」

「あなたの言い分はわかった。ただ、ヴィルムレン島に関わることだ。長老にお会いできないのであれば、この手紙をお渡しいただくか……そうでなければ、話ができる上長を呼んでくれないだろうか」


 俺の言葉が気に障ったのか、兵士が殺気じみた怒気を発して俺を睨む。

 とはいえ、ここで「はい、そうですか」と帰ってしまうのも、ウェルメリア王国の特使としてはややまずい。


「いいさ、通してやりなよ」


 ダークエルフの兵士が、いよいよ得物に手を触れようとしたとき……涼しげな声が門の向こう側から聞こえた。


「イルウェン殿……」

「私が話を聞こうじゃないか。それで、エルラン長老に伝えるべきか、判断する。それでいいだろう?」


 どこか猫撫で声のような口調で、兵士をいさめるエルフの男。


「君もそれでいいかな? フェルディオ卿」

「ええ、それで結構です。お時間はとらせません」

「じゃあ、こっちにどうぞ」


 睨み続ける兵士の隣を抜けて、俺はイルウェンの後に続く。

 この男の立場がどれほどのものかよくわからないが、あそこで問答するよりはいいように思える。


 手入れされた庭園を横切りながら、イルウェンが軽く振り返る。


「昨日の今日でよくこれたもんだね、君」

「早急にご報告しなければならない事案が確認されたもので」

「ふーん、仕事熱心だこと」


 エルフにしては軽く砕けた様子の口調に、昨日も感じた違和感を覚える。

 先入観にとらわれるべきではないと思うが、どうにも落ち着かない。


「ここが私が借りてる離れだよ。どうぞ」


 手ずから扉を開けて促すイルウェンに小さく頭を下げて、庭園の隣に建てられた丸い建物に足を踏み入れる。


「それじゃあ、話を聞こうか」

「ありがとうございます。詳しい内容はこちらに記させていただきました」


 勧められた椅子に腰かけて、俺は懐から書簡を取り出す。

 受け取ったイルウェンは、それを小さな木製のトレーに載せてこちらに向き直った。


「これは後でエルラン殿に渡しておくとするよ。私が開けるとまた小言をもらいそうだからね。それで、どんな事態が起きてるって?」


 ここに来て、俺は軽く詰まる。

 この男に、話してもいいのだろうかという迷いが生まれた。


「ひょっとして、警戒してる? まあ、するだろうね。私が何者かわからないだろうし」

「いえ、そんな事は……」

「端的にいうと、私はこの『琥珀の森アンバーウッド』氏族の次期族長さ。入り婿だけどね」


 にこりとした笑顔を俺に向けるものの、好意的なものは全く感じなかった。

 つまるところ、この男は俺にクギを指しているつもりなのだろう。


「君がどう思っていようとも、シルクは私のモノになる。これは揺るがない事実だよ」

「あなたは……ッ」

「そう息巻くもんじゃない。だって、原因はキミたち人族にあるんだからさ」


 キツネのように目を細めた笑顔を張り付けたまま、イルウェンが俺を見る。


「これ、君の国でも随分問題になったんじゃない?」

「これは……!」


 机に投げ出されたのは、ウェルメリア王国他で流通する新聞の一つ、『王国通信』。

 その一面には、大きな問題となったある事件が大々的に掲載されていた。

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